オスク過去編・闇の中の異端者-後編 2/2(2)
「……クソがっ‼︎」
────そしてそれは今、成されてしまった。全ての発端となったでき事。災いの目を欺くため、双子の記憶を抜き取って安全な場所へと隠そうとしていることを。
もちろん、そんなのは建前だ。それを知っていた僕はなんとか食い止めようと手を尽くしたがギリギリで間に合わず、ルジェリアの記憶と肉体は呆気なく分離させられてしまうこととなった。僕らの元に残されていたものといえば、光の神殿に置かれていたらしい手紙と、ルジェリアのものであった一振りの剣のみ。
目の前には怒りを、もどかしさを、悔しさをも……全ての感情を地面に、拳としてぶつけているルヴェルザが一人。その背はルジェリアがいた時に比べて、随分小さくなってしまったような気がした。
「なんで、オレはっ……あいつの手を、」
……掴めなかった、と。言葉はそこまで続かなかった。
それは目の前で行われたらしい。僕はその場に居合わせなかったが、止めようとするルヴェルザの前で肉体から記憶が抜かれる光景を見せつけられたらしい。
さながら公開処刑のようだ。ルヴェルザが乱入することを見越してやったのだとしたら、悪趣味極まりない。こうしてルヴェルザの精神が揺らいでいる現状を含めても。
ルジェリアも、こうなることは何処かで分かっていたらしい。どうにか逆らおうにもそれはできぬまま……手紙という形でしか胸の内をルヴェルザに残してやれなかったようだが。
主人を失った剣は寂しくその刀身を鈍く輝かせる。煌びやかな金の装飾も、今ではただのオマケでしかなくて。
……だからと言って、僕がただ黙ってその光景を見届けた訳ではない。僕は闇だ、正しいことだとタカをくくっている奴の希望を真っ黒に染めてやる……その一心で、何が何でも歯向かおうと策を練りに練っていた。
「あのさあ」
「……なんだよ」
「ほらよっ」
僕はルヴェルザの脳天に拳を振り下ろす。────当然、それはゴチンと痛々しい音を響かせた。
「った……⁉︎ おい、何しやがんだ!」
「今のお前にはこれがいいっしょ? さっきから目障りなんだよ、そのうじうじした態度。らしくないったらありゃしない」
「テメェッ……こっちの気も知らないでっ……!」
「ふぅん、そんなに僕が間抜けだと思ってたわけ?」
「……は?」
僕の言葉の意図がわからないルヴェルザは怪訝そうに首を傾げる。僕はそんなルヴェルザにニヤッと笑って見せた。
「これ、なーんだ?」
「……っ!」
僕が差し出した『それ』に、ルヴェルザの目が驚愕に見開かれる。
僕がルヴェルザに向かって突き出したのは一人の妖精。薄桃色で、長い耳が垂れ下がった見た目兎に似た姿で。その瞳こそ閉じられて、覚醒を予感させないものの……ルヴェルザにはこの妖精が誰かなんてすぐにわかる筈だ。
「お前……これは、あいつの」
「まあ、肉体だけだけど。記憶は空っぽだし、今目覚めたとしてもお前のことなんてわかんないだろうさ。それでもないよりマシっしょ?」
そう……この妖精はルジェリアの『肉体』だ。
なんとか隙をついた僕は、ルジェリアの肉体だけをこちらで回収することはできたんだ。……おかげで奴に大分睨まれているけど。
でも、それを覚悟でやったことだ。奴にどう思われようが関係ない、僕は奴のことが気に入らないことには変わりないのだから。
ただ、『記憶』までは手が回らず、そのまま奴の手で夢の世界に閉じ込められてしまった。しかも結界が張られて直接手出しができないように。
だからこれからすべきことは────奴への制裁、ルジェリアの『記憶』の奪還だ。
「……なんでお前はそこまでするんだよ。かくまってもらっているとはいえ、ただの他人でしかないオレらに」
「さあ? まあ、強いて言うなら任されたことを途中で投げ出すのが嫌ってだけ。面倒だけど」
それに、と僕は続ける。
「お前に貸し作っておくのも悪くないし。ま、今までのをチャラにできるかってレベルまでは不安だけど」
「……そうかよ。だが、いいのか? そんなことすればここにはいられなくなるぞ?」
「今更っしょ。今だって相当目ぇ付けられてるってのに。ま、ティアを探しに行けなくなるのだけはちょっとな」
ここを離れれば、光の領域周辺でのティアの捜索はできなくなる。それだけはネックになるところだけど、それ以上に奴への不満が勝った。
僕は決めていた。奴に────『支配者』にどこまでも反発してやろうと。目の前で失った悲しみに打ちひしがれている『死』だって、それをきっとわかってくれるだろうから。
危険なことは承知で。なんなら奴の策をこの際利用してまでも。卑怯で結構、引っ掻き回してこその闇。たとえ他の誰にも理解されず、恨まれ、罵られ、嘲笑われようとも……それは決して揺らがない。
「それで……決めた以上、どうするつもりだ?」
「片方がこうなった以上、お前も記憶と身体が分離させられるのは避けられないと思う。お前の記憶と肉体を分離させる儀式の時……やれるとしたらそこだな」
次の儀式は見せしめにでもするつもりなのか、大精霊全員が集められて行われる。睨まれているとはいえ僕も参加対象。そこで僕が知る『ルヴェルザ』は身体を失うんだ。
その時だけは警戒がそこに集中して、周りには警戒が向かない筈。敵陣真っ只中だけど、仕掛けるのなら絶好の場所だ。
ルジェリアの『記憶』はさっきの通り、夢の世界に閉じ込められている。手出しができないように細工されているとはいえ、何重にも空間が並行して存在しているのがこの世界の在り方だ。
……絶対にどこか穴がある。そう睨んでいた。
「何度聞いても気に食わねえな。その後の空っぽになった身体をどうするつもりなんだか」
「差し詰め奴の操り人形にでもさせられたんじゃないの? 記憶がない状態じゃ、初めて見る相手のことを信じ込むだろうし。お前が奴と同じ思想を口にするなんて寒気しかしないけど」
「……同感だな」
そこまでいけばもうルヴェルザがルヴェルザでなくなる。僕が上手くやれていなかったらルジェリアもそうなっていただろう……その先を想像するだけで悪寒が走る。
「肉体の方も僕でなんとかしておく。ルジェリアの方はミラーアイランドだっけ、そこなら任せられるだろうし」
光の世界にある、ミラーアイランド王国。そこは他とは違い、争いにも一切加担しなかったのが選んだ一番の理由。好戦的な国には良く思われなかったらしいけど、その行動は後になって賞賛された。そこなら安全だし、何より信用も置ける。任せられるとしたらそこだろう。
ルヴェルザの肉体も上手く回収できたら、ミラーアイランドの裏側……シャドーラル王国で良さそうな場所を探しておかなくては。
「そうか。なら身体はお前に任せて……っ」
「ん、どうかした?」
その時、妖精となったルジェリアを覗き込むルヴェルザの表情が凍りついた。
鋭く、敵を睨むかのような眼差し。そんなルヴェルザの瞳に一瞬、背筋が冷たくなった気がした。
「なんだ……これ。元の魂に別の力がくっついてる……? まさか、この力……!」
「おい、どうしたってのさ?」
ルヴェルザが肉体を睨みつけ、戸惑っていることに気にならない方がおかしい。姿が変わっているとはいえど、姉には変わらない妖精に嫌悪を向けるなんて。
「いや、後で説明する。記憶を抜き取る以外に厄介なことしやがった」
「はあ……?」
その言葉の意味はこの場では分からなかった。どうして厄介なことなのかも、その場では理解できる要素が無くて。
そんなルヴェルザの眼差しに反し、ルジェリアは穏やかな表情で眠るばかり。その言葉も、敵意の眼差しの意味も、僕には分からなかった。
「予感通りにならなきゃいいがな……」
ルヴェルザはそんな言葉を残し、ルジェリアの肉体から目を逸らした。
……それが後になって、『狂気』という形で牙を剥くことは知る由もなく。




