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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
222/711

第80話 そこにある絆(1)

 

 ……オレ、ルーザはベッドで眠るルージュから握っていた手を放す。


「これ、は」


 今までその手を通して流れ込んできた記憶の渦にオレはどう反応すればいいのかわからず、言葉にならない言葉を漏らす。

 相手の魂に刻み込まれた記憶を断片的に見ることが出来る────死の大精霊の力の一つ。レシスから教えられた魔法だ。術が術だけに本来ならば相手の承諾を得ることが前提なのだが……今回は止むを得ないということで急遽習ったものだった。


 その読み取った記憶は……箱入りの少女が外の世界に憧れ、いつか出ることを夢見て、だがその夢は嘘だとわかり、酷な現実を突きつけられて壊れていく……そんな記憶だった。

 そこにいたのは高貴なお姫様でもなく、狂気に満ちた悪魔でもなく────寂しがりやな、ひとりぼっちの少女だった。


 何処までも純粋で、澄みきる程無垢な、それでいて儚く壊れやすい……そんな少女に世間は甘いと罵るのだろうか。

 誰でも夢は見る。子供の頃にあんな風になりたい、こんな仕事をしたい……という夢を見て、憧れを抱いて背伸びしようとするのに、叶う筈がないと大人は否定して夢を切り落とすのだろうか。


「腐ってやがる……」


 それを、その様を全て体験した記憶だった。

 叶わぬ夢と諦めて、それを少女に押し付けた社会の愚行。形は違えど、この記憶はそれを物語るようなものだった。


 誰もが夢見て、それを目指して、必死に足掻いて生きていく。

 それを美徳とするなら……何処に美しさがあった? 何処に綺麗と言える部分があった?

 あの時、『目』が怖いと言った理由も今ならはっきりとわかる。この少女が見てきた世界は、夢を諦め、少しでも力をつければそれに溺れて、相手を傷つけるような道具にしていく様だった。それを仕方のない犠牲だと捉えて止めようともせず。傷つく様を、同情しても自分はそうなるまいと平気な顔をして眺め、自分は悪者にならないように見せかけて。

 一体何処で踏み外したのか。誰もが最初は純粋なのに。それを次から次へと繰り返して、止まることを知らず。終わりのない壊れた夢は、何処で足を止めるのか。


 ────本当に狂っているのはルージュじゃない。

 狂わせるきっかけを作った、夢を壊した……ルージュが見てきた世界そのものだったのかもしれない。





「う、うう、ん……」


「……っ」


 眠っていた少女の口から吐息と少々の呻き声が漏れる。

 少し身体を震わせる、目覚めへの予備動作。それがピタリと止まると同時に……少々は目覚めた。


「ルー、ザ……? 私、は……」


「起きたかよ、ルージュ」


 おはよう、なんて言える状況ではなかった。

 昨日までのことと、さっきの記憶。色々こじれながらようやく迎えられた朝も、決して気持ちの良いものと言えたものではなかったために。

 オレも、オレ自身もどんな表情をするべきかわからずに。なのにどうして、目の前にいる実姉はそれでも悲しそうに顔を歪めるのか。


「あ、はは……」


 ルージュの口から笑いが漏れる。

 それは昨日響かせた、狂って何もかも投げ捨てたものから来るものじゃない。理性を保ったまま、ルージュは窓の外に広がる光景を嗤った。


「そっか、やったんだ、これ全部……私が」


 なのに、何処か狂気を感じるのは何故なのか。

 窓の外に広がる……木々は倒れ、花は潰れ、地面はえぐられて、草は灰と化した光景を、ルージュは狂ったように、自虐的に嗤っているからか。


 どうして、ルージュはこれを自身がやったことだとわかったのか。

 あの時……オレがルージュを抱きしめた時。その時に一瞬ルージュの意識が戻ったにしても、この理解力は早すぎる。

 ルージュは一体、何処まで何を知っている。


「なあ、ルージュ」


「……来ないで」


 ……っ。

 オレがルージュに駆け寄ろうとした瞬間、それは止められた。

 初めて、拒絶された。オレとは違って何処までも優しいルージュに。疑うことも知らないような、純粋なルージュに。


「もう……何を信じればいいのかわからない。裏切られるんじゃないかって思うと……身体も動かない」


 ルージュは頭を抱え、耳を塞ぎ、目を瞑る。

 もはや外の何もかもをルージュは拒絶していた。

 夢見ていたことを壊されたら。希望を抱いていたものを絶望に塗り替えられたら。……それは、何も知らなかった、何も傷ついていなかった、無垢な心には酷なことだったのかもしれない。

 オレが知る『ルージュ』としての意識は表に出ているが、ルージュはまだ身体を震わせたままだった。


「ルーザが、悪いわけじゃないのに。もう……わからなくなっちゃった。教えられたこと、全て否定されるから……」


「……」


「本にあったことは全部嘘だった。綴られたこと、みんな外になかった。ねえ……クリスタだって、色んな話をしてくれたのに……外は全然違った」


 毛布に顔を埋めたまま、ルージュはぽつりぽつりと漏らす。

 何も知らなかったから、何処も傷ついていなかったから……余計にルージュは深く傷ついたのかもしれない。無知な故に期待が膨らんで、いざ見てみればその落差も大きくて。


「なんか、ね……頭の中で声が響いてる。中庭を壊したのが私だって、それでわかった。もっと壊せ、って言ってる」


「……ッ!」


 それを聞いてオレは椅子から飛び上がる。その声の主なんて、考えるまでもなくわかることだ。


 あいつ……まだ諦めてなかったのか!

 ルージュの中に眠る、もう一つの裏の人格。今は表の人格……オレが知る『ルージュ』の人格が出てきているが、まだ機会を伺ってそそのかそうとしているとは。

 顔を埋めているせいでルージュの表情が読み取れない。それでも……また良からぬものに呑まれかけようとしていた。

 ここで説得して、完全に切り離さなければルージュはまた狂気に呑まれてしまう。意識は引き戻せたが、まだルージュの精神が揺らいで安定しないんだ。


「ルーザは……悪くないから。なら、誰のせい? 誰が嘘つき?」


 その証拠にルージュがさっきから紡ぐ言葉も途切れ途切れで、曖昧なものだ。

 ルージュの意識が安定していない。放っておけばまた暴れ始める。


 ────オレがすべきことは何か。

 ────ルージュに言うべきことは何か。

 ────オレが『死』をもたらすべきものは何か。


 ここにはオレしかいない。その選択肢をどう選ぶかは全てオレに委ねられている。

 オレはルージュをどう説得するべきか。

 夢に囚われて、まだ目覚め切ってないやつを覚ますのなら────


「おい、ルージュ」


「……うん?」


 オレが呼ぶとルージュは埋めていた顔を上げる。

 泣きはらしたルージュの顔が露わになる。そして、オレはその頰目掛けて開いた手を思い切り振って……

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