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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第81話 そしてまた舞い戻り(2)


「ま、いいっしょ。それに『滅び』に乗り込むとしてもまだこっちの問題はあるし? まーた裏の人格がいつ悪さするかわかったもんじゃ無いからな」


「もう一人の『ルージュ』さん、か……」


「……」


 今までみんなも、ルーザも、自分ですらその存在を知らなかった。

 狂気に身を任せようとしたあの時聞こえた────恨みのこもった声。おぞましい、【壊せ】という言葉が。あれは私が直面した絶望より真っ暗で、どす黒くて、何もかも憎んでいるような……そんな声だった。

 あれが、私の裏。もう一人の私。私であって私じゃない……その存在を。


「今まで全然気付きませんでしたね。というより、気付けるような態度とか、雰囲気とかわかりませんでした」


「その人格って、今までも出てたのか? ならなんでルージュも気付いてなかったんだ?」


「多分だけど……その人格が出ている間は『私』は気絶してるのかなって」


 二重人格は、人格が交代で発現する。人格が切り替わると出ていた人格の記憶は持ち合わせず、記憶の混乱で支障をきたすことはない。逆に言えば、自分と違う人格が出ているときは眠っているような状態ということだ。

 ……それだけ見れば普通の二重人格と変わらない。片方が出ている時は、もう片方の意識は解離している。記憶も共有しないから、『私』には『私ではない私』が表に出ていたことは認識出来ない。

 だけど、私のは病気というわけじゃない。『絶命』の力をきっかけに宿してしまった特異なパターンだ。


「そう。だから裏だけは表であるお前の記憶も持っている……てか、見てるって方が正しいか。タイミング狙ってそそのかすのも説明つくっしょ」


「じゃあ……そっちの『ルージュ』もわたし達と関わってたことあるのかな? だったらそっちの『ルージュ』友達に……!」


「────駄目だ」


「えっ」


 今まで黙って聞いていたルーザが、不意にエメラの言葉を遮った。

 しかも、それはエメラの提案への否定。冷たく、鋭いルーザらしからぬ言葉に、オスク以外の全員がピシリと固まる。


「ヤツの心の中はそんなに単純じゃない。ヤツはお前らでさえ壊す気でいるような性格だ。仲良くするなんて言葉で言うのは容易いが、生半可な覚悟で実行に移すならオレがその前に止めてやる」


「お、おい。そんなハナっから否定しなくてもいいじゃんかよ。きっとできるんじゃねえかってだけで……」


「そう甘い話じゃないんだよ。ヤツはお前らが思っている以上に残忍だ。直接戦ったオレだってヤツの謀略にはめられて殺されかけた」


「……っ!」


 殺されかけた────その言葉で私達に衝撃が走った。

 甘い話じゃない、その言葉の意味もみんなは瞬時に理解しただろう。実の妹でさえ、裏の人格は躊躇ちゅうちょなく手をかけた……それは、私も同じで。


「重く考えんな。お前のせいじゃない。狂気に囚われたからって、その行動に走らせたのは紛れもなく裏が仕向けたことだからな」


「うん……」


 また罪悪感に沈もうとしていた私を気遣ってか、ルーザはそう言ってくれた。

 そうはいっても私がルーザに手をかけようとしていたことは変わらない。気にするな、と言われても簡単には割り切れない。それでみんなも傷つけてしまうんじゃないか……そんな考えが拭いきれない。


「でも……やっぱりそっちの『ルージュ』とも友達になりたいよ。表とか裏とか関係ないもん。ルージュはルージュでしょ?」


「はい! それに裏の『ルージュ』さんも寂しいんじゃないでしょうか。誰にも気付いてもらえないなんて辛いでしょうから……」


「……っ」


 それでも……みんなはこう言ってくれた。

 いや、もうわかっていたことだ。みんななら絶対にそう言ってくれると、信じていた。どんな事情でも、どんな性格であろうとも友達なると言ってくれると。私を信じさせてくれたみんなは迷いなくその道を選んでくれるだろうから。

 みんなが忠告しても決断を曲げないのはルーザももうわかっていたことだろう。諦めたように、それでもどこかほっとした様子で苦笑しながらため息をこぼす。


「……ったく、平和ボケだな。どうせ結果はわかってたが」


「なんだよ。わかってたなら水差すようなこと言うなって」


「言っただろ、甘い話じゃないって。それにお前はどうしたいんだ、ルージュ?」


「え。わ、私?」


「いくら周りがそう言ったって、結局はお前がどうしたいかが一番重要だろ?」


「あ……」


 そうだ……ルーザの言う通りだ。これは、私自身の問題。これからどう動くか、最後は自分で決めなければならない。周りに言われてから指示された通りに動くだけじゃ、そんなの意味がない。最終的な判断を下すのは私でなければいけないんだ。

 私の、答えは────


「私も……仲良くしたい。難しいかもしれないけど、苦しんでいるのは変わりないから。それじゃあ、駄目かな……?」


 ルーザからの答えはわかっていた。それでも聞かずにはいられない。それだけその意思を示すのは、深い意味があったから。

 ルーザも当然のように、いつものように、不敵にフッと笑ってみせる。


「お前がそう言うなら付き合ってはやる。オレにどうこう出来る問題じゃねえけどな」


「ま、まあ確かに……。それにまた乗っ取られるのもあり得るし……」


 裏の人格がいつになってそそのかしてくるかはわからないし、その条件もまだはっきりしていない。乗っ取られるんじゃないか、とビクビクしながら生活しているのも心臓に悪いし、何より何かしら支障をきたしかねない。


「レシスなら何かできるかもだけど。あいつにちょっと相談してみるか」


「うん、お願い」


 オスクの提案に、私は迷わずうなずく。

 レシス、ライヤの2人は騒動後、現実世界……正確には光の世界の私の屋敷に留まっている。と、いうのもライヤが抜け出したことで夢の世界の結界の効力は無効化され、実質出入りは大精霊なら可能になった。それでもまだ夢の世界は『滅び』の牙が蔓延はびこる地。危険も及ぶからと意思体ということで実体は持てないけれど、2人は安全を考えて現実にいることにしたみたいだ。


 まだ不安はある。私自身のことも、『滅び』のことも。それでもふらふらの私を、支えてもらいながら歩いていける────みんながいるから。


「じゃ、これからも頑張ろうぜ!」


「おー!」


 ……と、イアの掛け声にエメラとドラク、フリードが意気揚々と合わせると同時に、学校からチャイムが響く。

 午後の授業が始まる10分前を知らせる合図だ。


「あれ、もうこんな時間⁉︎」


「え〜⁉︎ まだパフェ半分しか食べてないのに!」


「そんな馬鹿やってないでさっさと食っちまえよ、全く……」


 エメラはおしゃべりしていたことで食べるのを忘れていたパフェを慌てて口に掻き込んでいく。カチャカチャとスプーンと器がぶつかる音が数回響くと、すっかり器は空っぽに。

 私達も、授業に行くために食器をいそいそと片付けることに。他の生徒達も次の授業の準備するべく、騒がしかったカフェテリアも一人、また一人と後にしていく。


「全く、相変わらずせわしい奴らだな。……あむ」


「あっ⁉︎」


 ……結局、イアのフライドポテトは全てオスクのお腹に収まりながら。

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