第8話 星の降りし夜(2)
パフェを食べ終わって部屋を出ると、夕日が沈みそうになっていて、空を鮮やかオレンジ色に染めていた。辺りもだんだんと暗くなってきていて……カフェの周りに設置されている街灯もポツポツと灯り始めていた。
星祭りだからと、イアとエメラも事前に両親から外出の許可をもらっていたらしい。せっかくの機会だからみんなで街に出てみることにした。
そして4人で王都前の広場に来てみると、昼間までは無かった沢山の屋台やテントが並べられている。イベントらしく、多くの妖精と精霊が行き交って賑やかで明るい雰囲気だ。
「まず始めに星の粉を買わなくちゃ」
「そうか、それを流すんだよね」
このイベントが初めての私とルーザは、当然ながら何をどうすればいいのか全くわからない。説明するよりも行動した方が早いということで、とりあえず私達2人はイアとエメラに先導してもらうことに。
まず最初に、この祭りでは必須らしい星の粉を一番近くにあった露店で購入した。
「よーし、これで準備完了!」
「って、もう終わりかよ。てっきりもっと複雑かと思ってたのに」
「自由参加のイベントだからそう難しくなんかしねえって。あ、粉を流す時まではもうしばらくかかるから、どっかしまっといた方がいいぜ」
「あ、うん。わかった」
イアにそう言われ、私は落とさないように粉が入っている小瓶をカバンの中にしまった。
その会話と、不慣れな仕草が目立ったのだろう。そのやり取りを見ていた売り子妖精が首をかしげながら口を開く。
「ん、君は星祭り初めてなの?」
「え? はい、まあ」
「そっか。じゃあ、記念にこれとかどうかな。虹の星の雫だよ」
売り子妖精が差し出してきたのは丸い小瓶に星の飾りがついた栓で蓋がされた虹色に光る液体。
星の雫という名前の通り、液体自体が自ら光を放っている。
「すごい! それなかなか手に入らないレア物だよ、ルージュ」
「そうなの?」
「ああ。それだったら星の精霊も文句無しに願い聞いてくれる、ってな。売ってるとこあんま見ねえし、前に親父がたまたま買えたのをしつこいほどに自慢してたから、間違いないぜ」
「へえ……」
それを聞いて思わずため息を漏らす。
気まぐれで有名な星の精霊が素直に望みを聞いてくれるなんて、相当珍しいものなんだろう。確かに、星の力が長い年月をかけて溢れ落ちるもので、一滴だけでも何十年もかかるってことが本にも書かれていたのをなんとなく覚えていたけど、そこまで価値があるものだったなんて。
そう思いながら、売り子妖精から星の雫を受け取ってまじまじと見つめる。虹色の光がキラキラと輝き、私の手の中を優しく照らしている。……ルーザが帰っても今日のこと思い出すのに丁度いいかも。
「じゃあ、これいただきます」
「そうか、ありがとね」
その後、星の雫の値段を提示してもらい、私は代金を払って虹の星の雫を受け取る。いいお土産が買えて、私も満足だ。
「良かったね、ルージュ。ラッキーじゃない!」
「うん。あ、そうだ!」
あることを思いつき、アクセサリーを売っている屋台を覗いてきて、そこで金のチェーンも買ってきた。
これを栓の飾りにある穴に通せば……即席のペンダントの完成だ。
「あ、それいいね!」
「おお。暗いと結構目立つんだな、それ」
「まあそれはいいが、粉を流す時間もそう余裕無いだろ? 屋台とかまわるんなら今の内じゃないのか?」
空を見上げていたルーザが不意にそういった。私達もつられて見てみると、日がすっかり沈んで空を紺色に染め上げていた。星もポツポツと輝き始めているし……星の粉を流す時間が迫ってきていることを予感させる。
「あっ、そうだよ! 早いとこ星のスイーツ探さないと!」
「あ、やっぱりそっちなんだ……」
エメラも空を見てそれに気付いたのか、突然思い出したようにハッとした。
行く前に食べた星くずパフェも結構な大きさだったのに……エメラはスイーツに掛けては熱が違う。流石についていくとなると、勢いに振り回されそうだ。
「よっしゃ。じゃあオレらはあっちを見てこようぜ」
どうしようか悩んでいると、イアがタイミング良く私の腕を引いてくれた。多分、エメラに付いて行ったらこっちが追いつけないことを分かってて提案してくれたんだろう。助かった……。
エメラもエメラで、もう反対側を見回ってるから別に構わない様子だ。粉を流す時間になるまで一旦解散ということになるのだけど、あとで合流すれば大丈夫だろう。
ルーザを加えた3人で、粉を流す時まで広場を回った。ルーザもお土産に星の魔法具を一つ買っていて、ルーザなりに楽しんでいるようでほっと一安心。
「みんな、ごめーん。はいこれ!」
ある程度出店を見終わり、広場の中央に戻って待機していたら、しばらくして満足したらしいエメラも戻って来た。この短時間で甘味を取り扱っている出店を一通り回って来たようで、その腕の中には星型のお菓子がたっぷりと抱えられていた。
そうして、振り回してしまったお詫びのつもりらしい、エメラはそのお菓子を一つずつ私達に配ってくれた。
「おう、サンキュー」
「へえ、本当にどれでも星型なんだ」
「星祭りだもん、当然でしょ? あ、ルーザのは前に好きだって言ってたコーヒー味にしといたよ!」
「あ、ああ。悪い」
エメラの勢いに若干引きながらも、ルーザも菓子を満足気に食べていた。
エメラが私にくれたのは星型の飴だ。繊細な飴細工が施してあって、細い帯を持ち手の棒に巻き付けた形からして、流れ星をイメージしているようで、食べるのがもったいないくらいに綺麗だった。
その飴を食べ終わる頃に、広場の噴水の辺りがガヤガヤし始めた。妖精も精霊も噴水に集まって周囲がごった返している。
広場の水辺っていったら噴水くらいだから……もしかして。
「あ! もうすぐ粉を流す時間だよ」
「粉を噴水に流せばいいの?」
「おう。ここじゃ他に水辺もないしな、大抵は噴水に流しているぜ」
イアもそう説明してくれた。予想通り噴水に粉を流すようで、その周囲にはもう大勢の妖精達が行列を作っている。出遅れるとかなり時間もかかってしまうし、私達も急いで行列に並んだ。そして、並んでいる最中にカバンに入れておいた星の粉を取り出して、準備も完了。
自分達の順番を待つ間にも、多くの妖精達が噴水に粉を流していっている。行列の隙間からでも噴水の水面には揺らめきながら他の妖精が流した粉と一緒に、星空が映りこんでいるのが確認出来た。
その周りには一応仕事と、星の光で染めたようなベールを纏う星の精霊も。精霊が飛び回る度にベールからキラキラとした粒子が零れ落ちて……噴水の中で揺らめく粉の輝きも相まって、幻想的な景色を作り出している。
そして行列が徐々に進んでいき……いよいよ私達の番が回ってきた。




