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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第73話 それぞれの最後(2)


 大分呼吸が落ち着きを取り戻してきたところで、私はさっきの質問を再開する。


「レシスは……さっきの原因を知ってるの?」


「ああ。嫌ってくらいにな」


 レシスは心底気に入らない、と言わんばかりに吐き捨てる。その言葉にはレシスが『支配者』と呼ぶ存在のことを話す時に及ぶほど、憎悪をはらんでいた。


「お前の中に眠る、ある力が原因だ。今は言えないけどな」


「えっ。ど、どうして?」


「わかるだろ、今までのこと。ソイツは自分の存在がバレそうになるとお前の意識を呑み込んで、何が何でも隠そうとするんだ」


 ……覚えがあった。

 ルーザに相談しようとする度に、意思が内側に押し込められていたこと。レシスが言うように、そのことについて口にしようとする時にそれは起こる。

 それはまるで、都合の悪いことを隠ぺいするかのように。


「説明は出来ないが、お前もこれ以上深入りしようとするのはやめておけ。ソイツと和解なんて出来っこない」


「そんな……だけど」


 ……可哀想でもあった。

 確かに、私の意識を呑み込んで、隙あらば私を誘惑しようとしてきて、自分の意思のままに動かそうとしていることは悪いことだと思うし、何よりもうして欲しくない。

 でも、それでいいんだろうか? 別物とはいっても『私』には変わらない。そんなことをするのだって理由がある筈なのに、ただ一方的に拒絶してしまっていいのだろうか?


 それじゃあ、救われない。私が助かっても、ずっと苦しみ続けてしまうんじゃ……。


「お前がお人好しなのはオレは別にいいと思う。だがな、その優しさが仇になることも覚えておけ」


「う、うん……」


 レシスのピシャリとした言い方に縮こまる。

 見えない圧力をかけられたようだった。確かに、同情を向けることが自身を危機に晒すこともあるのは否定できない。仕方なく、今はそれ以上考えることをやめた。


「気休めだが、一応やっておくか」


 レシスは私の胸に手をかざす。すると、淡い光が手から放たれ、私の胸の前に何かがうごめいた。

 ドス黒く、胸の前に揺らめく影のような物体。レシスはそれを鷲掴みにするように手を握りしめて……丸ごと、引きちぎった。


「れ、レシス、何をしたの?」


「ソイツを一時的にだが封じ込めた。まあ、眠らせたって言った方が正しいな。身体を動かしてみればわかるだろ」


 私は言われた通り、立ち上がってその場で軽くぴょんぴょん飛んでみると……その変化がよくわかる。


「身体が、さっきと比べて軽い。というか、元に戻った……?」


「一応は成功だな。しばらくは大丈夫だろ」


「う、うん」


「さて、問題は……っと」


 レシスは辺りをぐるっと見渡す。

 石の柱が立ち並び、足元のこれまた石でできたタイルと、その周りにたっぷりと澄んだ水が讃えられた湖と、目の前には細かい彫刻が施された祭壇。水上にある、神秘的な神殿だった。

 入る度に景色が変わる記憶の世界だけれど、今回は別格に見惚れる場所だ。


「……最後がこの場所だなんて、皮肉でしかないな」


「え? レシスはこの場所を知ってるの?」


「吐き気がするくらいにな」


 そういうレシスの表情は強張っていた。それはさっきの憎悪とは打って変わって、うんざりという感情が読み取れた。


「ここはオレが元いた場所だ。あいつめ、わざとここを写しやがったな」


「えっ。じゃ、じゃあ、レシスが記憶の世界に来る前に過ごしていた場所……?」


「ああ。オレにとっては全ての発端だ。ここでこの剣を託された」


 レシスはそういって、鞘から剣を引き抜く。

 紅い宝石がはめ込まれ、煌びやかな装飾が施された美しい剣。レシスがずっと肌身離さず持っている、夢の世界に行くための鍵でもあるらしい剣。

 その刀身は周囲の僅かな光を反射し、キラッと輝く。その剣が、レシスにとっては全ての始まりでもあったんだ。


「最後って言ってたけど、もしかして……!」


「そうだ。この先にある歪み。それが夢の世界へと続く道だ」


 レシスがはっきりと宣言した言葉に私は目を見開く。

 夢の世界────そこに行くことがレシスの悲願だった。私も全てを知っているわけではないけれど、レシスが約束を交わした相手が、そこでレシスが来るのを待っているのだと。

 何回、何十回、あるいは……何百回かもしれない。そんな気が遠くなる回数を重ね、レシスはようやく目的地へと辿り着いたんだ。


「ま、目の前まで辿り着けてもただでは通らせてくれないってのはわかるよな?」


「うん……上げてから落とす雰囲気丸出しだったし」


「ふん。よくわかってるじゃねえか」


 レシスが私を呼び出すのは、レシスが一人ではなんとかできないことだからだ。今回は私の状態を心配してというのもあるだろうけど、例外ではない筈。

 そしてレシスは私の予想通り、ただでは通らせてくれない理由を話してくれた。


「祭壇の前に結界が張ってある。その結界を張っているものを破壊しなければ歪みには辿り着けない」


「それで、その結界を張っているものを協力して見つけて、壊して欲しいと?」


「ご明察。こんな大掛かりな仕掛けだ、簡単には見つけられないこともあり得るし、壊しにくいかもしれない」


 レシスの言外に、困難なことだということを感じとり、私は責任感で身体が強張る。

 ここを突破しなければならない。そして、そのための鍵となる魔法具を見つけ出さなければならない。さっきのこともあってまだ身体の調子が万全じゃない私には難題を課されたような気もする。


「そう重く考えるなよ。逆に言えばここさえ突破すればオレも目的が達成出来て、お前は契約から解放されて万々歳だろ?」


「簡単に言ってくれるな……。どう隠されているかまだわからないのに」


「見つけ出して、壊すだけなら簡単だろ? ……今までのただがむしゃらに探すのとは違って、ここなら確実にあるのがわかるんだからな」


「あっ」


 ……そうだ、レシスは今までもそうしてきていた。

 約束を果たすために、とんでもなく確率が低いことを承知して何回も何回も夢の世界へと続く歪みを探していたんだ。

 見つけられないもどかしさを、ただひたすら探す根気を、ものを探すことに関しては辛さをよくわかっているレシスが、ここに『確実』にあるということがわかるだけでもどんなに助かることか。


 私がここにいる意味はレシスを助けることだ。レシスを助けることは私自身で選んだ選択。どんな状況だとしても、それが揺らぐことはない。


「この先にあるのはお前にとっても大きなことだ。それが今までのことを壊すことにもなるかもしれない。それでも……お前はやるのか?」


「……今更だよ。手伝うって決めた時からどんなめにあってももう後戻り出来なかっただろうから」


「それは覚悟と受け取っていいのか?」


「うん、私なりの覚悟。ぐらぐらして頼りないだろうけど……。この先に待っていることも怖いし」


 本心だった。嘘は無かった。

 レシスが夢の世界に行く時が、『決行』の刻だといっているように、それは大きな意味を持つことだ。それを知るのは怖いのもきっとおかしくはない筈。

 それでも、私はレシスを手伝うと決めた。だから私は最後までレシスを手伝いをしなくてはいけない。

 それは私の中にいる何者かに、私は翻弄されないという意思表示でもある。


「だから、手伝う。最後まで手伝わせて!」


「……上等だ。なら覚悟が揺らがない内にとっとと終わらせるぞ!」


 レシスは敵に挑み掛かるように剣を構える。剣が切り裂くのは今は虚空だとしても、それはレシスの大きな覚悟を意味しているように見えた。

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