第74話 『決行』の刻・前(1)
物語の核心触れている話となります。
読む場合はこれ以前の話を読み切ってからの拝読をおすすめします。
文字数の都合で前編、後編と分けて投稿します。
剣で大きく引き裂かれた歪みから光が溢れ出す。
視界は白に塗りつぶされ、何も捉えることが出来ない。眩しい筈なのに、目を瞑ることが出来ずにその先を呆然と見つめて。
……どくりと、また高鳴る鼓動が一つ。
それはこれから夢の世界へと向かえることの歓喜なのか、別のことへの不安なのか。目の前の光景に見入るばかりな私には分からない。
「行くぞ……!」
固まっていた私に手が差し伸べられる。言われるままに手を掴み、繋ぎ合わせる。
そして────
「……とうとう着いたな」
ため息と共に、ぽろりと落ちた言葉が一つ。レシスは自分の悲願だった景色を見回し、憂いを帯びた表情を浮かべていた。
……私とレシスは、念願であった夢の世界にとうとう辿り着くことな出来た。
その目の前にある景色は地面はひび割れ、木々は枯れてほぼ倒れ切り、雑草すら僅かに生えているだけの荒れた土地。行くのが困難で、やっとのことで辿り着いた場所にしては荒みきっている場所だ。
荒廃し、何もかも無くなって、世界が冠する『夢』の名とは程遠い場所。それも全て『滅び』が原因なのだろう。
「レシスは、約束した相手がいるんだよね?」
「ああ。そいつと会うのが最優先だ。この世界をなんとかするのはその後だな」
レシスはそういいながら、足元に目を向ける。
……そこには、水気が無くなってひび割れた土の間から枯れた花が覗いていた。風に吹かれると花は簡単に散ってしまい、灰のように崩れ去る。
まるで、最初から無かったというように。悲しくて、悔しくて、痛ましい。出来ることなら早く元の景色は取り戻したい……そう思っていても、理想には届かぬままで。
「……チッ」
小さく、それでも確かに舌打ちが聞こえた。
レシスの表情は険しい。なんとかしたいという気持ちはあるのに、それが今すぐ出来ないというもどかしさを表情は物語っていた。
私も、出来ることなら早く取り戻したい。でも今は出来ないんだ。ルーザでさえ、まだ見つけられていないのだから。
「その相手、何処にいるの?」
「待ってろ。気配を追えばすぐに見つかる」
そう言ってレシスはその場にしゃがみ込むと、地面に手を当てた。
手から淡い光が放たれ、波紋となってひび割れを縫うように伝っていく。そのままの体勢でしばらくすると……レシスは不意に顔を上げた。
「……見つけた。ついて来い」
「えっ。あ、うん」
そういいながらいきなりスタスタと歩き出したレシスを慌てて追いかける。
これも死の大精霊としての力なのかな……。見た目はオスクよりも歳下に見えるのだけれど、あまり引けは取らないのかもしれない。
荒れ果てた景色は何処まで行っても終わらない。地面は乾いた音を立てるのみ、風で揺らされる草木はなく、水のせせらぎだっていつまで経っても聞こえはしない。
何もかもが無くなった。形あるものは消え去り。音は全て無と化して。『滅び』がもたらす喪失感に私は思わず息を飲んだ。
「……怖いか? 『滅び』が侵攻した爪痕は」
「う、うん……」
形も無く、得体の知れない、ただひたすら目に付いたものを根こそぎ奪い取る。それを怖くないなんてどうしたら言えるだろう。
そんな相手に立ち向かわなくてはいけない。目をそらすことは許されない。敗走したら、それで何もかも無くなってしまう。
「その怖さを忘れるな。挑むことへの恐怖を投げ出すのは『死』の恐怖も忘れること。それを投げ出したらどんな種族だろうが、生ける者としての尊厳も捨てると同意義だ」
「……うん。それは励ましと受け取っていいの?」
「さてな。たまには大精霊らしいこと言わなきゃいけないっていうオレの慢心だ」
そう言ってレシスは不敵に笑ってみせる。それにつられて、私も自然と笑みがこぼれた。
不安はある。だけど、今は別の目的が優先だ。
レシスの長年の悲願を、何年もかけてやっと成せる約束を、今ここで果たしてしまわないと……!
レシスが感じ取った気配を頼りに、私達はその相手がいる場所へと急いで向かう。
荒れ果てた大地を蹴って走り抜けると、やがてレシスは足を止めた。
「ここだ……」
レシスが止まった先、そこには規模こそ小さいものの、荒れ果てた夢の世界にしては珍しく木々が生い茂った森があった。
風が吹き抜けると木とその周りのヤドリギはカサカサと音を立てて、幻ではないことを証明する。僅かに咲く花は森を彩る飾りに、枝にかかるツルは入ることを拒むバリケードのように思えた。
ここにいる。レシスと約束を交わした相手が。でも一体何処に……?
私とレシスは辺りをキョロキョロ見回す。そしてしばらくして、森の奥から枝を折ったような音が響く。
「ん……?」
────それは折れた枝によるものか、時をかけた約束が果たされたことへの祝砲か。その音をきっかけに再び時計の針は動き出す。




