第82話 いつか来たるべき日へ(1)
「……このような出来事があり、二つの世界の交流が絶たれてしまっていました。原因として挙げられるのが次の通りです」
教壇に立つ教師妖精の言葉に反応して、魔法によって板書に教師妖精が何もせずとも文字が書かれていく。授業中である教室の中は、昼食時の話し声がピタリと止んで、教師の声と説明するために板書をコツコツと叩く音だけが大きく響く。
光の世界、影の世界が交流を再開してから取り入れられた両世界の関係を掘り下げる歴史の授業。私も、間接的とはいえ女王の妹として密接に関わった問題だけあってこの授業にはより集中している。
光の世界からの生徒は私とエメラ、イア以外にも数人いる。その光の世界出身の私達と、挙げられた原因を元に話し合いながら授業が進められていく。
折角交流が再開したのに、また関係を壊したら台無しだ────その気持ちは他の生徒だって同じ。違う世界、違う考え、違うクラスメートだとしても、みんなは絶たれてしまったことで奪われてしまった交流の時間を取り戻すために真剣だ。
そうして学生の内から異世界への偏見を無くし、さらなる交流を深めようと始まったのがこの授業の意味なのだから。
……そして、やがて授業終了の合図である鐘の音が響き渡る。午後の授業もこれで終わり、これから放課後だ。
「ふいぃ〜、疲れたぜ」
そう気だるそうなセリフと共に、机の上にだらんと腕を伸ばしているのはイア。授業終わりもいうこともあるけど、もう一つの原因があって体力があるイアもいつもより疲れている様子。
「ほんと〜。わたしも流石に疲れちゃった」
「結構な質問攻めでしたからね……。お疲れ様です」
そう。フリードのいう通り、光の世界出身である私とエメラとイアはまだ光の世界に行ったことがないここの生徒にさっきまで質問攻めにあっていたんだ。
どんな雰囲気なのか、どんな国があるのか。暮らし方や服装などなんでもアリ。ルーザ達が以前やったように交流を深めるため、と私達もとにかく質問に答えたけれど、ここの生徒は数だって私達の学校とは倍以上。解放されるのに随分時間がかかってしまった。
確かに疲れたけれど……これも両世界のためになるのなら悪い気はしない。寧ろ、頼ってくれた嬉しさも私の中にあった。
「全く妖精ってのはあんなことするわけ? いちいち教えられないと出来ないのかよ」
「う、うーん……。それが僕らの生活というか。経験で学べるのも限界あるし」
「ふぅん。経験でなんとか出来るわけじゃない、と。ま、妖精レベルならそれが妥当か」
ドラクが説明しても、理解しきってない様子のオスク。オスクは「学校で授業を受ける」というのが不思議でたまらないらしい。
経験で積み重ねてきたオスクには、元いた世界でも誰かに教わりながら学ぶってことが珍しいのかもしれない。自分でなんとかしてきたオスクは、やっぱり凄いのだけど。……それでちゃっかり私達と机を並べていたのはともかくとして。
「オスクさんのとこじゃ、教えを後に伝えていく形なのかな?」
「ま、そんなとこ。勉強とか僕らはしないし」
「……ふむ。大精霊は教養がなってない、と」
「おいコラ。そこメモるな」
ルーザは何やらにやにやしながらメモ帳に何か書き込んでいる。手帳の表紙には『オスクの弱味メモ』という文字が。
……いつの間にそんなもの用意したんだろう。
「でもさ、オスクさんまで授業に参加して良かったのかい?」
「いいんじゃないのか。一部には驚かれてたけどな」
ドラクの疑問にルーザはやれやれと言うように肩をすくめてみせる。
驚いていたのは多分、オスクの部下に当たる闇の精霊だろう。いくら『支配者』のせいで居場所が追われているオスクだとしても、その意向に真っ向から歯向かっているのは大精霊の間でも有名らしいし。ここにいる学生精霊も若いとはいえ、オスクのことは知っている筈。
もちろん、普通の妖精はオスクが光の世界から来た学生だと思い込んでいるから、こうして学校に潜り込めているのだろう。
でも学校に来ているとはいえ、お昼みたいに私達の昼食を摘んだり、気まぐれに授業に参加している程度だけど。
こうして少し変わったところがあるけれど、特になんの変哲も無い学校生活。
でも、今は12月上旬。つまり────
「もうすぐ冬休みなんだよね。もう二週間くらいでお休みに入っちゃうんだ」
「そう……だね」
エメラが言ったように、もうしばらくしない内に冬休みに入る。ルーザ達と出会ったのが9月の中旬だから……あれからもう、二ヶ月半は経ったんだ。
冬休みが終われば三学期。それから三ヶ月もすれば、私達は……
「卒業しちゃうんですよね……」
「……」
……そう。学校の卒業。学校を離れ、次のステップへ進むための儀式。
やっと、みんなと本当の意味で仲良くなれたのに。それももう、あと四ヶ月くらいで終わってしまうんだ。その時までに『滅び』の問題が片付いているかはわからないけれど。
それに卒業したら、通う場所がなくなるなら。本当は大精霊である私とルーザはどうなるんだろう……その答えは今出る筈はないけど、考えずにはいられなくて。
「『そつぎょう』とやらがなんなのか知らないけど、まだ時間はあるっしょ? 今は精々のんびりしたらいいじゃん」
「そう……そうね! ルージュもさ、悩み事があるならいつでも言ってね。友達なんだから!」
「え。あ、うん!」
エメラに急に話を振られて、確認する前に反射的に頷いてしまった。
でも……そうだ。私達は友達。それはどれだけ離れようと変わらない。私達が何者であろうとも、私達を受け入れてくれたみんなは。
まだ卒業までは時間がある。それまでたっぷり、今まで享受出来なかったこの時間を大切にしなくちゃ。
以前のような後ろ向きな考えももうそこにはない。
私はそんな来たるべき日へのことだって、もう悲しみだけで表現するなんてことはしない。そんな想いを胸に、私達はおしゃべりしながら帰り仕度を済ませていった。




