第73話 それぞれの最後(4)
「くそっ、思い当たる場所は全部見たってのに」
レシスは石タイルをひっくり返しながら苛立った声を上げる。
神殿の物陰、湖の中、足元の隙間。あらゆるところを探し回ったというのに、私達は最後の一つをまだ発見できていなかった。
他に盲点になりそうな場所……何処かに無いかな?
見つけ出そうと必死に考える。でも、焦れば焦る程、思考回路が単純になっていき、中々案が思いつかない。
「周りは見渡したし、何かありそうな場所もくまなくさがしたのに見つからないなんて……」
「こんなところだけは毎回いやらしい仕込みしやがって。足元に転がってそうな場所は全部見たってのに」
くそっ、と舌打ちしながら悪態をつき始めるレシスの表情はイライラで強張っている。
でもレシスのいう通り、思い当たる場所は全て探した。足元の石タイルも全部ひっくり返したし……。
……ん、足元?
その単語に妙に引っかかりを覚える。そこで私はハッとして上を見上げた。
そうだ……『頭上』! ここをまだ見ていなかった。円盤の大きさから私達が勝手に、下に設置されているばかりと思い込んでいたからまだ調べていなかった。
「レシス、上だよ! 上ならまだありそうでしょ?」
「はあ、上? そんな単純なところにある筈が……」
「ううん。意外と頭上って盲点になりやすいんだよ」
頭上は首を持ち上げて見上げたり、寝転がっていない限り、視界に入れにくいから。自分の視界に入らなければ確認することも少なく、見落としがちだ。隠密潜入などで天井裏なども使われるのがなりよりの証明。これも天井には気を配りにくいからだ。
レシスにそのことを説明と納得したようにニヤッと笑った。
「……成る程な。そういえば足元ばっか気にしてて、さっきから気にしていなかったからな」
「うん。上も岩だらけだし、隙間とかに隠されていないかな?」
「その可能性はあるな。さっさと調べるぞ!」
レシスの言葉に頷き、私は羽を広げて飛び立つ用意をする。そしてレシスも……背からカラスのような大きく立派な黒い翼を広げた。
ばさりと風を切り、翼を纏うその姿。……本にあった命と死の大精霊の挿絵そのものだった。やはりレシスは大精霊なのだとその姿はそう思わせる。
「ん? どうした?」
「えっ? ああ、いや、なんでもないよ」
思わずレシスに見入ってしまっていた。私は首を振って誤魔化しながら、頭上に注意を向ける。
ツンツンと飛び出した鍾乳石のような岩。その間には大きな窪みがあるし、その辺りが隠し場所として怪しい。
レシスと頷き合い、私達は窪みを重点的に探し回る。邪魔な岩を砕きながら、見えにくいところはカンテラ魔法で照らしつつ。魔法具らしき影を必死になって探し回った。
砕き、凝らし、手探りで。その動作を何回か繰り返し、そして────
「あった……!」
一際大きい鍾乳石の隙間に、それはあった。岩のつららに引っ掛けるように隠されて、尚且つその影で見つかりにくいように細工されていた。
ぼんやりと輝く、彫刻が施されたいかにも人工物の円盤。間違いなく、結界のための魔法具だ。
「予想通り、だな。お前の理屈が正しかった」
「う、うん。これが、最後……」
ポツリと漏らした、『最後』という二文字。その単純な単語が、今はどれだけの意味を持つだろう。
レシスが歪みを探すことの『最後』。私が協力することの『最後』。私達が記憶の世界にいることの『最後』……二文字だけでもそれは様々な意味を成す。歪みの先に行けば、その時がレシスの言う『決行』の刻になる。
これを壊したら……どんなことが待っているんだろう?
「最後くらいはお前が壊すか?」
「え? レシスが壊してもいいんじゃ」
「オレはさっきから四つ壊しているからな。日頃のストレスをそいつにぶつけたらどうだ?」
「サンドバッグみたいに言うなあ……」
私は呆れつつも、剣を構える。魔法具を壊そうとする気持ちを写しているかのように、刀身がギラリと光る。
これで、『最後』。そしてそれは……新たな『始まり』でもある。この先にあることはわからない。何が襲い来るのかわからない。わからないことだらけでも……これだけははっきりしている。
これは、一つの起点にすぎない……その確信が。
私は覚悟を決めて、剣を振り上げる。そして力に任せて、勢いのまま────魔法具を叩き斬った!
────カシャンッ!
割れる音が耳をつんざき、魔法具は形を失って崩れていく。魔法具の破片がキラキラと宙を舞い、湖に静かに落ちていった……。
「……終わり、だな」
その光景を静かに見守っていたレシスはそう呟いて翼をたたみ、地上に降りる。私も剣を収めた後、レシスを追った。
終わった。これでここの目的は果たされた。レシスは夢の世界に行けて、私はレシスの契約とは解放される。ここでのことは……全て終わりなんだ。
祭壇へ行くと、確かに結界が無くなっていた。弾かれることもなく、すんなりと。レシスは満足したように祭壇の奥へと歩みを進めた。
「────やっと辿り着けた」
レシスは祭壇の先を見つめて、そう漏らした。
空間をそのまま引き裂いたような、大きく異様な歪み。中から光が漏れ出して、その先に何かがあることを予感させる。
「覚悟はいいか? この先で全部白状するんだが」
「う、うん。わかってた……つもりだから」
声は震えている。覚悟なんてあるかもわからない。
この先で待っていることが私達に一体何をもたらすのか。それはレシスでもわからないだろう。怖くもある。でも……逃げ出すわけにはいかない。
「だから……行く。最後まで、一緒に行かせて!」
「ふん。上等だ」
レシスは私の言葉にニヤッと笑う。そして、再び剣を構え、歪みに向かって突きつける。
「行くぞ。これが『決行の刻』だ……!」
レシスは剣を歪みに向かって振り下ろし、歪みを、空間を、世界をも……全て叩き斬った────




