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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 五線譜の軌跡
233/711

オスク過去編・闇の中の異端者-後編 2/2(1)

 

 ……結局、あれからティアが帰ってくることは無かった。

 いつまで経っても光の神殿はもぬけの殻。今はルジェリアがいるだけの場所に虚しく風が吹き抜けて。そんな様子がたまらなく悔しく……寂しさを誘った。

 いなくなったと聞かされたあの時はやるせなさにただただ叫んだが、今はルヴェルザもいたおかげで発狂するなんてことは無かった。ルヴェルザがいなかったら……僕は確実に壊れていただろう。


 それでもティアがいなくなってからというものの、まるで火が消えたように過ごしていく時間に静けさが増した気がした。

 いつも騒がしくとも明るかったあいつに、大精霊になってからもいいことばかりではなかった日々を過ごせていけたのはティアに何処か救われていたところがあったのかもしれないと実感した。……今更かもしれないが。

 統率者を失った光の精霊は僕を頼りだし、ティアの仕事まで任されて倍に忙しさを増したが、時間を見つけてはティアを探しに行った。


 ────いつか、ひょっこり帰ってくるんじゃないか。その一心で。


 だけど、現実は残酷なもの。いくら僕が出向こうとその面影は欠けらすら見せてくれない。それでも僕の足は止まらなかった。

 こうして月日が経ち、ティアがいないこの現状が当たり前になって。記憶から風化してしまうのが何より怖かったから……。





「……また行くのか?」


 ある日のこと。仕事を終えて空き時間が出来た僕は再びティアの捜索へ向かおうとしていた時、不意にルヴェルザから声をかけられた。


「別にいいっしょ。何をやろうが僕の勝手」


「文句なんざないけどな。ホント、お前ってくそ真面目だな」


「……悪い?」


 なんだか馬鹿にされたようで、僕は思わず声に怒気を含ませてしまった。それでもルヴェルザは特に気にしなかったようで、「別に」といつもの調子で返してきた。


「オレはそれでいいって言っただろ。大切なやつがいなくなったってのに、発狂せずにそう出来るのはお前の凄いところなんじゃねえの?」


「……珍しく褒めんじゃん。どういう風の吹きまわしなのさ」


「失礼だな。オレは率直な感想を述べたまでだぞ?」


 ルヴェルザはそう言ってフッと笑ってみせる。

 そんな間の抜けたことを言うものだから、僕は突っかかる気力も失せて言葉が引っ込む。


「オレは自信ねえよ。あいつがいなくなっても気をしっかり保って探しに行けるのは」


「ルジェリアが? また、あいつに限って……」


 ……いなくなるような奴じゃない。あんな明るく、馬鹿正直で、周りにおせっかいばかり焼くお人好しな奴が。寧ろ寂しがりやで、ティアがいなくなる前もしょっちゅうここに来ていたのに。

 だが、それでもルヴェルザは首を振る。


「ティアみたく、目に見えていなくなるってだけじゃねえよ。姿形が変わったり、それか形が変わらなくてもあいつがあいつでなくなるなら、オレはどうすんのかなって」


「またそんな馬鹿げたことを……」


「ない、とは言い切れないだろ。実際にお前が探し回っているのがそれだ。あいつの力は傷を癒すってだけじゃないからな。いつか傷をえぐるような真似すんじゃねえか、って怖いんだ」


 ルヴェルザは不意にそう言った。

 傷を癒すだけじゃない……それはルジェリアの『絶命』の力のことだろう。大精霊に宿る、世界のバランスをとるための裏の力。生命の奔流を断ち、そのものを無にしてしまう。

 確かに効力としてはえげつないものだけど、ルジェリアが実際に行使しているところなんて見たことがない。本人も、あまり使いたくはないと言っているし。


「どうだかな。そんなえげつない力だぞ、いつか独りでに動き出すんじゃないか……そんな予感がしてならない。あいつの意思とは関係なく、暴れるんじゃないかってな」


「……」


「ま、それはそれ、これはこれ。お前は思い当たる場所を片っ端から探してこいよ。こっちはオレとマフィ辺りでなんとかする」


「あっそ。だけどあんまり目立つなよ。見つかったら面倒押し付けられるのはこっちなんだ」


 ……そう言ったのは理由があった。早い話、ルヴェルザとルジェリアがある奴に狙われているんだ。

 ある奴というのは、あの『声』の主。……そいつが最近になって、ルヴェルザとルジェリアをとうとう自分の手元に置こうと画策しているのは僕も耳にしていた。今まではなんとか誤魔化してきていたが、それも限界がある。

 だけど、見つかったら絶対にロクなことにならない筈。そんな理由で他の大精霊にも頼んで、なんとかその場をしのいでいた。


「んなことは百も承知だ。どんな目に遭わされるがわからないのに、わざわざ飛び出していくやつがあるか」


「ふん。ま、精々影にでも隠れて縮こまってなよ。変なことされないようにな」


 ルヴェルザはそう言いながら僕を見送り、僕もティアとの思い出がある場所へと向かう。風に身を任せて飛び立つと、神殿はすっかり見えなくなった。


 ……が、ああは言ったけど、あの『声』のやつがルヴェルザとルジェリアを捕まえて何をしようとしているのかを、僕は知っていた。

 他の大精霊を頼る内に聞いた話。────それは『滅び』に対しての唯一の希望である2人を隠そうということ。『滅び』もまた、自身の脅威になる2人を手中に収めることでこちらの希望を断とうとしているのはとっくに知っていた。だからこそ、最近はルジェリアもこちらでかくまって、より警戒もしていた。


 隠す、だけでは至極真っ当な対抗策に聞こえるだろうけど……問題はその内容。記憶を抜き取り、姿まで変えて隠すというもので。それで記憶を抜き取った後は自分の管理下に置くというのだからふざけた話だ。絶対に自分に都合のいいように動かすため、良からぬことを吹き込むに決まっている。

 もちろん、大精霊間では猛反発。そんなことが許されるわけがないのだから。

 だけど声の暗示で手駒を増やそうとしている奴になんてそんな説得も無駄に等しく。奴はまともに取り合わず、強引にその計画を実行しようとしている。今はなんとかのらりくらりと言い訳してきたものの、それも難しくなっている。


「どうすっかな……」


 奴の手に2人が渡れば前に聞いた通りのことがこの世界で成されてしまう。そんなことはさせないためにも、2人を死守することはかくまっている僕には絶対の使命。

 ティアがいなくなったことでその責任も2倍だ。正直言って肩が重い。


「余計な信頼置きすぎ……って愚痴ってる場合じゃないし」


 おそらく時間はあまり残されていない。ルヴェルザがさっきルジェリアがいなくなるんじゃないか……そんなことを口にしたのもそれを何処かで勘付いていることからだろう。もうしばらくしない内に、奴は実行に移す筈。

 あらゆる手段で奴の目を欺き続けても、いつか終わりは来る。僕には様々な事態を想定して、対抗策を練ることしか出来ない。


 ……もしかしたら、ルヴェルザの言葉通りになってしまうのかもしれない。その時ルヴェルザは一体どうするのだろうと、そんな考えが浮かんでくる。

 あいつは壊れることはないだろう……何の根拠もないけど、僕はそう確信していた。壊れるとしたらそれは、


「……いや、やめとくか」


 まだ何も起こってないのにあれこれ模索するのは野暮だ。今はただ、目の前にある問題に集中だ。

 そして、それがもし起こってしまったとしたら。僕が成すべきことは────

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