第78話 掴んだ明日は(3)
「おい、ルーザ!」
「……ッ!」
その時、オスクが何かを投げてよこしてきた。オレは返事をする前に咄嗟にそれを受け止める。
紅い宝石がはめ込まれ、煌びやかな装飾が施された美しい一振りの剣。ルージュの得物と似ているようで異なるそれには見覚えがあった。
この剣……レシスの。
「お前に渡してくれって、頼まれた。鎌のことは今は諦めて、そいつを使えと」
「なんだよ……もっと早く言ってくれれば」
「そういうなって。後ろ見れば?」
オスクは自分の背後を指差す。言われるままに見てみると……半透明なレシスが荒い呼吸を繰り返し、額にはじわりと汗が滲ませながらオレらに手をかざしている光景が目に飛び込んできた。
「なっ……なんであんなにボロボロなんだよ⁉︎」
「僕らにかけた加護を維持するのに必死なんだよ。あいつが大精霊としての力のほとんどは保有しているにしろ、不完全なことに変わりはないからな」
つまりレシスは自分にかかる負担が尋常じゃないことを承知で加護をかけたというのか。あんなにボロボロになるまで、オレらが食らったダメージすらもレシスは自分に降りかかることを覚悟してまで。
「……ッ」
オレは鞘に収められていた剣を鞘から引き抜く。銀の刀身が僅かに差してきた朝日を反射して、キラッと輝いた。
剣を握りしめると、レシスの十年越しの想いが伝わってくるような、そんな強い意思が剣を通してオレに流れ込んでくる気がした。こうして手にしているだけで折れかけていた心がみるみる内に修復され、まだ立ち向かえる勇気を与えてくれているようで。
レシスはこの剣でライヤとの約束を果たした。ならば、今度はオレがルージュにしてやると決めたことを果たす番だ。オレがやり方を教えてやると決めて、あいつの手を掴んでやると誓ったことを。
────そしてオレは辿り着いた。ルージュを闇から引き戻してやれる方法を。
決して断言出来ることではなかった。それでも、狂気に呑まれても多少なりとは動揺して、ルージュ自身の意識を表に出せることがあるかもしれない。予想外の行動を取られると狂気に支配されても反応することはさっきの行動でもわかっている。
またその反応をされるような行動を取ることさえ出来れば……。
「オスク、ルージュを拘束してくれ!」
「それはいいけど、仰け反りでもしないと無理だって言ったばかりだろうが。第一、隙はまだ作れてないってのに」
「バカヤロ。オレが作ってみせるんだよ!」
待っているばかりではチャンスは来ない。ならば、自分で来るようにすればいいだけのことだ。
それがどれほど難しいことかなんて百も承知している。だからってずっと地団駄を踏んでいるのはもう飽きた。やるからには自分で行動していくのみだ。
「そらっ!」
襲いかかる瘴気の雨を剣でさばいていく。何回も食らっていると攻撃のパターンや癖が見えてくる。オレは受けた攻撃の記憶と感覚、勘を頼りに瘴気の刃を掻っ捌く。
オレが持ち得る力全てを、レシスの想いをも、オレは剣に込めて腕を振り上げる。敵を倒すために振るう刃は、今だけはあいつの絶望を断ち切るために。
剣はオレの想いに応えるが如く、刀身に白銀の光を蓄えた。
「────『デスディザイア』‼︎」
何故こんな魔法を知っていたのか、オレにもわからなかった。だが、やると決めた直前に頭の中に突如浮かんだ。なんの違和感もなく、疑うこともなくすんなりと。普段であれば怪訝に思っただろうが……今は違った。
これがルージュの狂気を、深く突き刺さる絶望を、断ち切ってくれると理解出来たから。
オレが持つ剣から放たれたのは漆黒の光。それは風圧で突風を伴って、ルージュに直撃。衝撃でルージュはバランスを崩して、纏う瘴気すらも吹き飛んでいく。
「今だっ!」
その隙を狙い、オスクはルージュに向かって手をかざす。そして隙を逃すまいとすぐに詠唱を開始した。
「『ワールド・バインド』!」
途端に、ルージュの周囲に鎖の檻が形成される。ルージュは攻撃を食らったことで体勢を崩し、そのまま檻に閉じ込められた。
……チャンスは今しかない。
────絶望から引き戻すために。
────一度、振り払われてしまったがもう一度。
────ルージュの手を、今度こそ掴んでやるために……!
精一杯手を伸ばし、砂煙がもうもうと巻き上げる空間に飛び込んでいく。そしてその中で、鎖の檻に閉じ込められて崩れ落ちていくルージュの腕に必死に手を伸ばす。
身体が煽られても、視界が遮られても、意識と腕だけはブラすことなく。目の前の獲物を前にして、必死に食らいつく獣の如く。
指を開き、真っ直ぐに、砂煙を振り払う腕はルージュの腕目掛けて突っ切って……オレはルージュの手をしっかりと掴む。
そして────オレはルージュの身体を抱き寄せた。
「────⁉︎」
オレの取った行動にルージュは驚くのがわかった。それを理解したであろうルージュはオレを引き剥がそうと身をよじらせて暴れ回る。
だが、放すわけにはいかない。ここでルージュを放したら……ルージュはもう戻ってこないのかもしれないのだから。
「ぐっ、この……!」
ルージュの周りで再び炎のように這い上がっていく瘴気が身を炙り、胸が焼け付くような息苦しさを覚える。
それでもオレは……ルージュの手を放さない。
腕でルージュの身体をがっちり拘束し、振りほどけないよう手は指をしっかり絡ませて。暴れ、のたうち回るルージュをオレの元へと引き寄せる。
「ハナ……セ」
「誰がっ……放すかよ!」
ここで放して何になる。またルージュは暗闇に閉じこもり、オレとレシスは力尽きて、クリスタは悲しみに打ちひしがれて。良いことなんざ一つもない。
ここで苦しいからと諦めて、手を放して、一体何が残ると言うのか。
失うのはもう沢山だ。記憶も、家族も、友人も。オレはここで全てを手にして見せる。
「……もう抱え込むな。お前が一人で背負うことないだろ」
「────」
「ずっと黙りこくることない。お前は一人じゃない筈だ」
「────ダ、マ」
「重いものは一緒に背負ってやる。オレはお前の妹だ、気遣う必要なんざない。だから、」
だからと、オレは深く息を吸った。
そしてそれを、思いを、外に思い切りぶちまける。
「引き篭もってないで、さっさと戻ってこい大馬鹿野朗────‼︎」
伝わるか、わからない。
それでもオレの叫びは、オレの思いは中庭に木霊し、空気を引き裂く。そしてルージュは叫びに押されてか、その身体をビクリと震わせた。
「……ル、………ザ?」
「……っ!」
その時……かすかに、それでもはっきりとルージュがオレの名を口にした。そして、頰に何か暖かいものがつたう。それは……ルージュが流した一筋の涙だった。
ルージュの表情から狂気が抜けていく。やがてそれは感情を宿し、瞳には光が戻る。
押し留めなく押し寄せる感情の渦が、涙となってルージュから零れ落ちる。それはだんだんと閉じられていき……ルージュは意識を手放して、オレに身を任せた。
「ルージュ……」
崩れ落ちたルージュをオレは腕を回して抱き抱える。もう放すまいとしっかり抱き寄せて。
────それはいつの間にか昇った朝日が、夜の終わりを告げるのと同時だった。




