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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 五線譜の軌跡
229/711

オスク過去編・闇の中の異端者-中編(1)

後編の予定でしたが、文字数の関係で急遽中編に変更しました。

今回はある人物との出会いです。本編での繋がりを感じてくれれば嬉しいです(^^)

 

 ただ一人、僕の足音とその間を抜ける風の音が虚しく響く。

 ティアに言われるままに死の大精霊がいる場所へと向かってはいるものの……正直、足取りが重い。別にそいつに会いたくないとかじゃなくて、どうして任されるのが僕なのだという疑問から来るもので。


「だから、なんで僕なんだよ……」


 部下には異端者と罵られる身が、大精霊間だと何故か頼れる者にひっくり返る。部下と同業者との扱いがこうも正反対だと、流石に疲れるだけでは済まないというものだ。

 頼られることに悪い気はしないが、何かと相談をされたり、変な奴らに好かれたり、仕事を任されたりなど面倒事が回ってくる。若くして大精霊になった天才だと、周りは過大評価をしすぎなんだ。


 しかも、死の大精霊に会うために指定された場所は闇の精霊の祭壇。……つまりは僕の持ち場で、家でもある場所だ。

 面会の場所にわざわざこちらの縄張りを指定するなんて……明らかに怪しい。


「絶対罠じゃん。面倒臭いな……」


 どうせ、妙なことを吹っかけられるに違いない。予想がつくことだけに、余計に足取りも重くなる。

 僕が指名されたこと、他の大精霊が手を焼くこと、何故だか面倒事ばかり回ってくることにため息が止まらない。歩き始めて何度息を吐き出したことか。


「勘弁してよ……」


 愚痴を聞いてくれる相手すらいない。仕方なく僕はトボトボと持ち場に戻った。





 やがて、とうとう目的地に着いてしまった。

 回り道をしようかとは考えたが、面倒臭いとは思っていても任されたことを投げ出すのはどうも引け目を感じてしまい、僕の足は止まらなかった。

 まあ、着いてしまったのは仕方ない。ここはとっとと用事を済ませてしまおう。


 指定された場所は僕の神殿の祭壇だ。道中には捕まえた部下の訓練場もあるし、見張りがてらに覗いて行ってもいいかもしれない。

 見慣れた道を、いつものように歩いていく……というのに、雰囲気が違うように思えるのは僕の重い心のせいだろうか。なんにしてもいい予感はしなかった。


「……ん?」


 その時、前方から何やら影が見えた。

 その数三つ。何故だか慌てたように走っていて、まるで何かに逃げているかのように時々後ろを振り返りながら。


 あいつら……前に訓練場に送り込んだ奴らだ。まーた逃げ出したか。

 退路を断つようにそいつらの進行方向で仁王立ちする。それを見てそいつらは慌てて方向転換をしようとする……ように思えたが、なんでだか僕の元へ真っ直ぐ向かってくる。


「お、オスク様ーーーっ‼︎」


「助けてくださいーーーっ‼︎」


「……は? うわっ⁉︎」


 理解するよりも早く、そいつらが僕にすり寄ってくる。その態度にも戸惑ったが、異様なのはそいつらの状態。

 あちこち傷だらけ。擦りむいた跡が数え切れない程にあり、痛々しい切り傷が刻まれている。着ている法衣は所々破れているし、どう考えてもズタボロだ。

 訓練場に送ったとはいえ、ここまで無理はさせていない。それに僕にすり寄ってきたとなると……何かこいつらに手に負えないトラブルがあったのだろう。


「お、オスク様……お願いしたいことが」


「ハイハイ、どうせ困ったことがあったからなんとかしてってことっしょ? いつもは異端者だって罵る奴が随分白々しいじゃん」


「い、今まですみませんでしたっ! でも今はそれどころじゃなくて……訓練も頑張りますから、助けてください!」


 今まで散々ボロクソ言ってた癖に、困ったら泣きついてくる。ホント、情けないにも程がある。

 それでも僕はこいつらの上に立つ大精霊だ。こんなに部下をコテンパンにされて黙っていろというのは僕の恥。面倒臭いことこの上ないけど、見過ごすわけにはいかなかった。


「ま、いいや。見るだけならしてやる、案内してよ」


「は、はい」


 ボロボロ三人組に連れられて、僕は歩いていく。

 祭壇に続く道を逸れて、目的地とは反対方向に。こいつらをここまでコテンパンにした奴の所へと……。


「こ、ここです!」


 連れてこられた先、そこには『痕』があった。

 地面が引き裂かれ、焼け焦げた草と、倒れ伏した数人の精霊。できたばかりであろう、戦いの痕が生々しく刻まれる。

 部下達は僕の姿を目にした途端、救われたように表情を輝かせる。全く、普段が普段だけに気持ち悪いくらいだけども。今はそんな場合ではなかった。

 この『痕』をつけた張本人であろう……ただ一人だけ今この場でピンピンしている精霊が一人、中央にいたから。


「よお。あんたが闇の大精霊か?」


 挑発的な声。悪魔の翼を模ったような鎌を引っさげて、僕の持ち場を悠々と歩く。そいつは長い艶やかな腰までの黒髪を風に踊らせ、同じく黒いドレス形状の法衣に身を包む。

 そしてそいつの顔は……セリフとその態度には相反してまだ幼さが残り、身体も華奢だった。そいつは深い蒼の瞳に不敵な光を宿らせ、こちらの様子を伺っている。


 ……まさか、女だとはな。

 僕はそのことに意表を突かれ、そんな気持ちを誤魔化すためにくしゃっと顔をしかめた。

 相手が何者かはわからない。態度だけでも動揺を悟られないようにしなければ、と僕はいつもの調子を保って声をあげた。


「勝手にひとんちに上がり込んだ挙句、荒らしておいて何様さ。名乗る義理なんか無いんだけど」


「別に荒らすつもりは無かったけどな。ここに用事があるだけだってのに、そいつらに喧嘩を吹っかけられただけだが?」


 それを聞いて僕は僕の背後に隠れる部下達をギロリと睨みつける。その途端、部下は気まずそうに顔を逸らして縮こまった。

 ……この反応から察するに、あいつの言うことが正しいな。僕はこいつらの仕返しの道具にされそうになっていたってことか。心配して損した。


 だけど、気になることはもう一つ。……あいつの魔力だ。

 闇の魔力かと思ったが……違う。何かもっと別の、感じたことのない得体の知れない魔力があいつの身体に纏わり付いている。見ただけで震えるような、触れただけで恐怖するような……そんな魔力が渦巻いている。

 ここに用事があること、僕の記憶にない顔、感じたことのない魔力。この女……もしかしたら。


「どうかしたか? 闇の大精霊様よ」


「……僕はまだ大精霊だって言ってないけど」


「とぼけても無駄だ。そいつらの態度とか、その魔力だって周りとは魔力だって明らかに違うし。それに、」


 ……と、何故かその女は言葉を途切らせる。


「なんだよ?」


「いや、別に言わなくてもいいと思ってな」


 なんだか癪に触る。小馬鹿にされたようで、どうにも腹の虫が収まらない。

 態度、言動、振る舞い……それらを持ってして、何やらいけすかない。言葉で取り繕い、肝心なところは話そうとせず。……まるで自分みたいだと思う。この感情は典型的な同族嫌悪なのか。


「だいたい、なんの用事で来たのさ。理由によっては容赦しないけど」


「おー、怖い怖い。別に闇の大精霊様、すなわちアンタに会いに来ただけだが。下からも散々異端者なんて言われているのにそいつらを取り仕切ってる者がどんな奴か知りたくてな」


 そう言ってその女は鎌の切っ先を僕に向ける。瞳に宿す光はギラリと鋭いもので、それが意味する感情なんて確かめるまでもなく……女は殺気を僕に向けた。

 ……やる気か。僕の予想が正しければ、ここに来させられたのもそれが目的なのだろう。


「ふーん、やるんなら僕も手加減しないけど」


「本気じゃなきゃ満足しないだろうが。少なくともオレはあんたの部下程度ならすぐにコテンパンに出来るのは証明済みだろ?」


 随分言ってくれるじゃん。相当に自信があるな。

 でもそれは虚言じゃない。さっきの部下の態度を見ればあいつの実力が相当なものだということはすぐにわかる。ここで負ければ部下にも示しがつかないし、嫌でも本気を出さなければならない。


 面倒なことこの上ないけど……このまま好き放題させるものかという気持ちから、僕は愛用の大剣を構えて戦う意思を示した。

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