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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第1章 光の旋律
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第9話 交わりし時(2)

 

 ……やがて山へと到着し、山を見下ろす。上から見てみると山の頂上にはぽっかり大きな穴が空いてた。穴は底まで通っているようで、廃坑で見た岩の地面も隙間から覗いている。


 そうか。ここ、前は火山だったんだな。思い返せばあの空洞は灯りもないのに明るかったし。

 その穴から真っ赤な鱗に覆われた身体が見え隠れしていた。つい数日前の出来事だし、その鱗だけでもあの特徴的な色は忘れる筈が無い。あの翼の怪我、少しでも治っていればいいのだけれど……。


「グオオオァッ‼︎」


「うわあっ⁉︎」


 突然、山の内部から大地を轟かせる咆哮が上がる。予期していなかったことだけに、私もルーザもペガサスの上で飛び上がった。

 何事かと、下を見下ろすとあのドラゴンが穴の岩をつたってよじ登ってくるのが見えた。


「おいあいつ、こっちに気づいたっぽいぞ」


 もしかして覚えててくれたのかな? あの穴の大きさはかなりあるし、ドラゴンでも翼をたためば通れそうだけど……?

 ドラゴンは器用に翼をたたんでから、身体をあちこちの壁にかすめさせて穴を半ば強引に通って来た。爪を立てて岩山をドラゴンが登る度に、ズシンズシンと重々しい音が響く。空を飛んでいても地面が唸っているのがよくわかった。


 攻撃する様子もないから、私は近づいてみることに。手綱を小刻みに動かし、慎重に山への距離を詰めながら。ドラゴンはどうにか山を登りきり、山の上で私達の様子を伺ってきた。

 ……ドラゴンの翼の付け根には私が巻きつけた包帯が残っていた。そりゃあドラゴンには外せないだろうから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。

 ドラゴンは何か言いたそうに真っ直ぐこちらを見てくる。燃え盛るような色の鱗に囲まれても負けじと黄金色に輝く双眼が私を見据えてきた。


「……翼はまだ痛む?」


「……」


 心を落ち着かせると、ドラゴンの気持ちが伝わってきた。

 ……そうか。痛みは消えたんだ。

 ドラゴンに効くか不安なところがあったけれど、ちゃんと薬は効いたみたい。良かった……。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、ドラゴンは突然翼を持ち上げる。そんな動作をするなら、やることはただ一つ。


「まさかこいつ飛ぶつもりか⁉︎」


「だ、大丈夫なの⁉︎」


 怪我のことを知っている私とルーザはドラゴンのことが心配になる。

 ドラゴンはそれでも御構い無しというように翼をさらに大きく動かして、ついに羽ばたかせる。

 流石の力強さだ。大きく砂煙が舞う。風圧に巻き込まると思って、ペガサスを離れさせる。


 そして翼を羽ばたき続け……ついにドラゴンの身体が浮く。大きな翼は風を切って音を立てながら、確かにドラゴンの大きな身体を持ち上げていた。

 飛んでいるとドラゴンの迫力はさらに増す。空の王者と言わんばかりの佇まいのドラゴンに、私とルーザは圧倒された。


「と、飛べるの? もう大丈夫なの?」


「グォンッ……」


 心配しながら二人でドラゴンを観察してみるけど、特にふらつく様子もない。

 ……本当に平気みたいだ。もうそこまで治っていたなんて。


「しかし、回復が早すぎやしないか?」


「うん。あれからまだ二日しかしてないのに」


 ドラゴンの生命力は高いのは確かだろうけど、金属片が刺さって傷口はくぼんでいたのに。あんなに深い傷が二日で治るなんて流石に早すぎる。

 でも、傷が治ったことは普通に喜ばしいこと。今までドラゴンの行動を制限していた傷が塞がり、ようやくこうして自由に飛び立てるようになったのだから。


「良かった……元気になって」


「ああ。なんか上手くいきすぎている気がするが、まだここを離れる訳でもないみたいだな」


 ルーザの言う通り、飛び立てるようになったというのにドラゴンはここを離れる気配はしない。

 離れないのは……ドラゴンが洞窟内で暮らしているあの魔物達のことを気にしてるんだろう。大きなドラゴンでも受け入れてくれた魔物達だ、ドラゴンにとっても大切な存在に違いない。

 ドラゴンが大丈夫って判断したら、いつか場所を移すのかもしれないけれど。私も魔物達のことは気になるし……これからも少しずつ様子を見に来ることにしよう。


「オレはどうだかな。今日帰るんだよ。ちょっとばかり遠くにな」


「……」


「ちょっと寂しいみたいだよ?」


「はん……気が向いたら来てやるよ」


 口ではこう言ってるけど、ルーザはまた来るつもりだろう。根は優しいルーザのことだ、きっとまた必ず訪ねてきてくれる筈。

 このこと、イアとエメラにも伝えておかなきゃな。二人もドラゴンを治療したのだから、気になっているのは二人も同じ。傷が治ったと聞けば、二人も安心するだろうから。


 ……そうだ、包帯も外して大丈夫だよね。

 ルーザに支えてもらいながらドラゴンの包帯をゆっくり外していく。ドラゴンの大きな翼に巻かれた包帯は、外すだけでも一苦労。何度か休憩を挟んだり、ルーザと交代しながらでようやくほどけた。

 そして肝心の包帯の下は……やっぱり傷口が塞がっていた。早すぎる気はするけど……傷は治ったんだ、これで良かったんだ。


「じゃあそろそろ行くよ。またね」


「グオオオァッ……」


 見送りのつもりなのか小さめに咆哮してくれた。ドラゴンに見送られるなんて新鮮で、思わず笑みがこぼれる。

 そうしてまた空中遊覧を再開することに。まだまだ行ってない場所は沢山ある。時間の許す限り、ルーザに思い出を作ってほしい。そのためにも色々な場所を廻らなくちゃ。

 ペガサスの手綱を握り直し、行き先を決めると一気に旋回させた。





 ────辺りを見てからしばらくする。空を飛んで、二時間くらいは経過した頃だろうか。突然、ルーザが前のめりになって、私と身体が触れた。


「……ッ」


「ん、どうかした? ルーザ」


「あ、いや……もう充分かと思ってな」


「ああ。そうだね、そろそろ降りよう」


 確かに、結構な時間を飛び続けている。ペガサスもそろそろくたびれてくる頃だろう。私はペガサスを城に向かわせ、中庭に着地する。

 よし、到着。時間も丁度いいな。

 降りた後にペガサスを戻しにいく。やはり疲れていたようで、ペガサスは翼を広げて伸びをしてみせた。


「ありがとう、楽しかったよ」


 ペガサスを撫でてあげると気持ち良さそうに喉を鳴らした。私も嬉しくなって、自然と顔がほころぶ。

 結構な時間を飛んでたみたいだ。もう日が傾き始めている。


「時間っぽいな」


「うん……」


 夕日はルーザが帰ることを告げるかのように、あのダイヤモンドミラーに光が差し込んでいる。鏡はその光を反射して、星のような大きな輝きを纏っていた。

 もうそんな時間か。やっぱり寂しいって思っちゃうな……。


「ぐっ……」


「ん、ルーザ?」


「……なんでもない。行く前に水飲ませてくれ」


「いいけど……」


 どうかしたのかな。そんなこと言い出すなんて。

 もしかしてさっきの砂煙を吸い込んじゃったのかな。ドラゴンが巻き上げた砂煙は相当だ、むせてしまうのも無理はないけれど。

 時間が押しているのは確かだ。もう空が鮮やかなオレンジ色に染まって日暮れも近い……私達は急いで屋敷に戻った。


 屋敷に戻り、ルーザは水を飲んだあとに荷物を持ち上げる。

 イアとエメラにも連絡したから、行く頃には二人とも着いてるだろう。


「……じゃあ行くか」


「……うん」


 ……それ以上の会話が続かない。

 こういう時って何を言ったらわからない。変なことを言うのも避けたいけど、何か言わなくちゃいけないような気もするし……複雑な感じだ。

 ……私とルーザに沈黙が続く。お互い、何を言えばいいのかわからず、黙ったままになってしまっているこの状況。喧嘩をしているわけでもないのに、この時間がすごく気まずい。


 ……私もルーザも特に言葉を交わすこと無く、ダイヤモンドミラーの泉まで行った。泉には予想通り、イアとエメラが来ていた。


「お、来た来た」


「もう、行くんだね……」


 エメラは寂しそうに言う。

 イアは口調からは明るそうだけど、表情までは誤魔化しきれていない。いつもの元気一杯な表情が嘘のように眉は八の字を描き、青い瞳にも憂いの色が写っていた。


「まあな。もともとそのつもりでいたんだ」


 ルーザはそう言いながら空を見上げる。

 ……どこも欠けていない円い黄金色に輝く月が浮かんでいる。目一杯に自身を輝かせる丸い月────満月が。

 ルーザは鏡の表面に触れる。まずは以前のようにつっかえないか試すみたいだ。


「……よし、通れそうだ」


「そっか」


 それしか言葉が出てこない。もっと他に言わなくちゃいけないことある気がするのに。


「じゃあ……帰る。色々世話になったな」


「うん。ルーザといる時も楽しかったよ!」


「そっちが片付いたらまた来てくれよ。今度は腕っ節の勝負がしてみてぇんだ」


「……またね、ルーザ」


「ああ」

 

 私は一言だけそう言った。

 色々言いたいことはあったけど、さよならだけは言いたくなかった。またきっと……会えるって信じているから。


 ルーザは手をさらに深く鏡に突っ込む。すると、ルーザの身体は鏡に吸い寄せられるようにして、私達の気持ちに反して呆気なくその姿を消してしまった……。

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