7章epilogue・ガラスの靴はもういらない 1/2(2)
「……じゃあ、ルージュの誕生日パーティーをしようよ!」
……と、今は何でだかクリスタの自室に戻ったらエメラにそんな宣言をされている訳だが。
「いや、待て待て待て。なんでそうなった⁉︎」
「いいじゃない、ルージュもパーティーすればきっと機嫌を直してくれるから!」
腰に手をあて、自信満々に宣言するエメラ。唐突な上に話の内容が内容だ、オレは呆れてため息が止まらない。
……これまでの経緯を説明すると。
オレとルージュが大精霊だということを、エメラやイア、フリードとドラクやロウェンに知らせるために、五人に集まってもらった。
だが、真実を受け止めきれなかったルージュは狂気に取り憑かれ、正気に戻っても自分がしたことに負い目を感じて殻に閉じこもってしまった……そのことを説明した途端、エメラにそんな提案をされたという訳だ。
確かに気分を明るくする分にはいいかもしれないが、それが何故誕生日パーティーに繋がるのか疑問のまま。大した説明も無しに、行動に踏み切られそうになっているのが今の状況だ。
「てか、なんで誕生日パーティーなんだよ。そもそもあいつの誕生日って近いのか?」
「だって、二人って大精霊様なんでしょ? 正確な誕生日ってわかるの?」
「あ、いや。知らない、けどよ」
確かに、大精霊は長寿だから自分の誕生日なんてどうでもよくなりそうな年月を生きるだろう。しかもオレらは記憶が抜け落ちた肉体、自分の誕生日なんて覚えているわけがない。
オレも親がいなかったために自分が生まれた正確な日にちを知る術がなく、今の今まで学校の書類には自分がそうだと思っていた日にちを書き込んでいたから、本当の誕生日を知らないんだ。
「おいクリスタ、ルージュの誕生日って決まってるのか?」
「いいえ。私はあの子と出会った日をそれらしい日にしてはいましたが、特にこれとは決まっていません」
「ほら! だからこの日をルージュがわたし達を本当の友達や家族と認められた記念日として、誕生日にしましょ!」
「その理屈で何故に『誕生日』にするのかわからねえんだが……」
だがまあ、サプライズパーティーというのはいい案かもしれない。仲間がこっそり計画して、ルージュ自身にいい意味での『裏切り』を教えてやるのは心を開くきっかけになり得る。
「じゃあ、わたしがパーティー用のお菓子作るね!」
「おう。じゃ、オレとドラクは会場のセッティングだな!」
「僕は……そうですね、プレゼントを用意します。ルージュさんが気に入りそうな本を見つけるなら任せてください」
「僕は道具を調達するよ。光の世界にはないパーティー用道具を揃えれば、二つの世界の友好の証になるかな」
エメラが菓子作り、イアとドラクは会場のセッティングや飾り付け。フリードはプレゼント選びにロウェンは道具の調達など……各々の役割がどんどん決まっていく。
その中でほったらかされるオレとオスク。元々勝手に進められている話に付いていけないオレと、パーティーなどにはとんと馴染みがない大精霊には追いつけという方が難しい話だ。
「オスクさんはパーティーに参加する人数を増やしておいて! わたし達だけじゃ盛り上がりに欠けるし」
「ま、いいけど。ルーザはどうするのさ」
「ルーザはルージュを外に連れ出したら? 昨日からのストレス発散に丁度いいし!」
……要するにオレの役目はサプライズをバラさないための時間稼ぎという訳だ。明らかに残り物を押し付けられた感しかないのだが。
まあルージュが今、オレ以外には警戒心を抱いてしまうということもあるし、適任なのかもしれない。
文句の一つを言おうにも、他の奴らはさっさと作業に取り掛かってしまった。もうすぐこの城も騒がしくなるし、折角のサプライズがバレかねない。
仕方なく、オレはルージュが閉じこもっている部屋へと向かった。
「……え、外へ? なんでいきなり……」
……まあ、こうなるよな。
一緒に外出しよう、なんて提案した途端、ルージュはぽかんとした反応を返す。それまでぼんやりと窓の外を見つめていたルージュだが、オレの突拍子のない提案には食いついてくれた。
「いいだろ、気分転換にはなる。それに篭りきりも身体に悪いぞ?」
「……いいよ、気分じゃない。それに怖い、また目に晒される……」
ルージュの返事はいつになく冷たいものだった。いつもなら笑顔で二つ返事で了承してくれる提案も、今は即却下。恐怖に塗り替えられた瞳も鋭さが増し、睨みつけられているかのように光は鋭利だ。
ルージュが怖がる理由ははっきりとはわからない。だが、何と無く察しもついている。
……おそらく、王女と公表したことで自分の顔が知られてしまったことだ。王女じゃないと強く思い込んでいる今はさらにそれが鋭敏になっている。
「なにも目立つところに行くってわけじゃねえよ。王都郊外なら別に問題ないだろ」
「でも……」
「……あー、もうじれってぇな‼︎」
いつまで経っても言い訳するばかりで進もうとしないルージュに痺れを切らし、オレは強引にルージュの腕を引く。そしてそのまま、ルージュを強制的に部屋の外へと連れ出した。
「ちょ、ちょっとルーザ⁉︎」
「いつまで引き篭っているつもりだよ! 嫌でも放さねえからな!」
どうせ、このまま説得しようにもルージュはのらりくらりと言い訳を続けるだろう。だが、それでは何も変わらない。
こうなったら何が何でもルージュは外に引っ張り出してやる。殻にこもって自分の世界ばかり見ているルージュに外の綺麗さを改めてわからせてやるんだ。
勢いのまま、外へと飛び出したオレはルージュの腕を引いたまま、王都郊外のある場所へと目指した。
始めともなった、オレらに縁が深い場所へと。
「……覚えてるか、ここ?」
ルージュを連れ出したのは王都郊外にある公園。いや、遊具もないここは広場と言った方が正しいか。
辺りをうろつく妖精もまばら、特になんの変哲も無いただの空き地。ベンチが所々に設置されている程度の質素な場所でも……ここにはある思い出があった。
「ここは……確か」
「そう。お前と初めて会った場所だよ」
特に変わりもない日だった。それが、ルージュと出会ったことでそれまでの日常が変わったんだ。いい意味でも、悪い意味でも……でも、断然前者が上だ。
突然光の世界に放り出されたことでイライラしていたこともあり、何故か瓜二つだったルージュを不信に思って最初は武器を交えてしまった。だが、突然現れた魔物を協力して倒したことで和解したんだったか。
その相手が今では実の姉。なかなか酷い目にもあったが、増えた仲間とつるむのは悪くない時間だった。
「お前も、そんな時間は嫌じゃなかったんじゃないのか?」
「……それは」
「口でどう否定しようがオレは構わねえよ。だが、気持ちだけには嘘をつくな」
自分の気持ちにさえ嘘をつけばそれまでだ。それこそ、全て『裏切り』になってしまう。
ルージュは確かに笑っていた。それを偽りの笑顔というならとんだ芸だ。裏の人格にどう否定されようとも、ルージュは心から笑っていたんだ。
ルージュは言い訳出来ないらしく、気まずそうに俯く。
顔を隠すためと、フードを被った顔には影がかかって、暗いもので。何を思っているのか、何を考えているのか……何一つわからない。だがきっと、後ろ向きな考えではない筈……そう思った。
その後も、時間稼ぎのために様々な場所へと向かった。
ドラゴンのいる廃坑、星祭の時に星の粉を流した噴水、オーブランが守っている薬草の森……全て、オレとルージュに所縁がある場所。人目にこそ付かないものだが、それら全てに大切な思い出がある。
ドラゴンやオーブランと心を通わせたこと。仲良く出来るように、と願ったこと。ドタバタしながらも皆でルージュの看病をしたこと……普通に見えるが、それでもその『普通』が今では有難い。血筋も生活も、オレとルージュは『普通』には程遠いものだから。
……さて、時間稼ぎには充分だ。
傾いてきた日を見上げ、オレは次の行き先を見据える。それはもちろん、仲間が一生懸命に準備している場所だ。
「ほら、行くぞ」
「え、今度は何処に……?」
「城に戻る。そろそろいい時間だろ」
きっとルージュには意味がわからないだろう。腕を引かれ、不思議そうに首を傾げる。
オレはそんなルージュの腕を引き、城へと戻っていった。




