第76話 絶命の狂気(3)
「なっ……これ、は」
城に着いた途端、オレは目の前の光景に絶句した。
城の入り口には立派な大扉があった筈だった。それが今は扉ごと吹き飛ばされ、吹き飛ばされた扉はめちゃくちゃに破壊されて見る影もない。
……誰がやったかなんて確認するまでもない。これも狂気に囚われたルージュが破壊したのだろう。
「ひっどいものじゃん。よくまあ、家でもある場所を平気で壊せるな」
『狂気に囚われたら、馴染みであろうが関係ねえよ。あいつにとって目に付くもの全て敵でしかないんだ』
「くそっ。今、ルージュは何処に……⁉︎」
『いいえ、中が先です! 中に弱った生命の気配がします!』
ライヤにそう言われ、オレはハッとする。
城の中にいて、尚且つ弱っていてもおかしくない妖精なんて……クリスタしか思い当たらない。幾らレシスの力で魂は繋ぎとめられていても、怪我の具合によってはこれからの生活に支障が出る。オレらはルージュを探すより先に、急いで城の中へ乗り込んだ。
城のエントランスを駆け抜けて、廊下をひたすら走り回り、目的の妖精を四人で探し……あまり時間がかからない内に、倒れた妖精の影を発見した。
一人は鎧を身につけ、一人は青いドレスを着たぐったりと横たわる妖精。ルージュの臣下のエルトと、ルージュにやられたらしいクリスタだ。
「クリスタッ!」
「え、ルヴェルザ様⁉︎」
「話は後だ、クリスタは……!」
廊下に座り込んでいたエルトにそう言いながら、エルトに支えられているクリスタに目をやる。
クリスタは脇腹辺りが真っ赤に染まり、今でも赤い液体が垂れたまま。額にはじわりと汗が滲み、荒い呼吸を繰り返していた。
酷い怪我だが……レシスのおかげで息はあった。
「ライヤ、治療を頼む!」
『は、はい!』
ライヤはすぐさまクリスタに寄り添い、自分の手をクリスタの傷口にかざす。
ライヤの手から淡い光が放たれて、クリスタの傷口を優しく包み込む。光はクリスタの傷を癒していき、徐々に傷口も塞いでいく……。
『これで傷はなんとか治りました。あとは体力の回復ですね』
「ああ、頼む」
ライヤは今度は腕を広げ、クリスタを抱こうと身体を寄せる。
……が、肉体を持たないライヤはクリスタの身体をすり抜ける。ライヤはそんな自分の身体に悔しそうな表情を浮かべると、仕方なくクリスタの身体に自身の身体を出来るだけ添えた。
「う、うう……」
「あっ……へ、陛下っ⁉︎」
傷が塞がり、体力を取り戻したことで意識が回復してきたのであろうクリスタが呻き声を漏らしたことでエルトは反射的にクリスタに呼びかける。
クリスタは出血のせいで青ざめた頭を持ち上げ、オレらのことを見回した。
「あ、あなた、は……」
『えっ⁉︎ えと、その……初めまして?』
クリスタはライヤのことを見てそう零した。ライヤはどう反応すればいいのかわからなかったらしく、咄嗟に思いついたらしい言葉を告げた。
「あなた、は……以前のルージュなのですね……。私の元に来る前の……大精霊だったあなた……」
『え、ええと……』
「目で、わかります。あの子に……私の妹と全く同じ。今は……そうでなくなってしまいましたが」
『それは……』
クリスタの表情は酷く寂しそうだった。ルージュに傷つけられたことよりも、ルージュが自分の元から離れていってしまったことを悔やんでいる。
クリスタがどうやってルージュと出会ったのかはわからない。でも、たとえ義理だとしてもクリスタはルージュのことを実の妹同然に扱っていたのはこれまでのクリスタの態度からもよくわかっている。
「ごめんなさい、ルーザ……。私じゃ、あの子を説得することが出来ずに……あの子に辛い思いばかりさせて、義姉失格ですね……」
「義姉に合格も失格もあるか。あんたは義理でもあいつを大切に思っているのは誰でもわかることだ。その対象に、裏切られたと誤解されただけで」
冷静になってみれば、姉バカであるクリスタがルージュを騙そうなんて考える筈がないことはすぐにわかることだ。クリスタのことをよく知っているルージュでも、クリスタの弁明を拒んだのはそれも裏の人格に仕向けられたことなんだろう。レシスもそれを察したらしく、不愉快そうに舌打ちした。
『ったく、どこまでも都合のいいように表を動かしやがって。どれだけ壊せば気が済むんだっ……!』
「目に付くもの全てを敵と見る時点で、あらゆるものを憎んでんじゃないの?」
オスクが言ったことで的を射ているだろう。
全てを敵とみなし、全てを負の面でしか受け取らず、あらゆるものを絶命させる対象としている……。それだけ、裏の人格が取り憑かれている『狂気』は並みのものじゃないんだろう。
「お願いです、ルーザ……。あの子を……ルージュを救ってください……!」
「……言われるまでもない。そのために来たんだ」
オレにすがりつくような声を出すクリスタにきっぱり言ってのける。
自信があろうがなかろうが、これはオレにしか出来ないことだ。絶望に呑まれ、狂気に身を委ねてしまったあいつの手を引っ張り出せるのはオレしか出来ない役目だ。
「ルージュは中庭にいます。くれぐれも気をつけてください……今のあの子は容赦がありません」
「ああ、わかった」
まだ城に残っていて良かった。狂気に取り憑かれたまま、王都にまで飛び出していたらその被害は尋常じゃない。
だが、それもいつまでもつかはわからない。ルージュが移動してしまわない内にクリスタのことはライヤに任せて、残った三人で中庭に向かった。
「これは……」
……中庭に出た先で、オレら3人はその惨状を目の当たりにして言葉を失っていた。
草は灰と化し、木々は折られて白く枯れ果て、大地はえぐられビビ割れていて。飛んでいた小鳥すら撃ち落とされ、虫でも容赦無く潰され、辺りには死の……いや、絶命の香りで満たされていた。
何者であろうとも潰され、その生命が絶たれる。そのおぞましい力を前にして、オレの身体に悪寒が走る。
そしてその中央には……見慣れた、それでも変わり果てた妖精が一人。
「ルージュ……?」
恐怖で掠れた声でもそいつに聞こえたのか……その妖精はゆらりと身体を逸らし、振り返る。
その姿にオレら3人は息を飲んだ。
紅い瞳は血のような色に染まって、淀んだ感情が滲み出ていて……口は三日月を描いて歪みきる。その頰にはクリスタの返り血を浴びて、赤黒いシミを付けていて。いつかの悪夢で見たものをそのまま目の前に再現された光景に、オレは声が上げられなかった。
そして……
「ク、アハ、ハハハ……」
────狂気に呑まれた少女は、狂った笑いを響かせる。




