第75話 『決行』の刻・後(1)
「ぁ……っ⁉︎」
微睡みの中の、おぼろげな世界から引き戻される。
見えない何かにぐいっと引っ張られたようなそんな感覚で、さっきまであった眠気は何処へやら。目覚めたばかりだというのに頭ははっきりしていて、ずっと起きていたと錯覚する。
外はまだ夜明け前。カーテン越しに月明かりがぼんやりと部屋を照らし、私の視界を広げてくれていた。
レシスは……オスクのところへ行け、と言った。そこで全てを白状すると。
オスクのところへ行ったらもう戻れない。レシスが言ったように、それは日常の『死』を意味する行動。これまでのことを否定しかねない程のことが待っている……そう思うと、また身体は震えだす。
レシスとオスクは何をするつもりで、どうして私とルーザにまで『関係ある』ことを強調するのだろう?
怖い。怖くてたまらない。何が私をこんなに恐怖に駆り立てるの? 私は一体、何に怯えているの……?
とにかく、ここでじっとしていても始まらない。レシスに言われた通り、私はベッドを抜け出して寝巻きからいつもの黒いローブに着替えて部屋を飛び出す。そしてその道中で、私と同じくさっき起きたであろうルーザを発見した。
「ん、来たか」
「う、うん。じゃあ……行こう」
お互いの意思を確認し合い、2人並んでオスクがいる部屋へと向かう。暗い廊下で、私とルーザが立てるコツコツという靴音のみが大きく響き渡る。
何を話せばいいのか、どう言葉を交わせばいいのか、それすらもわからぬままでお互いに一切喋ることも無く、ひたすらオスクの部屋を目指すのみ。……まだ何もしていないのに、私達の間で何かが壊れかけている気がした。
そしてとうとうオスクの部屋の扉の前に着く。
震える手で、それでもしっかりと力を込めて握りしめ、扉を軽くノックした。
「……入れば? やるならすぐにやるべきだ」
いつも変わらない、オスクの声。それでも普段のような余裕をかましたような声では無く、何処か真剣さも含む声だった。
私とルーザはオスクに言われるままに部屋に入った。中には窓の前でオスクが腕組みしながら待っていて、私達を視界に入れるとニヤッと笑った。
「ふーん、大分震えてるな。ま、仕方ないけど」
「……お前のことは信用しているつもりだ。だが、今からやろうとしていることはなんなんだよ?」
「さっき聞いたっしょ? 全部白状するんだよ。お前らのことや、これまでのこと、片っ端からな」
オスクにふざけている様子は微塵もない。それだけ今から話すことが重要だということがわかった。
「……そろそろ移動した頃か」
「え?」
オスクは不意にそう呟くと、部屋の一角に巨大な魔法陣を出現させる。
世界を渡り歩く必要がある大精霊が行使出来る魔法、『ゲート』だ。オスクは魔法陣を限界まで広げると、魔法陣の中央を蹴破った。
「ほら、出てくれば?」
『……相変わらず、やり方が雑にも程があるだろ』
「えっ⁉︎」
ゲートから出て来た人物に私とルーザは驚いた。魔法陣をくぐって来たのは、レシスと……まだレシスの腕にしがみついているライヤだった。
別に2人が出て来たのは驚かない。レシスの言動からして、2人が現実に来ることも当然というような予感がしていた。
なら驚くポイントは何処かといえば……2人の姿だ。レシスとライヤがそこにいるというのは見て明らかだけど……その身体は透けている。半透明な身体は設置されている家具をすり抜け、実体が無いのは明らかだった。
「レ、レシス……その身体は?」
『……やっぱ透けるな。肉体がないなら当然か』
「は⁉︎ 肉体がないって……どういうことだよ?」
『グスッ……今がら説明じまずね、ルーザざん……』
「……分かったからお前はまずその涙を拭け。それじゃあ会話もまともに出来ないだろうが」
ベタベタに泣いているライヤにルーザはため息をつく。私とオスクも、ライヤの場違いにも程がある情け無い状態のおかげで、すっかり気がそれてしまった。
こんな状態では私達はハンカチを差し出すことも不可能だ。仕方なく、レシスが持ち合わせていたものでライヤは涙を拭いた。
『ぐすん……もう大丈夫です』
『はいはい。大分逸れたが……これから全てを話す。覚悟はいいか、お前ら?』
「う、うん……」
「……」
私は返事を返し、ルーザは無言で頷く。
それを了承と受け取ったのであろう、レシスは静かに語り始めた……。
『15年前。全てはそこから始まった────』
それはまるで昔話を語るように、おとぎ話を聞かせるように、子供を寝かしつけるための読み聞かせをするかのように。
────レシスはある一つの『物語』を語りだす。




