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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
203/711

第73話 それぞれの最後(1)

 

 ……自室に入ってからも落ち着かなかった。

 あの後、夕食はルーザとオスクと一緒に取ることは出来たものの、私の口からは『あのこと』を説明出来ないままだった。

 王都での出来事、さっきの私の意思とは関係ない虚言、そして……私の中にいる『私ではない私』。それら全てを口にすることが叶わなかった。


「ぐ、はあっ……はあっ……」


 さっきからずっと頭痛に襲われていた。ルーザと話をしようとした時からずっと。

 圧迫感が私を襲い、意識が内側に押し込められるような感覚。今でこそ私の意識は表に出ているけれど、その感覚はずっと纏わり付いたままだった。

 背後からにじり寄り、隙あらば『私』を呑み込んで乗っ取ろうとしてくるような感覚。禍々しく、おぞましく、そして恐ろしく。そんな得体の知れない存在に怯えていた。

 その感覚だけでも最悪だった。だけど、極め付けと言っていいものが……


 ……【───】。


「うぐっ……!」


 時折、耳元でささやかれる声。

 振り返っても当然、誰もいない。恨みのこもった、そんな声で囁かれるんだ。


「誰……誰なのっ……‼︎」


 純粋な疑問だった。囁くのは誰なのか、どうして私の中にいるのか、私を吞み込もうとしてくるのか。何もかもわからなかった。


 何度もルーザに相談しようとした。相談したかった。でもその度に私の意識は内側に押し込められ、結局相談することは出来ぬまま。それが何度も続く内にどんどん私の意思が侵食されていくような気がした。

 このまま私を陥れて、呑み込んで。一体、『私ではない私』は何をする気なの……?


 痛む頭、震える身体、バクバクと鼓動する心臓。緊張と恐怖で身体のどの部位も落ち着かない。息も荒く、ゆっくり休める自信なんてなかった。

 寝たら、助かるだろうか。……ふと、そんな考えが浮かぶ。

 一度、全てを塞ぎ込んで、シャットアウトしてしまえれば……この恐怖からも逃れられるだろうか。


「……」


 試しに、とベッドの中に潜り込んでみる。

 もうすがるかのようだった。私は無理やり目を瞑る。毛布の間に身体を挟み込むと、暖かく柔らかい毛布の感触が私を包み込む。途端に、身体が反応したように睡魔がやって来る。


 一度、忘れてしまおう。そしてもう一度、考え直してやり直そう。

 そう思った直後、まぶたが重くなっていき……暗闇に意識を手放した。





 閉じてしまえば終わりだ。

 塞いでしまえば聞こえない。

 篭もってしまえば見ることもなく。


 ……繋がりなんて持たなければウラギリもない。

 ……周りはウソツキだらけだから。

 だから、

 だから────



「……それ以上は聞くな」


「……っ!」


 突然、上からかけられた声に身体がビクリと反応して、私は微睡みから引き戻される。

 私は急に声をかけてきた相手よりも、さっきの囁きの方に驚いた。


 ……私の意思とは全く別の、考えもしなかったことを疑問に思わず、平然として受け入れようとしていた自分に驚いた。

 最後までは続かなかったけれど、その先に言われるのではないかと思う言葉に。勝手に紡がれていくおぞましい考えに。……私は無自覚にそれを受け入れようとしていた自分にゾッとした。


「わ、たし……なんで……」


「ったく、本当に気に入らないな。虫唾が走るったらありゃしない」


 私はその声で上を見上げた。

 そこにはマントをなびかせながら不機嫌そうな表情を浮かべる男剣士……に見える、死の大精霊であるレシスがいた。

 そしてここが記憶の世界だということも今、理解した。


「レシス……私……」


「大分精神的にも参ってるな。まあ、あんなものを内側に封じ込められていたら当然か」


 レシスは私を……いや、私とは別のものに怒りを向けて睨みつける。その台詞とその態度から私もある可能性を察し、レシスに飛びついた。


「レシス……このことを知ってるの? 私の中には何がいるの⁉︎」


「落ち着け。取り乱せばソイツの思う壺だ。今はとにかく呼吸をしっかり保て」


 レシスのあくまで冷静な言い方に私はたじろぐ。

 真剣な瞳、実直な態度、私に添えられるレシスの暖かい手。そのおかげで取り乱していた私は少し冷静さを取り戻す。


「深く吸え、それをゆっくり吐け」


 言われるまま、私は深呼吸を繰り返す。

 冷たい空気を深く吸い込み、ありったけの息を確かに吐いて。それを何回か繰り返す内に……高鳴っていた鼓動は落ち着き、震えていた身体は止まり、荒くなっていた息も穏やかなものになった。


「……どうだ、気分は?」


「ん。もう……大丈夫、かな……」


 大丈夫、とは言ったものの、信憑性がない。まだおぼつかない返事で恐怖に震える声での反応を、どうやって大丈夫と捉えることが出来ようか。

 それでもさっきに比べれば断然マシだった。あの得体の知れない囁きに、言われるままに誘われてしまうよりかは。

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