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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 五線譜の軌跡
231/711

オスク過去編・闇の中の異端者-後編 1/2(1)

 

 死の大精霊────ルヴェルザが僕の家で居候するようになってからもう100年近くの歳月が経った。

 多少のいざこざはあったものの、日が経過する内に僕はルヴェルザを受け入れていた。というのも……そこらの部下に比べれば僕の仕事の手伝いは普通にこなしてくれるし、だらけきった部下を叱りに行ったり、僕と渡り合えるくらいに実力があることはもう認めていて……と、なんだかんだで僕はルヴェルザを追い出しはしなかった。

 というより、追い出す理由も見つからなかった。初日は突っかかってきたり、今もたまに憎まれ口を叩くものの、実力と力量は確かで僕の力にもなってくれている。それに何処か通じるものも感じていて、意見が合うことも多かった。


 こんな異端者なんて呼ばれる、闇とは外れた存在という僕に理解者が出来たような気がしていて。いつの間にか、僕の隣にはいつもルヴェルザがいた。

 最初はいがみ合っていたと言うのに。ティアとマフィ以外で『異端者』という不名誉な称号を良いと言ってくれた初めての奴だったから。喧嘩することもあったが、たまに訪ねてくるルジェリアの仲介によってなんとか友好的な関係になれた。死の大精霊という身分を隠し、僕の影に隠れながらも確かに僕の助けになってくれていた。


 意見が合うと確信したのは────とある話を耳にしてからだ。

 とある日、ルヴェルザを連れて仕事のために出向いた地で僕はそのを耳にした。


『────を退け、正しい道を……』


「ん?」


 何故だか真っ直ぐ耳に入ってきたその声に僕は振り向く。

 その声が聞こえてきた前には多くの精霊達がごった返し、その声の主である何者かを囲んでいる。極め付けは……そいつらの表情ときたら。惚けて、すがるかのようにうっとりとため息を漏らしている。目はとろんとして焦点が定まらず、何者かを見ていることは確かでも、それ以外は何も見えはしないようで。

 まるで何かに魅入られているようだと……感じる。そして同時にそいつらに対して────気持ち悪いとも。僕自身、下級精霊に面倒だとは思ってもこんな感情を抱くのは初めてだった。


「ああ……素敵ですわ……」


「あのお方こそ、この世界を救う救世主だ……!」


 なんなんだか。随分と褒めちぎっているけど。

 あまり近づきたくない。気にはなるけどそんな気持ちがあって、僕は遠目でそいつらの視線の先を見据える。そこから再び、女らしき声が響いてきた。


『災いに怯えることはありません。我々が皆の道を示す先導者となりましょう。あらゆる悪を消し去り、正しい者のみの世界を』


 声は聞こえるが……おそらく、この場にはいない。精霊達はそれに気づいていないようだが。

 その声は誰にも向けるものではないというのに、周りの精霊達は自分のみに向けられていると錯覚している。その一字一句を飲み、甘い空想に酔いしれて。こうなってしまえば最早現実と幻の区別がついてないなと、僕はそいつらを鼻で笑った。


 ただ、そいつの声に耳を傾けているとなんだか頭がくらくらしてくる。どうやらその声に魔力が込められているらしく、精霊達はそれに翻弄されているのだろう。

 ぼんやりとしてきた頭を振り、自身の魔力で相殺しようとしたその時……僕の後ろから指が突き立てられた。


「……っ! ルヴェルザか」


「気になるんだろ。あの声に含まれてる魔力は消しておいた」


「あっそ。理解が早くて助かる」


 ルヴェルザの持つ『死』の力────それは生ける者に死を与えるというばかりではない。魂に直接干渉して、害を及ぼすものであれば危険を感じるように促し、排除することを手助けする。

 他にも魂に『死』を予感させて潜在能力を限界まで引き出すことも可能らしい。……まあ、それはあくまで最終手段。無理やり限界まで力を引き出すが故に、後からそれ相応の反動が襲い掛かるようだけど。


 ルヴェルザは前者の力を使い、あの声の暗示を消し去ったのだろう。おかげでぼんやりしていた頭が冴えてきた。

 僕の魔力だけじゃ暗示を完全には取り除けない。ルヴェルザがいて助かった。


「ああやって手駒を増やしているんだよ。大精霊か、それ近いレベルでもないと、すぐ暗示にかかっちまう」


「お前、あの『声』の奴、知ってるのか?」


「顔を合わせたことはないがな。だが、オレらの立場のおかげで大分前から付け狙われてる」


 ルヴェルザとルジェリアの立場。それは命と死の力だけではない、2人には王笏の力を行使して迫り来る『滅び』に立ち向かうという使命が待っている。

 目的は分からないし知りたいとも思わないが、そうやって2人の力に擦り寄り、利用しようとする輩が少なからずいるのは僕のところで匿っていることから証明済みだ。あの声もその一人なのだろうが……なんだか嫌な予感が拭えない。

 利用した先に恐ろしい考えが隠されているのではないか……そんな予感が。


「目的が知りたきゃしばらく聞いていれば分かるだろうよ。丁度その類の話をしているところだからラッキーだったな」


「まーた心を読んだな……。なんでそんな言い切れるのさ」


「オレとお前が似た者同士ってのはお互い理解しているだろ? 話を聞いてれば、あいつの本心も分かるだろって思っているからだ」


「……ふん」


 ……似ていることはもう、認めていた。

 最初こそ認めたくはなかったが、今はそれでもいいと言える。ルヴェルザがこの話で目的を理解出来たのなら、僕も出来る筈と言っているのだろう。


 嫌な予感はいつまで経っても消えはしない。こうして精霊達を暗示にかけてまで自分の支配下に置くことも含めて、声の主がやろうとしていることに不快さしか感じない。

 こいつが考えていることを知らなければきっとロクなことにならない……僕は意識をしっかり保ちながら、声に耳を澄ませた。


『災いは争いと諍いの象徴。あらゆる悪を根本から絶ちましょう。未来のため争いを続ける者達を始末、正しい精霊と妖精だけの世界をもたらすのです。貧困にあえぐことなく、常に笑顔でいられる世界も目指して』


 ……声はさらに続ける。


『我々の手で世界の在り方を管理し、完成させる。醜い争いを無くし、全ての悪を排除しましょう。我々の手で完璧パーフェクトな世が訪れる。これからの千年が真に幸福な世界となるのです』


 途端に。周りから「いいぞ!」だとか、「素晴らしい」と賞賛する声が広がる。焦点の合わない目を輝かせて狂ったように手を打ち鳴らすその光景は異様で気持ち悪いことこの上ない。


 ……誰も、真実に気づいちゃいない。

 たった一人の指導者が、思想がちょっとでも違う者を悪だと切り捨て、排除する。そんなの仮初めでの平和でしかない。理想から外れれば即排除、そんなことで得られるものなんて貼り付けた笑顔のみ。裏で画策し、汚れ仕事で世界を支えている者もいるというのに……『声』はそれら全てを亡き者にしようとしている。

 何処が完璧だ、何が真の平和だ。押し付けがましい理想で世界を縛ろうなんて、気持ち悪いったらありゃしない。そんな世界なんて……今、目の前にある光景で塗りつぶされることになるだろう。


 しかも、一番の問題はそこじゃない。

 あの『声』が言う千年は、『次の千年』だ。つまりはその理想の世界を作るには今あるこの世界は不要。望む世界のために今あるこの世界を滅ぼす。それじゃあ、まるで────


「……そろそろ離れるぞ。長居は危険だ」


「……っ!」


 考えを巡らせている時、不意にルヴェルザから肩を掴まれる。

 それまで思考の中に浸っていた僕は急に現実に引き戻され、ビクッと身体が震えた。


「留まりすぎるとヤツに勘づかれる。まだ周りの奴らに注意が向いてる隙に逃げた方がいい」


「だとしても聞かなくていいのか? アイツの計画はまるで……!」


「落ち着けよ。ヤツはまだ何もしていない。今ここで取っ捕まえようにもオレらは単なる言いがかり。それに周りも」


 ルヴェルザは『声』に群がる精霊達を見渡す。

 相変わらずの虚ろな瞳で、狂ったように手を叩きあわせている。今ここで声を上げてもこいつらはまともに取り合わないし、何よりあの『声』で惑わされて、魅入られてしまっている。


「数で押されてこっちが取っ捕まるだろうよ。最悪、記憶を消されて証拠隠滅されるのがオチだ」


「くそ……」


 ……何も出来ないのがもどかしい。ヤツのやろうとしていることは今の世界を葬り去ること。感情を、意識を、命すらも弄ばれているというのに、周りの奴らは疑心も抱かせないように仕向けられて。

 こんなヤツのためにこいつらは誘われるままに命まで差し出す……それが気に入らないと言わずしてなんと言える。


「とりあえず、さっさとずらかるぞ。今は何も出来ないが、機会は必ずあるだろうよ。それまで自分がどうしたいかを考えるべきだ」


「ハイハイ、分かりましたよ〜っと」


 平然を装い、来た道を引き返す。

 今はまだ何も出来ない。それでも……いつかは抗議の声を上げられるのかもしれない。

 ……いや、上げなくちゃいけないか。ヤツがやろうとしていることはきっと『滅び』よりも残酷で、気色悪い世界だ。


「きっとボロ出す時が来るさ。その時までやることをやっていけばいい」


「……ああ」


 その時が来ればいいのだが。

 今は気づかれぬように息を潜め、足音を忍ばせ、気配を殺してその場を離れる。未だ群がる狂喜の渦を見据え、顔をしかめながらその場を後にした。


 だけどもう、その時から僕の時計の針は狂わされていたんだ……。

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