第75話『決行』の刻・後(2)
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────15年前。世界に降りかからんとしていた災厄は、その年を起点として大きく動き始めた。
この世界を破壊し、境界を無くし、存在そのものを抹消する大厄災。生ける者達はそれを恐れ、形が無く、見えざる敵を一つの呼び名で統一した。
────曰く、それを『滅び』と。
大精霊と称される者達はそれを危惧し、自らの力を集めた剣を災厄に備えてかつての伝承に倣い、剣に希望を託した。
────曰く、それを『神の王笏』と。
しかし、剣はあらゆる力を保持するが故に、一つの力のみを司る九人の大精霊には剣を行使することは不可能だった。
大精霊達は悩み、惑って……一つの結論に辿り着いた。あらゆる力を、命すらも操れる者に王笏を託そうと。
『命』と『死』……生命の本流をも司る2人の大精霊に、剣は託された。
王笏と二つの力は共鳴し、災厄を退けていった。大精霊達は大厄災に対抗する術が見つかり、2人を讃えた。大精霊達は世界を消し去らんとする悪夢を断つために、2人を支えることを誓った。
だが……災厄はその2人に目を付けた。
災厄は2人を手中に収めれば希望を絶てると思ったのだろう。災厄の牙は『命』と『死』の2人に迫ろうとしていた。
大精霊達は焦燥に駆られた。このままでは災厄の思うがままだと。大精霊達は2人を何処か安全な場所へ逃がそうとしたが……ある者がこう言いだした。
────2人を別の姿に変えて、災厄の目を欺けばいいと。
────完全に欺くために、記憶を封じ込めて、バラバラに安置しようと。
当然、大精霊達は反対した。それでは危険すぎる、記憶が永遠に消えてしまうかもしれないと。だが、そいつは聞き入れなかった。大精霊達の反対を押し切り、ただ一人でその案を実行した。
2人の大精霊は記憶を抜き取られ、姿を変えられ、別々の世界へと送られた。姿を変えられた大精霊は己の使命すら忘れて穏やかに今までを過ごしていった。
その2人が……
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『お前達というわけだ。ルジェリア、ルヴェルザ。いや……オレらの肉体』
レシスは話を終えると、私とルーザにそう告げた。
物語の終わりに、レシスの口から告げられたその言葉。それがどれだけ私とルーザに衝撃を与えたかなんて……口で言うまでもない。
「私とルーザが……大精霊?」
「……冗談はよせ。オレらはだだの妖精の筈だろ?」
ルーザはあくまで冷静に返した。
……いや、そう思わせる言い方をしただけだ。平然を装っていても、その声は確かに震えていた。
「悪いけど、全部本当の話。お前らは2人は記憶が抜き取られた『命』と『死』の大精霊の肉体で、目の前にいる2人がお前らの本来の姿。その2人はお前らが奪われた『記憶』の意思体ってわけ。僕はお前らが記憶を切り離される前からお前らを利用しようとする輩から匿う、保護者役を引き受けていたのさ。記憶を引き剥がされて妖精の姿になったお前らを逃したのも僕だ」
「嘘、だよ……だって」
「……思うところはあった筈だけど。大精霊に会う度に、おかしな反応されてたんだから」
オスクの言う通りだった。今まで、大精霊に会って名前を告げる度に驚かれたり、不思議に思われたり。何か知っているのかと聞いてもぼかされて、今までその理由を知ることができなかった。
私達を見て、驚かれたのももしかして……。
「そう、それもお前らのことを知っていたから。10年以上も行方知らずの奴が2人共合流してていきなり会いに来る、なんて驚かないわけないっしょ?」
「じゃあなんだよ。オレとルージュは無関係じゃなくて、本当に双子だっていうのかよ⁉︎」
「冗談でこんなこというわけ無いじゃん。見た目が似てる時点で、お前らも色々おかしいことは自覚してただろうに」
「そ、んな……うそ、嘘だよ……」
ルーザと何かしら関係があったことは然程驚かない。見た目が瓜二つだという時点で、何らかの血縁関係があるんじゃないかと前から思っていたから。
問題はそこじゃない。私が戸惑っているのは姉さん……クリスタとの関係だ。
レシスはさっき、私とルーザは別々に安置されたと言っていた。だとすれば私は姉さんの元へ安置されたということになる。私とルーザが双子だとしても……姉さんとの関係は一体どうなるの?
「教えてよ、姉さんとは! この国の女王とは何か関係があるの⁉︎」
『そ、それは……私とこの国の女王様とは面識がありません。だから……』
「じゃ、じゃあ……」
ライヤは姉さんと面識がない。つまり何の関係もない。血の繋がりもなく、義理で、偽りの姉で……他人以外の何者でもない。
嘘だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ‼︎
私はずっと嘘をつかれていた。妹だと偽られ、ずっと他人である妖精を姉と慕っていた……?
なら、私は、私達は、一体なんだというの。
「お、おいルージュ……?」
「いや……嫌だ、嫌だ……嫌だッ‼︎」
「いっ⁉︎」
訳が分からなくなり、差し出された手を突き飛ばす。
そのまま私は頭を抱え、耳を塞ぎ、目を瞑って部屋を飛び出す。
その先で壁にぶつかろうが、つまづきそうになろうが関係ない。ただひたすら廊下を駆け抜け、外へと飛び出し、ある場所へ目指していく。
さっき差し伸べられた、ルーザの手を掴まぬままに……。
「くそっ、ルージュッ!」
その場に取り残されたルーザはハッと我に返ると、ルージュを追いかけようと扉のノブを掴もうとする。……が、それはオスクの手によって阻止された。
「放せよっ。あいつを……あいつを止めなきゃならないんだ‼︎」
「……いい加減にしろ、この馬鹿ッ‼︎」
「……っ⁉︎」
オスクに怒鳴られ、ルーザは固まる。
怒ったとしても、普段ここまで声を荒げることがないオスクにルーザは驚く。いくら言い争いしても見せることが無かったオスクの本気の怒りに、ルーザは言葉を失う。
そして、オスクはそんなルーザに構わず、怒声を張り上げた。
「このまま考え無しに突っ込んでお前はどうする気なんだよ! これはちゃちな問題じゃない、突っ走れば待っているのはそれこそ『死』だってことわかってんのかよ‼︎」
「だ、だが……」
「いいか、お前がただの妖精じゃないことはわかった筈だ。なら、お前が出来ることはなんなんだ?」
「そんなの……」
────わからない、何も。ルーザにはこれから起ころうとしていることも、実の姉に何が眠っているのかも、何一つだってわかりはしない。わからないから、ただ考え無しに追いかけようとしていた。
追いかけ、追いつき、そこでルージュを止めようとしたところで……何が待っているかなんて、ルーザにはわかる筈がない。
「ああ、そうだろうよ。お前なんて口だけの非力なただ一人の鬼畜妖精でしかない。だから、お前にこれから叩き込んでやる」
「叩き込むって……何を」
「これから起こることの原因。それを止めるための術。一からまとめて全部叩き込きこんでやる。今までお前らを見守ってきた────『保護者』としてな」
そう言いながら、オスクはルーザの腕から手を放す。
その顔に浮かぶのは、いつもの余裕をかました笑みだった……。




