7章epilogue・ガラスの靴はもういらない 2/2(2)
「じゃーん! どうこれ、凄いでしょ!」
そう言ってエメラがケーキを自慢げに見せてくる。
遠目からでも豪華と思っていた二段ケーキだけど、近くで見るとさらに凄い。純白のクリームで飾られたケーキの表面は芸術作品といっても過言じゃないくらいに細やかで見るものを惹きつける。
「凄い……よく作れたね、こんなの」
「これくらい大きなスポンジケーキは一日寝かさないといけないから、余計大変だったの。時間操作の魔法まで使って仕上げたんだから!」
時間操作の魔法はかなり高度だ。使いこなせれば対象の時間を思い通りに動かせるけど、そのレベルにいくまでが難しい。失敗すれば年単位まで時間が進んだりしてしまうから、練習することすら楽じゃない。
そんな魔法を使ってまで、こんな豪華なケーキを仕上げてくれた。私とルーザのためにそこまでしてくれるみんなには感謝してもし足りない。
切り分けられたケーキを私は早速、口に運ぶ。
甘くてふんわりとしたクリームが口いっぱいに広がり、フルーツの酸味が追いかける。フルーツも星やハート型にカットされていて、隅々まで丁寧に作られていた。
そんなケーキの味は、今まで味わったことのないくらいの至福の味がした。
「どうかしら、楽しめてる?」
「あ……カーミラさん。レオンも」
ケーキを食べ終わったのを見計らってか、カーミラさんがレオンを連れて声をかけてくれた。
アンブラ公国を離れてからそんなに経っていないのに、2人の姿が懐かしく思える。レオンのぶすっとした仏頂面も、あの時から変わらない。
「急にオスクさんから呼ばれて驚いたけど、恩人のあなた達のためなら拒否権はないわ。だからあたしも腕をふるって料理を用意したのよ」
「そっか……ありがとうございます、カーミラさん」
「いいのよ。あなた達2人が大精霊って聞いた時はびっくりしたけど、それで遠ざける程落ちぶれてないわ。ね、レオン?」
「……僕にいきなり話を振るな」
カーミラさんがレオンに問いかけても、レオンはぷいっと顔を逸らして不機嫌そうだ。
それでも、レオンが来てくれたのは素直に嬉しい。レオンにはカグヤさんとの戦いで凄く助けてもらったから、そのお礼が出来るいい機会だ。
「レオン、あの時はありがとう。助けてくれて」
「……む」
私がお礼を口にした途端、お礼を言われるとは思わなかったらしいレオンは意外そうな表情をした。
「なになに、何の話?」
「お前に教える道理はない」
「なによ、冷たいわね〜」
カーミラさんには顔を背けてしまったけれど、レオンの顔はほんのり赤い。
良かった。ちゃんとお礼が言えて。
「あら〜……レオン、あなた顔が赤いわよ?」
「う、煩い! いいからとっとと回ってこい!」
「はいはい。ほら、行きましょうか。みんな、大切な仲間なんでしょ?」
「……はい!」
その言葉にははっきりと返事出来た。
そう……オスクが呼び集めてくれたらしい妖精や大精霊達は、みんな今まで関わってきた大切な仲間。過ごした時間は短いけれど、この繋がりは掛け替えのないもの……そう胸を張って言えた。
自信はあった、なんて決して言えない。それでも、このパーティーに集まってくれた……それだけで本当に嬉しくて、色々こみ上げてくるものがあった。
カーミラさんに連れられるまま、私達3人はカーミラさんが作ったらしい料理が並べてあるテーブルへ。そこには見慣れた洋食と、シノノメで見た珍しい料理が一緒になって盛り付けられていた。
それにしてもシノノメ料理の方はやたら飾り付けが豪勢だ。……多分、カグヤさん辺りが並べたな。
「どや、シノノメ料理は。こっちの料理にも引けをとらんやろ?」
「あ、モミジさん」
私達がシノノメ料理に気づいたからか、モミジさんが隣に来る。その後ろにはイブキと……奥でイナリズシを独り占めしている玉藻前も。
「こっちの料理より派手さはないけど、きっちり並べて見栄えを良くしとるんよ。並べてみると、違いがわかりやすいとちゃう?」
確かにモミジさんのいう通り、シノノメの料理は量よりも見栄えを重点に置いている。カラフルさはないけれど、周りに切り込みを入れた細長い葉や小さな黄色の花を飾ることで華やかさも出している。
カーミラさんが作ってくれたらしい料理と並べられても、どちらもそれぞれに良さがある。それに、こんな豪華な料理を用意してくれたことが本当に嬉しい。
料理も、飾り付けも。私達2人だけのためだというのに時間をかけて、隅々まで丁寧に準備されている。私を励ますために、そこまでしてくれたみんなを思うと胸がジワリと熱くなる。
「其方らは皆に愛されているのだな。少々羨ましい」
「……イブキはそうじゃないの?」
寂しそうに呟くイブキが気になり、思わず聞き返してしまった。けれど、イブキは苦笑しながら首を振って「いや、」と続ける。
「拙者の父上は立場上、厳格なお人柄だったのでな。いつも厳しく、拙者も己にそうであれと常に言われていた」
「そっか……」
「だが、愛されていなかったわけではない。拙者の誕生日にも必ず贈り物をくださったし、多忙にも関わらず、いつも文で気遣ってくださっている。でなければ、拙者は父上を尊敬しない」
イブキがお父さんのことを語る表情は嬉しそうだ。
親子の形は様々、たとえ厳しくてもイブキにはお父さんが大切に思っている気持ちが伝わっているのがよくわかる。
私には義理でも両親はいなかったから、その点イブキが羨ましい。
「拙者のところでは誕生の祝いに宴を開くことがなかったのでな。もし父上が傍にいれば……と少々思い馳せてしまった」
「あなたもお父様が大切なのね。あたしと同じだわ」
「ふん……ならお前もせめてこのパーティーで羽目外せばいいだろ。用意は確かにオレらのためでも、後はあまり気にしてなさそうだしな」
「ああ。そうさせてもらおう」
カーミラさんとルーザの言葉にイブキは嬉しそうに頷く。
あと気になるのは……奥でイナリズシを食べるのに忙しい玉藻前だ。ずっとイナリズシをむしゃむしゃ食べている玉藻前に、流石のモミジさんも呆れ顔。
「……あんた、いつまでそうしとるん? 準備し終わってから、ずっとその調子やないの」
「ふん。妖精如きが妾に指図するんじゃないわ! ここに来てるのだって、カグヤ様に言われて仕方なくなんだから!」
そう言いながら、また玉藻前はやけ食いのようにイナリズシを口に放り込む。
カグヤさんの命令とはいえ、いやいやパーティーに駆り出されたことが気に入らないらしい。
「……すまない。説得はしたのだが、聞く耳を持ってくれなくてな。其方らの祝いの席だというのに申し訳ない」
「準備中もずっとつまみ食いしてたわね。あなた達の分がなくなっちゃうと思って止めはしたのだけど」
「いや、いいって。どうせあんな感じだと思っていたし」
ルーザも諦めたようにイブキとカーミラさんにそう返す。
確かに、玉藻前にいやいやおめでとうとか言われても不自然にしか感じられないだろうし、これはこれでいいのかな……なんて、私も苦笑した。




