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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第84話 二つの「命」(2)


 それから2日後。休日となったこの日を機会に、オレ、ルーザはルージュとオスクを連れて光の世界へと向かった。

 目的はもちろん、ルージュの裏の人格を先日買ったペンダントに封じ込めるため。出来ればそんなことはしない方がいいのだろうが、裏の人格がまたいつ乗っ取ろうとしてくるかわからない。

 裏の人格の心をなんとかしたい気持ちもあったが、裏の人格が改心していない以上、今はこうするしかない。


『あ、お2人とも、お待ちしてましたよ!』


『よし、準備は整ってる。お前がいいなら、いつでも始められるぞ』


 そして光の世界にある、ルージュの屋敷にて。そこで待機していたレシスとライヤがオレらのことを出迎えた。

 レシスもやることがやることだからか、その表情は真剣そのものだった。裏の人格の危険性を考えれば、当然のことなのかもしれないが。


「相変わらず透けてんのな」


『仕方ないだろ。お前がオレの「身体」なんだから』


 オレが思わずそうこぼすと、それを皮肉と受け取ったらしいレシスはムッとして言い返す。

 別に、分かっていることだ。先日まではどうも信じられなかったが……いや、すぐに信じろと言う方が無理な話だろう。今まで妖精だと思っていたのに、実は大精霊でした、なんて。


『まあ、とにかくだ。ルージュの覚悟が決まったらすぐに始める。裏に妨害されて計画が狂ったりなんかしたら元も子もない』


「う、うん」


 ルージュは頷くが、その頰は強張って身体はカタカタと僅かに震えていた。

 無理もない。自分でさえよく知らない力と、人格をペンダントに閉じ込めるという前代未聞のことをするんだ。聞いたことも、体験したこともないことを今からやるというのは怖くて当たり前だ。


 それでも覚悟を決めたのだろう、ルージュはレシスにペンダントを見せて自分の準備を整える。レシスはペンダントを確認して頷くと、そのままルージュに返した。


『封じ込めるための対象は分かった。今からこれを付けて、オレの前に立て。その間、力は抜いて楽にしててくれ』


「わ、わかった」


 ルージュは首の後ろに手を回し、ペンダントのチェーンのフックをしっかり取り付ける。外れないことを確認すると、その場で深呼吸を一つ。

 肩の力を抜き、楽な姿勢を取ってルージュは準備を整えた。


『よし。……覚悟はいいか?』


「うん。お願い」


 ルージュから発されたのはその二言だけ。それでもルージュの覚悟は確かに込められていた。

 ルージュは目を閉じて、レシスはルージュに手をかざす。レシスの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、この部屋を明るく照らし出す。

 ……レシスも本気で取り掛かる。そのことが伝わってきた。


 オレとライヤ、オスクは2人の様子を見守るだけ。何も出来ないことはもどかしいが……妖精に成り下がったオレにルージュの裏の人格をなんとかしてやる力はないんだ。


「くそ……」


 思わず舌打ちする。いくらオレの半身がやるにしても、ルージュが姉であることは変わらないってのに。

 何か一つでも力になりたい。それすらも叶わないとはな……。


『ルーザさん、私達は万が一に備えましょう。ルヴェルザが危険になったら、私達で動くんです』


「ライヤ……。ああ、そうだな」


「裏がいつ勘付くかわかんないからな。少しでも変な動きしたら対応出来るよう構えときなよ」


 ライヤにそう言われ、オスクも万が一の時のための助言をくれた。

 そうだ。オレにも出来ることはある。今すぐ動けないにしても、焦ることは無いんだ。異常を感じたらオレが、レシスの半身であるオレが、この現実では好きに動けないレシスを守ってやらなくてはいけない。


 ……そして、封印の儀は開始される。


『やるぞ。しっかり構えてろ……!』


 その言葉を合図に、レシスの足元に浮かび上がる魔法陣がより一層強い輝きを放つ。

 作り物である筈のクリスタルがそれに呼応したかのように白く光る。と、同時にルージュの身体からまるで血のような……狂気に囚われた時の瘴気しょうきに似た、赤黒いオーラが見え始める。


 ────絶命の力だ。


「ぐっ、……ぅぅ……!」


 ルージュの表情が苦痛に歪む。

 レシスから放たれる光はそのオーラを操り、輝きを放つペンダントに吸い込まれていく。ペンダントが吸収しようとする力は、吸い込まれまいと反発する絶命の力とぶつかり合い、大きなエネルギーを生み出す。


 密室である筈のこの部屋に風が吹き荒れる。オスクでさえ、踏ん張らないと吹き飛ばされてしまう程の力だ。

 ルージュは今までこんなものを押し付けられていたのか……改めてそのことに驚いた。


 やがてその光も小さくなり……炎のように立ち上っていたオーラも完全にクリスタルに吸い込まれていった。

 光が消えた途端、脱力したルージュはベッドに倒れこみ、レシスもガクッと膝をつく。


「……っ、ルージュ!」


『ルヴェルザ!』


 オレはルージュに、ライヤはレシスにそれぞれ駆け寄る。お互い荒い呼吸を繰り返し、消耗していることは明白だった。


『くそ……流石に疲労が激しいな。魂を捻じ曲げて分かれた人格を一時的に切り離す……なんて出来ればこれっきりにして欲しいもんだ』


 レシスも大分参っているようだ。不完全な状態でかなりの力を行使した影響だろう、レシスはしばらく満足に動けそうにない。


「おい、ルージュ。大丈夫か?」


「う、うん……」


 未だ、はー……はー……と荒い呼吸を繰り返すルージュが流石に心配になる。その額には汗がじわりとにじんでいて、封印の儀の辛さを物語っていた。

 見たとこ、ペンダントも透明のまま。ルージュにも特に変化がないように見えるが……。


「っと。とりあえず水でも飲んで落ち着かないとな。立てるか?」


「う、うん。ありがとう……」


 オレはルージュに手を差し伸べる。ルージュも疲れを感じさせながらも確かに笑みを返しながら、オレの手を取ろうとする……ように見えた。


 ルージュの手はオレの手をすり抜ける。そして、そのまま……


「────ッ⁉︎」


 オレの首を掴み、絞め上げた。


「な、おいっ⁉︎」


『ルーザさん⁉︎』


 オスクも、ライヤもルージュの異変に気がついた。

 いや、ルージュじゃない。こいつは……!


「く、はは……」


 ルージュの口から笑い声が漏れる。普段のルージュとは想像もつかない程、ずっと邪気をはらんで。

 紅い瞳の中に暗い影が落ちる。口角が釣り上がり、歪んだ笑みを浮かべて……表情に確かな狂気を感じさせながら。


 その時、オレははっきりと見た。ルージュの透明である筈のペンダントが、赤黒い血のような色に染まっていることに……。


「く、あはは……ありがとう。仕返しする機会を与えてくれてさ……!」



 ────ルージュは……否、ルージュの形をした邪悪は嘲笑う。いつかの悪夢を再現するかのように。

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