7章epilogue・ガラスの靴はもういらない 2/2(3)
「玉藻がすみません。彼女に変わってお祝いを申し上げましょう」
「あっ……」
いつの間にか、私達の傍にカグヤさんにシルヴァートさん、ニニアンさんと今まで会った大精霊達が集まってきていた。
オスクも当然その中に加わっていて、全員堂々とした雰囲気を醸し出し(ニニアンさんだけはおどおどしながら)、大精霊の確かな風格を漂わせていた。
大精霊達は私達と出会った反応からして、出自を知っていたのは間違いない。
格上の相手だと思っていたのに、本当は同等だったなんて。四人とも、力は違えど実力は本物だし……やっぱり信じられない。
「本当に『決行』を成し遂げてしまわれるとは。やはり貴方は昔からわたくし達の予想外のことばかりなさいますね」
「うむ。我らに比べれば若いというのに、毎回その行動と言動には度肝を抜かれる」
「やめてくんない? あんたらに褒められてもむず痒いだけなんだけど」
カグヤさんとシルヴァートさんが褒めてもオスクはげんなりとしている。
成し遂げて達成感を感じている……というよりは疲れている様子だ。今の今まで、オスクは詳しくは話してくれなかったけれど、実は私とルーザが知らないところで苦労していたのかもしれない。
「やっぱり……『決行』ってそんなに難しいことだったんですか?」
「ええ。貴方方の記憶を抜き取った者はわたくしでさえ顔もわからず、力量すら把握出来ていません。あの方が何者なのか……正確に知る者はいないでしょう」
その言葉を聞いて、より緊張が高まった。
私とルーザの記憶と肉体が分離する原因となった、ある種の黒幕────『支配者』。カグヤさんすら知らないなんて、そいつがどれほどまでに得体が知れない相手かを思い知る。
「あのあの、折角のお二人のお誕生日パーティーなんですし……今は暗い話は終わりにして、楽しむことに集中しませんか?」
「む、そうだな。話さなくてはならないことも山ほどあるが、この空気を壊すのは周りの者にも申し訳ない」
ニニアンさんの言葉にシルヴァートさんも頷く。
まだわからないことだらけだ。それでも今は、みんなが用意してくれたパーティーを楽しもう……その気持ちを優先してくれた。
「しかし、折角の祝いの宴にわたくしも食事以外に準備に参加出来なかったのは悔やまれます。わたくしの手でさらに宴の席を華やかにしたかったのですが」
「カグヤ……お前の宴はいささか度がすぎる。少しは抑えんか」
「何故です? 私は客人のための究極のおもてなしを探求しているだけです」
「それが度がすぎると言っているのだ。前菜すらも食べきれぬ量を並べるではないか」
「あ、私も……目の前に舟盛りを一人分だと出された時はどうしようかと悩んじゃいました」
カグヤさんの相変わらずのやりすぎなおもてなしっぷりにシルヴァートさんは呆れ、ニニアンさんでさえ苦笑い。舟盛り……がなんなのかわからないけど、多分かなり豪華な料理に違いない。カグヤさんのおもてなしは昔から変わらないようだ。
そんな三人にため息をつきながら、オスクは私達に向き直る。
「馬鹿か、そうじゃないのかはっきりしないあいつらはほっとくとして……そういう訳だから、詳しい話はまた今度。今は精々羽目外したら?」
「うん……オスクもありがとう。色々と」
お礼を言うと、オスクはほんのり頰を赤らめながら照れ臭そうに顔を背ける。そんなオスクのわかりやすい照れ隠しに、思わず笑みがこぼれた。
「何笑ってんのさ……。それよか、お前にはまだやることあるんじゃないの?」
「え?」
「ほら、そこ」
オスクは私の後ろを指差す。言われるままに振り向くと……青いドレスを纏った白い妖精が一人。
「あ……」
私にいつもと変わらない笑みを向ける、クリスタの姿。傷は見えないけれどまだ完治していないのにも関わらず、従者などの支えも無しに、私の傍に来ていた。
「ク……リスタ」
「ふふっ……まだ姉とは認めてくれないようですね」
そんな言葉とは相反し、クリスタは幸せそうに微笑んでいる。
わからない……あんな酷いことをして、あんな酷いことを口にして、実の姉じゃないからと遠ざけて突き放した私を……どうしてそこまでして。
「なんで……笑ってるの?」
「決まってます、嬉しいからですよ。あなたに、こんな素敵なお友達が沢山できたことが。城で寂しそうに窓の外を眺めていたことが懐かしいくらいですね」
そういいながらクリスタは私に歩み寄り、腰を曲げて目線を合わせる。
逃げ出したい筈なのに、私の足は動かない。逃げては駄目、聞かなくちゃいけない……そんな気持ちが私の足を放してくれない。
「あなたは変わりましたね。私が知っていた、一人ぼっちのあなたはもう何処にもいないということがよくわかりました。私の知っていたあなたはもう……目の前にいるあなたとは違う」
「……あ」
「本当、見違えるほどに。それなのに、反対に私はちっとも変わりませんね。あなたがいなくちゃ外も歩けません」
「……っ」
「私はあなたが思うような、遠い存在ではないのですよ。寧ろダメダメです。あなたがいなかったら……私もきっと進めませんでした。女王という大役を任されることに耐えきれず、今頃逃げ出していたことでしょう」
クリスタは笑う。いつもと変わらない、屈託のない笑顔で。いつも寂しがっていた、私に笑いかけてくれた時と同じ表情を。
……涙が、止まらない。理由がわからず、ただただ流れる涙を私は止める術を持たない。頰をつたう雫は暖かくて……クリスタがいつも差し出してくれる手のひらのようで。
私はまた……この妖精を、姉と呼んでもいいのだろうか。その答えはもう出ているけれど、ちゃんと聞いておきたい。しっかりと、言葉にして。言質を取って。
「……私は、あなたが思っているより弱いよ。だからすぐこうやって泣いちゃうし、立派でもなんでもない」
「ええ」
「あなたの腕を引いてあげれる程強くない……だからきっとすぐもたれかかる。それでも……いいの?」
聞くべきだ。今こそ……はっきりと、その口から。
「こんな駄目な妹でも……また姉さんって呼ぶことを許してくれる?」
────馬鹿だな。もうとっくに、その答えは聞いているのに。
それでも臆病な私は、泣き虫な私は、聞かずにはいられなかった。その先にあるただ一つの答えを求めずにいられなかった。
そしてクリスタは……私のたった1人のかけがえのない姉さんは、心底幸せそうに笑った。
「もちろんですよ。あなたは私の最高の妹なんですから……!」
姉さんはそういって私を思い切り抱きしめた。
……姉さんに抱きしめられるなんて、何年ぶりだろう。
姉さんの暖かい体温に包まれながら、私は気が済むまで小さな子供のように泣きじゃくった……。




