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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第77話 ────叫べ(1)

 

 オレは目の前に広がる光景を目にして、まず己の目を疑った。

 灰と化した植物、もう動くことはない鳥や虫の亡骸、えぐられる大地。そこにあるのは『滅び』とも違う、奪われていく生命の息吹が刈り取られた残骸ばかり。

 それを与えたのは……紛れも無いルージュだということが信じられなくて。


「あれが、命の大精霊……?」


 ────違う。


 命の大精霊のあるべき姿は傷を癒し、緑で溢れ返させ、花に囲まれる恵みの象徴と誰にでも言わせるような姿の筈。それは生ける者にとって憧れ、羨まれ、神々しくてはならない。

 なのに、今目の前にいるのはなんだ? 緑で溢れ返すどころか、傷を癒すどころか、全てを灰にして全てを傷つけるばかりで。

 紅い瘴気のようなものを身体に纏わり付かせるそれは、最早妖精ならざる姿で。


 ────違う、違う。


 それを与えているのは、純粋で、お人好しで、馬鹿正直なルージュだと?

 さっきまでオレと同じように驚いたり、笑ったりしていたやつが。困っていたらすぐに手を差し伸べるようなお人好しが。どんな時でも、魔物にすら優しさを振りまいていたような妖精が。今、目の前で狂った笑いを響かせる奴だというのか。


「どれも、これもっ……」


 ────違う、違う、違う。


 否定する。目の前を、今そこにある事実を全てをただただ拒絶する。

 覚悟はしていた。わかっていた筈だった。それでもいざ対面してみると……怖くてたまらない。


 笑いながら、ただ容赦無く奪い、躊躇なく断ち切っていくルージュは、最早オレが知っているルージュじゃない。

 絶望し、ドス黒い感情に身を任せてしまった……ただの、


「悪魔だ……」


 オレから発された、二文字。どれを取っても善良とは感じさせない単語。

 狂った笑い声を響かせ、破壊して、それに喜びを感じているように口を歪めるようなやつを悪魔と言わずしてなんと言える。


 ……そんな状態に陥ったのがルージュというのもまだ信じたくない事実だった。

 優しいあいつが。無愛想なオレと違って、穏やかに笑っていたあいつが。……全てを憎み、壊していくことに。


『……怖いかよ。あいつが、何もかも投げ出して壊れていく様が』


「当たり前だろうが……。お前は平気なのかよ⁉︎ あんなになって、本当にズタボロなのはルージュ自身だろうが!」


 そうだ、壊れているのは紛れも無くルージュだ。

 投げ出して、壊れて、狂い果てて。本当に『絶命』しているのは……他でもないルージュだ。

 全てに裏切られたと思い込んで。たった一人で大きなものを背負わされた挙句、一番信頼していた義姉と血の繋がりを否定されて。ルージュの絶望は計り知れなかった。


『んな訳あるかよ。どんな姿でもあいつはオレの姉だ。姉がボロボロになっていくのに何もできないもどかしさがお前にはわかるかよ?』


「……っ!」


 ……レシスは悔しそうに顔を歪ませ、必死に気持ちを堪えていた。握りしめた拳はワナワナと震えて、その感情を表していた。

 肉体を持たないレシスはルージュを直接止めることができないのだろう。やれるのは本当にオレらの補助だけで、記憶を失っても唯一の血縁者を止められないのは……その肉体であるオレには痛い程わかる。

 オスクだって、ルージュの足止めしかできない。絶望に囚われた心を、暗闇から引き戻すために手を掴んでやれるのも、オレにしかできないことなんだ。


『やるんなら最後までやり通せ、もう一人のオレ。あいつを苦しませるためにオレは夢の世界を目指していたんじゃないんだ』


「……ああ」


 ────一度決めたことは最後までやり通す。たとえ、何があろうとも。

 それがオレの信条……座右の銘みたいなものだった。

 覚悟はしていた。そのためになんとかしようと動いていた。それなのにいざ本番になって、そこで怖気付いて、逃げ出したら何になる。それこそ自分で墓穴を掘ることとなんら変わらない。


「しっかりしろっ……」


 鎌を構えつつ、オレは自分に言い聞かせるように呟く。

 こうなることはわかっていた筈だ。遅かれ早かれ、ルージュの裏の人格はずっとこの機会を狙っていた。それが衝撃の事実を突きつけられて発現しただけのこと。

 なんにせよいつかは知って、狂気に向き合わなければならない時が来るんだ。オレはそれに目を背けて、起こる前に芽を摘んでしまおうと逃げていただけだったんだ。


 そして今。ルージュは絶望し、裏の人格に呑まれて狂い果ててしまった。もう起こってしまったことには変わらない。どんなに拒絶しようが、ルージュの狂気と向き合わなければならないんだ。

 そうではくては……目の前に待っているのは『死』という終焉だ。


「僕はお前の言う通りに動いてやるけど。お前はどうすんの?」


「決まってるだろ。あいつを傷つけないように、それでもなんとかして止めてみせる」


 オスクになんとかそう言ってのける。

 それがどんなに高度なことなんて、とっくに知れていることだ。できないと思ってもやらなければならない。目をそらすことは一瞬たりとも許されない。


「お前はルージュの攻撃を相殺してくれ。隙があったら、『ワールド・バインド』を使ってあいつの動きを押さえ込んでくれ」


 オスクがカグヤとの戦いで見せた、『ワールド・バインド』。術者が標的とした相手を魔力で生成した大量の鎖で標的を囲い、動きを完全に封じ込めるオスクの魔法だ。

 ルージュの動きを止められて、手を掴んでやるならその魔法は外せない。自分でできた方がもちろんいいのだが……流石にオレ一人では力不足だ。こんな状況下では変な意地は張っていられない。使えるものは使うべきだから。


「はいはい。それで、お前はどうあいつを止めるつもりなのさ。余程のことをしない限りは、一回動き止めても暴れられるだけだけど?」


「そんなことわかってる。でも……」


 ……思いついてない。思いつかなかった。

 どうすればルージュを引き戻せるのか、どうすればルージュの背負うものを取り除けるのか、どうすればルージュの傷を取り去ることが出来るのか。……そのための行動がオレには考えついていないんだ。


 投げやりで、行き当たりばったりのオレに、あいつへ一体何をしてやれる────?


「あっそ。まあ、いいけど。ぶつかってる内になんか掴めるんじゃない?」


「それに賭けるしかねえか……」


「……お喋りはここまでだ。こっちを完全に狙ってきやがった」


「……ッ‼︎」


 オスクが言った通り、つい先程まで草木を吹き飛ばしていたルージュはいつの間にかオレらを視界に捉えていた。

 オレとオスクはもう後戻りはできないから、と一歩踏み出す。それは狂ったルージュと戦う意思を示す行為も同然。途端に、獲物を見つけたルージュは獣のように目をギラつかせる。


『……頼んだぞ、2人とも』


 レシスのぽつりと漏らした、それでもはっきりと聞こえた声を背に。オレとオスクは戦火へ飛び込む。

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