オスク過去編・闇の中の異端者-序章 ★
オスク視点での、オスク過去編です。序章での時間軸としては6章・64話辺りです。
話の流れを掴めないかもしれないので、7章を読み切ってからの拝読をおすすめします。
……昼が閉じた、宵闇の中で身体を起こす。
頭の中に直接語りかけてくるような声。微睡みの中でつい先程までの記憶は曖昧なものの、それは誰の声なのかは瞬時に理解した。
寝ていた時に送られてきた念。『あいつ』が発する救難信号のようなもの。……ここ最近になって増えて、最早対応もなれたものだ。
「また、か」
カグヤが用意したフトンとやらを抜け出し僕……オスクは立ち上がる。
寝静まった他の奴らを起こさないように息を潜め、床に置いてある服に手を伸ばす。
闇を操る者ということもあり、暗闇でも昼同然に周囲を見通せるものの、気配を忍ばせることに関しては専門外だ。『あいつ』に頼まれたことを果たすためにも、特に隣で眠りこけているルーザを起こさないようにしなければ。
「はいはい、ちょっと失礼……っと」
いつものローブに腕を通して、眠っているルーザに手をかざす。
ルーザは今、正確にはその精神が夢の世界に行っている筈だ。僕が任されたことは夢の世界でこいつにもしものことがあれば援助する、ということ。最も、余程のことがなければ手出しするつもりはないし、何よりルーザはちょっかいを出されることを嫌うだろう。僕はあくまでくたばったりしないための見張り役だ。
そして、僕が今使っているのはルーザの魔力と、僕の魔力を繋いでその光景を覗き見るという術。他人の意識下に潜り込むということと、本人には気づかれないようにと注文付きで余計に面倒であまり気分も良くない魔法だ。
「……ふーん、大分引っ掻き回されてるな」
その術で流れ込んできた光景は……夢の世界に生息する『悪夢』とかいう黒いモヤの塊が『滅び』の力に呑まれてルーザと……命の大精霊の記憶に襲いかかっているというものだった。
数に押されてはいるが……僕が手出しするべき時ではない。ひとまず様子見だ。
しばらくその術でルーザ達の動向を見届け、手出しする必要がないと確信した後に術を解除する。……これで今日の僕に任された役目は終わりだ。
流石にルーザが『悪夢』に飛びつかれた時は少々焦ったものだけど……あの『悪夢』は別に異常もない、普通の個体だった。少しは心配にもなったが『滅び』の影響を受けていないのなら大丈夫だろう。
「はーあ、肩凝ったな〜」
術を行使したのと、昼のカグヤとやり合ったこともあって気疲れも来ている。肩をほぐすためにぶるんと腕を回すと骨がパキパキと音を立てた。
身体も随分熱が篭って少々暑いくらいだ。誰かさんの頼みのせいですっかり目も冴えてしまい、しばらく寝付けそうにない。
「……辺りをふらついてみるかな」
どうせ、明日でシノノメを離れることになるんだ。帰りのあの海賊妖精のとこの船で眠れば何の問題もないだろう。
そうこじつけて僕はルーザから離れる。周りにいる妖に騒ぎ立てられないよう、目立たないという意味でも借りてきたハカマとやらを着込むことに。
早着替えの術で服装を変え、同様に借りたゾウリとやらを突っかける。足音も潜めるために宙に浮きながら、僕は夜の御殿を飛び出した。
……深夜の竹やぶはより暗さを増して、元々高かった竹をさらに高く錯覚させ、僕の周囲に暗闇の障壁を形成していた。
だけど、闇の大精霊である僕には何の障害にもならない。暗闇を見通し、特に足元をすくわれることもなく、竹やぶの奥へ奥へと進んでいった。
夜風が竹の葉を、僕の頰を撫でて吹き抜けていく。その風と、僕が踏みしめた地面がカサカサと音を立てて、その音だけが竹やぶに大きく響く。その音が、ここには僕しかいないことを物語る。
妖の一匹くらいいると思ったのに。これじゃ、暇つぶしにもならないじゃん。
昼間の化け狐みたく血気盛んな奴でもいれば面白そうだとも思ったが。それでも余計に騒ぎを起こさずに済むことにもなるし、これはこれでいいのかもしれない。
……僕は力をひけらかしたりはしないと昔から決めていた。
大精霊は大きな力こそ所有してこそ、それを見せびらかすのは相応しくないと考えていた。大きな力を持っていればそれを自慢しようともするだろうけど、それは周りに嫌悪感を抱かせ、自分の立場すら危うくさせると思ったから。闇の精霊だと、それがより顕著に出る。
周りを抑え、従わせ、導くには……強大な力をつけて、尊大でなければならないと。僕の柄ではなくともそうであろうと努力して。
その全ては、闇と光の精霊間での確執を無くすためという目標のため。僕が目指すものに、一体どれだけ時を費やしただろう。今でも完全には無くなっていないというのに。
「こんなんだからくそ真面目とか言われるんだよなぁ……」
闇の精霊では仕事をきっちりこなすということが珍しいらしく、闇の精霊でも光の精霊でも奇異な目で見られていた。
目標のために、と大精霊の役目を受け継ぐために努力していたが、年が経つにつれてあっさり大精霊の座は受け渡され、面倒ごとも全て僕に流されてきた。
僕に責任と仕事を押し付ける意味でもあったのだろう、馬鹿にされているようで腹が立ったために必死こいて数日で片付けてやったら、ようやく黙って正式に認められたわけだけども。
僕は自分の役目を果たすだけ……それで仕事もきっちりこなしていった。それが当然だと思ったから。
それなのに周りはずぼらで、すっぽかすことも多くて、頭を抱えることが何度あったことか。数えだしたらキリがない。
だから僕は……僕だけは。統率者として仕事を果たすという姿勢を示すために。そうであろうといつも心の何処かに決めていた。……その行動を見てか知らないが、やたら僕に相談事をしてくる奴も増えたけど。『あいつ』も、その一人だった。
「ふう……」
過去の思い出にふけっている内に、竹やぶの奥に隠されていた池に辿り着いた。
暗闇の中に閉ざされた池は月明かりのみを反射し、滑らかに揺らめきながら銀色に輝く。池のへりには形がちぐはぐな赤い花が咲き乱れ、それ以外に飾りがないこの地を彩る。周りには小さな妖らしい、小さな光の球が浮遊し、カグヤ辺りが設置したであろうランプが宙に浮いていた。
「……こんなに小さいと会話も出来ないな」
僕の周りに浮遊する妖を鼻で笑う。
あの化け狐のような一般的な妖とも違って生き物らしいものではなく、形を取り損ねた霊魂のように思える。形が取れないということはそれだけ力も弱いということで……何処に行き着くわけでもなく、ただ辺りをふよふよと舞っているのみ。
……『あいつ』なら、こんな奴らでも会話が出来るのかな、なんて呑気に考えた。
「……ここにいらっしゃいましたか」
不意に、背後から声がかけられた。
気配で振り向かずともその声の主が誰かはわかる。僕は特に素ぶりもしないまま、そいつに返事を返す。
「なんか用、カグヤ? 悪いことした覚えはないけど」
「御殿から出ていくのが見えたので。夜明かしはお身体に毒ですよ」
その声は……カグヤは、あくまで僕を気遣うような言葉を紡ぐ。様子からして、御殿から抜け出した僕を追ってきたようだ。
「別にいいっしょ。夜更かししようが僕の勝手。あんたこそ徹夜なんかしたら荒れるんじゃない? 玉の肌なんて言われてるそれにさ」
「お気遣い感謝します。ですが、心配には及びませんよ。私も外に出て、あの月を眺めたかったので」
その言葉につられて、僕も空を見上げる。
そこには何処も欠けることのない、金色の月が浮かんでいた。池があることで遮る竹もなく、目の前に浮かぶそれは辺りをその光で景色を彩る。カグヤがいることでその光も強まり、池をぼんやりと幻想的に照らし出す。
「憎たらしい程丸いよな。僕とは大違い」
「そんなことはありません。月も、表面は傷だらけです。数多の誘いを断り、わたくしは誰の手を掴むことも拒んで……こんな目につかぬ奥地にしか居場所がない」
僕の後ろで、カグヤは自虐的な言葉を連ねていく。
それが何百……否、何千という歳月を重ねても尚、カグヤが償いきれないという罪なのか。……僕には知ったことじゃないけど。
それに、それを言ったら僕だってカグヤと変わらない。奴に、『支配者』に一矢報いろうと手引きし、睨まれ、逃げ込んで。僕も居場所を追われていた。
「貴方はそれでも突き進むというのですか? 居場所が無くなっても、復讐に時を費やすのですか?」
「復讐とかやめてくれる? 奴があの行動に踏み切るまで僕はなーんにもしてなかったわけじゃん。僕はあいつに制裁加えようってだけ」
「……そうですね」
奴が全て、発端だった。
あの二人を、『命』と『死』を見つからないような場所に隠しておけば良かっただけなのに。記憶まで奪って、肉体を別々の世界に安置するなんて。強引すぎるのにも程がある。挙句、記憶が戻らなかったら仕方のない犠牲だとかほざくのだから……僕は奴に歯向かうと決めた────『あいつ』と共に。
別に元いた場所を追い出されるのも覚悟の上だったことだ。奴がいる場所で過ごすなんて二度と御免だ。
「わたくし達は貴方がこの世界のために行動なさっていることを理解しています。ですから、少しは頼ってもよろしいのではないですか? 声を挙げ、協力者を募っても」
「……やなこった。僕は何色にも染まらない。部外者どもにも手出しさせない」
始めからそうと決めていた。誰の協力も得ることなく、理解もされず、疎まれ、罵られようとも……くそ真面目であろうとした。
闇の精霊らしくないと言われようが関係ない。ただそれだけの理由で、とある称号を付けられるに至った。
「何せ僕は────『異端者』だからな」
僕が大精霊という看板の他に与えられた二つ名。
それを聞けば九割型が不名誉だと思うだろう。だが一部だけ、ほんの一握りだけ……そうではないと首を振ってくれた。
その二つ名がついた時には僕はどうしていたか。
思い出を巡らせ、過去に浸る。そうして僕の記憶はその時に引き戻されていく。
あれは、大精霊の役目を請け負って百年が経った頃に────




