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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 五線譜の軌跡
235/711

オスク過去編・闇の中の異端者-後編 2/2(3)


 ────そして、その時がきた。ルヴェルザの記憶が抜き取られる、儀式の時が。


『では死の大精霊、ルヴェルザ。こちらに』


「……」


 儀式の場所。『支配者』の神殿であろう祭壇へと、ルヴェルザは無言のまま階段をゆっくり登って向かっていく。

 他の大精霊……ここに集った火、水、風、星、新月、満月、そして僕を含めた7人はその祭壇の周りで待機させられている。久々に会うやつもいるというのに、お互い言葉を交わさぬまま……強張った表情で、声が飛んできた上を見上げている。


 ヤツは今、この場に姿を現していない。自分だけは高みの見物をしようとしている態度に純粋に腹が立つ。

 やっぱりヤツには一発蹴りを入れてやらないと気が済まない。この世界を、今ある世界を蔑ろにするというのなら尚更。

 ルヴェルザは一つ、また一つと階段を登ってきている。この階段を登り切れば僕が知る『ルヴェルザ』は身体を失う。代わりに、あることへの実行の始まりを合図でもあるんだ。


「……っ」


 登り切ったと同時に、ため息が一つ。

 とうとう辿り着いてしまったという後悔からくるものなのか、これからやろうとしていることへの気持ちを落ち着かせるものなのか。……その両方であるのかもしれないが。


 祭壇の前に描かれている魔法陣。そこにルヴェルザが立てば全てが終わり、全てが始まる。

 周囲にはヤツの暗示にかかったのか、元からそうなのか、どちらかはっきりしないけどヤツの付きであるらしき精霊が見張の目を光らせていた。

 実行するなら邪魔になるのはこいつらか……と、この場でおそらくただ一人だけ、物騒な考えを張り巡らせる。


『ルヴェルザ、中央へ』


「……」


 ルヴェルザは今の所、ヤツの声に従って動いている。今、ここでボロを出せば全てが無駄……そう理解していることからだろう。

 一歩、また一歩と進められるルヴェルザの足。その度に僕の鼓動は早まり、大きく内側で響き渡る。


 ────もうすぐ終わる。そして始まる。

 ルヴェルザが魔法陣の中央に到達し、それに反応したかのように魔法陣が輝きを放つ。


「ぐっ⁉︎ あ、ああ……!」


 ルヴェルザの表情が苦悶くもんに歪む。

 他者の手で自分の意識と肉体を引き剥がされようとしているんだ、その苦痛は尋常じゃないだろう。

 睨みを効かされているせいで僕らは手出しも出来ぬまま。行動が間違っていると思っていても他の大精霊は行動に移せない。


 ……ホント、何処までも気に入らないヤツだ。

 他人の運命と命を引っ掻き回し、世界を弄んで、挙句自分は姿を現さずに見ているだけときた。

 未だ姿を現さないヤツに直接殴り込みに行けないのはムカつくけど……せめてもの抵抗だ、計画は必ず実行する。


『がはっ!』


 魔法陣の光が収まった瞬間────ルヴェルザは地面に叩きつけられる。いや……正確にはその『記憶』の方だ。ルヴェルザの身体は透けて、弾き出された肉体はルジェリアと同じ、灰色の兎のような妖精へと姿を変えられていた。

 弾き出された『肉体』を見て、ルヴェルザは悔しそうに表情を歪める。今のルヴェルザには、この肉体を手放す他ないことを思い知らされて。


 ────さあ、これが『始まり』だ。


 僕は手を掲げ、魔力を集めていく。闇の塊は祭壇とは場違いなまでに暗い影を落とし、その存在を確かに証明した。

 成した闇の塊を槍状にして鋭利にさせて。それをそのまま……


「────くらえっ‼︎」


 ルヴェルザがいる魔法陣より奥へと飛ばす。

 そして────ドカンッ! と派手な音を響かせ、もうもうと土煙が舞った。

 瞬間、この場にいる数名から甲高い悲鳴。僕はその隙に土煙の中へと突っ込み、目的の一つである対象へと掴みかかった。


『何事ですか』


「わ、分かりません! すぐに確認を……」


 ヤツと、そのお付きの戸惑った声が聞こえてくる。……いや、前者は間違いだ。初めて近くで聞いたヤツの声はまるで無機質なものだった。感情がないかのように、声を聞いただけだというのに肌をゾワリとするものが撫でた。


 どうやら最初に放った弾が僕がやったものだとはバレなかったようだ。その言葉にホッと息をつきつつ、僕は目的のものを見つけ出し、脇腹に抱え込む。


『すぐに周囲を警戒なさい。あの者の身体をなんとしてでもこちらへ』


「────誰が渡すかっての」


 ハッと息を呑む音が聞こえた気がした。僕に視線が集中し、土煙は晴れていく。

 腕にルヴェルザの『記憶』と、肉体を抱えながらヤツに見せつけるようにその場に立つ。


「こんな騒ぎ起こしといても罪悪感とかないな。寧ろ清々しいくらいじゃん」


『……またあなたですか。その者の肉体は私どもが預かります。早くこちらへ』


「さっきの聞いてなかった? あんたにこいつは渡さない、このまま明け渡すくらいなら最初から大人しくしてるさ」


 ヤツの無機質な声に流されず、逆に挑発するような言葉を並べる。そうでもしなければ、いつヤツが暗示を仕掛けてくるかわからない。自分をしっかり保ち、意識を目の前の敵にただただ集中する。


「おい、ルヴェルザ。身体透けてるけど動ける?」


『多少暴れる分には問題ねえな。力がどれくらい落ちたかはわからないが』


「あっそ。今はそれで充分だ。今はとにかくぶっ壊すぞ!」


 とにかく周りを翻弄し、逃げる時間を作る。ここで捕まれば全てが水の泡だ。


 周りの大精霊達には目もくれず、祭壇や周りの装飾だけに狙いをつけて魔法を放つ。

 衝撃と土煙が辺りを覆い尽くし、付きの精霊達は視界を遮られたことで動揺し始める。


「死の大精霊と闇の大精霊を捕らえよ!」


「罪人、闇の大精霊を生け捕りにせよ!」


『……物騒なこと言ってんな。ありゃ暗示の類か?』


「さあね。ヤツに付いてるなら興味ないし」


 今は自分達のことで手一杯だ。仮に暗示をかけられていたとしても解放する手段は持ち合わせていない。とにかく逃げ道を作り、目的を果たすためにひたすら視界を奪っていく。


 辺りは真っ白に染まる。舞い上がった土煙はその濃さを増して、自分の手すらもまともに見えなくなる。

 状態としてはこれが最良だ。僕と肉体を持たないルヴェルザは祭壇の階段を駆け下りる。今は逃げた先にある────『道』を目指して。


「……行くのですね」


「……っ! カグヤ……」


 駆け下りようとした直前、不意にかけられた声に反射的に反応してしまった。

 その声……満月の大精霊・カグヤ。年齢は千単位で魔力も他の大精霊と比べると高い部類に入る。大精霊のリーダー格と言ってもいい存在が敵対するとなると都合が悪い。

 本当は言葉を交わさない方がいいのだろうが、もう反応してしまった以上、目は逸らせない。


「アンタも取っ捕まえる気? 罪人とか言ってさ」


「いいえ。わたくしもあの方のやり方には反発したい気持ちがありましたから、止める理由はわたくしにはありません。ですから、わたくしどもも微力ながらもお力添えをと思いまして」


 そう言ってカグヤは目の前に手を突き出す。そこから障壁が張られ、追っ手の行く手を阻んだ。


 ……しかも、それで終わりではなかった。カグヤだけにとどまらず、火も、水も、風も。新月に星まで、この場にいる僕ら2人以外の大精霊達が追っ手の足止めをしてくれた。

 ……は? なんで、こんな。

 理解が追いつかない。僕ら二人だけの独断行動に、全ての大精霊が協力してくれている。その事実が信じられなくて。


「お行きなさい。異端者と罵られても果たそうとしたことを、ここでわたくし達に見せてください」


「……っ」


『オスク、行くぞ』


 ……なんで。どうして。

 そんな疑問を口に出さぬまま、僕はルヴェルザに腕を引かれてその場を後にした。

 今まで異端者などと罵られて、闇だからと遠ざけられていたというのに。どうして今になって協力を得られている。


『……お前が行動で示したことは、思いの外周りに伝わってたみたいだな』


 ルヴェルザの皮肉めいた言葉も素直に呑み込めなかった。

 ────分からない。どうして、僕に、僕らに、余計な信頼を預けて、頼って。こうして期待してくれていることさえも……僕には分からなかった。

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