第73話 それぞれの最後(3)
私達は結界を解除するべく、早速行動を始める。
……と、その前にレシスに会ったらやっておきたいことが一つあった。
「ねえ、レシス。一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「なんだよ、こんな時に」
結界の解除方法を探す前に、私はレシスにずっと気になっていたことを尋ねた。
今の今まで、ずっと気になっていたこと。確信はあったものの、本人からは確認が取れていなかったことを。
「レシスって、女……だよね?」
「……⁉︎」
肩をギクリと震わせ、あからさまに動揺するレシス。
確信があったこととはいえ、このレシスの反応からしてもう図星だといっているようなものだ。
「な、なんのことだ?」
「……誤魔化すのは下手なんだね」
「妙なコメントを付けるな! 白状すればいいんだろっ!」
レシスはマントの内側をぐいっと乱暴に引っ張る。
すると……長く、艶やかな黒髪がばさりと音を立てて下ろされる。腰まで届くその綺麗な黒髪に、やはりレシスが女だということを認識させられた。
途端に、顔も魔法で少々取り繕っていたようで、僅かながらもまつ毛が伸びている。それでも鋭い眼光は変わらず、男装を解いてもレシスはレシスのままだった。
「ほらよ。これでいいだろ?」
「う、うん」
「はあ……ったく。早く終わらせるぞ」
レシスはため息をつきながら早速作業に取り掛かる。私も慌ててレシスの後を追った。
私とレシスはまず最初に、結界がどう張られているのか確認するために祭壇まで歩いて行く。歩いて近づく……筈なのに、祭壇まで一向に近づけない。見えない何かに行く手を阻まれ、弾かれるように私達の身体が押し出されている。
「やっぱり、ここに結界があるんだ……」
「見た所、結界を維持する魔法具は5つ。それを見つけて破壊しろってことだな」
そう言われてぐるりと辺りを見渡してみるけれど、パッと見では魔法具らしきものは見当たらなかった。
それもそうか。この結界はレシスが支配者と呼ぶ相手がレシスを夢の世界へ行かせないようにするためのもの。当然、その魔法具は見つけにくい場所に仕込まれているのだろう。
物陰、石のタイルの下、神殿を囲む湖の中。神殿内部は広いとはいえないものの、魔法具を隠せそうな場所は数え切れない程多い。探しやすくするためにも、せめて魔法具がどんな形状なのかわかればいいのだけれど……。
「……その心配は無いようだな」
レシスは祭壇の隣、石の柱の一つの土台部分の裏に回りこむと……そこにはあった。
金属製の、女性の顔を模した彫刻が施された円盤が柱の影にすっぽり隠れてしまうように設置されていた。
円盤は魔力が纏わり付かせて、僅かに浮遊しながらぼんやりと光り輝いている。この時点でただの円盤ではないのは一目瞭然だ。
「レシス、これって……!」
「魔法具で間違いない。こんな近くに仕込むとは、灯台下暗しってのを狙ったか」
レシスは魔法具の位地を見てフン、と鼻で笑う。
仕掛けを解除するためには、まずその周りを探すことから始めるだろう。その結果、仕掛けの近くは盲点になりがちだ。この魔法具の隠し場所はそういった心理を巧みに利用している。
とにかく発見したのだからさっさと壊すべきだと思ったのだろう、レシスは鞘から剣を引き抜いてすぐに大きく振りかぶる。そして……間髪入れず、思い切り振り下ろした!
────カシャンッ。
それは、まるで陶器が割れるかのように。レシスの斬撃によって円盤は粉々に破壊された。
……なんだか、えらく呆気ない。この先に進ませたくないのなら、もう少し頑丈にするか、番人を付けるか方法はあった筈なのにこうも簡単に突破されてしまうなんて。
レシスも私と同じことを思ったらしく、怪訝そうに顔をしかめた。
「……ふざけてんのか、あいつ? これじゃどうぞ壊してください、って言ってるようなものじゃねえか」
「これって……罠の可能性もあるよね?」
「ああ。だからってオレは立ち止まらない。罠だろうがなんだろうが、オレはここを切り抜けて約束を果たす……!」
そういうレシスの表情は真剣そのものだ。私もレシスの覇気に圧倒され、思わずゴクリと喉を鳴らす。
壊すことだけは簡単でも、一つ目からこの隠し場所だ。残り4つがある場所だって見つけにくい嫌らしいものがほとんどの筈。私が記憶の世界に留まれるのは現実での夜明けまで……あまり時間に余裕がない中で、全て見つけ出さなくてはいけないと思うと自信がないけど、やるしかないんだ。
私とレシスはその後も魔法具を探し回った。予想通り、魔法具は石のタイルの下に埋め込まれていたり、周囲に設置されている松明の炎の中だったり、湖の中に隠されていたり、破壊は簡単だけれど、見つけにくい場所ばかり。見つけ出すのも苦労して、時間は容赦なく流れていった。
そして最後の一つ────これがまだ見つけ出せなかった。




