第72話 ウソツキハダレ(3)
「……ん?」
カサっと足元で何かが音を立てる。
見ると、何かの紙が落ちていた。文字がびっしり書かれている辺り、新聞紙だろうか。
「なんだろ……」
よくわからないけど、気になった。私は紙袋を左腕で抱え直し、しゃがみこんで新聞紙を拾い上げた。
……この後、私はその新聞紙を拾ったことで後悔することも知らずに。
「えっと……今日の記事なんだ」
紙面に焼き付けられた日にちは今日のものだった。多分これを持ち出した妖精がうっかり忘れたか、この場に捨てたかのどちらかだろうけど。
今日のことが書かれた新聞紙記事。あまり大きな事件はなく、信憑性に欠ける事柄ばかりが綴ってある。どちらかといえば噂好きの妖精を対象にした、ゴシップ記事のような内容で私はあまり気に留めず、紙をパラパラとめくっていく。
「え、これ……」
……その中で一番大きな、大見出し記事というべき場所に刻まれた文字を目にして私は凍りついた。
大きく印刷された、『王女様』という単語。そしていつの間にとられたのか、フードを被っていない私の素顔の写真。そしてそれに追い打ちをかけるが如くの、記事の内容。
「いや……」
私を賞賛する言葉。褒め称えるばかりの意見。私を偉大に見せるようなこれまでの功績。そんなばかりの新聞記事。
────違う。
実行したのは姉さん。私じゃない。
────違う、違う。
私は補助。賞賛されるべきなのは姉さんであって。
────違う、違う、違う。
私じゃない。どれもこれも全ては。
────違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがう。
「やだ……やだやだやだっ‼︎」
私は新聞を投げ捨て、その場から逃げ出した。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。それなのに私は周りの視線を感じずにはいられない。周り全ての『目』が、私をジッと舐めるように見ているみたいで。
やめて……やめてやめてやめて。見ないで……ッ‼︎
嘘つきだ。みんなみんな……嘘つきだ……!
それはきっと思い込みだ。片隅では否定しているのに、私はその考えを肯定してしまう。思い込みが視線という幻を生み出していることさえ、今の私は気づかない。
紙袋を抱きかかえ、私はその場から必死に目を背け続けた。
「はあ……はあ……」
屋敷に着いた時はもう私の呼吸は荒れきっていた。荒い吐息を何度も吐いて、冷や汗が止まらない。心臓はバクバクと音を立てて、今にも破裂してしまいそうだ。
もう『目』はない。なのに……私は背後から突き刺さる刃物の感覚が未だに拭いきれない。
でももういいんだ。この中に入れば安全だ。入ってしまえば私は助かる。
その一心で私は扉に手をかける。重たい扉に力を込めてゆっくり開いた。
怖い……けど、ルーザに話しておこう。そうすれば気持ちも楽になる筈だ。
「ただいまー……」
「……ん、戻ったか」
そんな時、丁度玄関近くにいたルーザと目があった。
……良かった。絶好のチャンスだ、気持ちがなくなってしまう前に、話してしまおう。何か解決策が思いつくかもしれない。
「って、どうした? 息が荒れてるじゃねえか」
「あ、うん。それなんだけどね……」
その理由を、今までのことを話そうとした。……その時。
……ドクンッ。
「うっ……」
一つ、大きく鼓動が鳴り響き、こめかみに鋭い痛みが走る。そしてまた圧迫感が私を襲う。
……違う。何かに、押し込められるような圧迫感だ。さっきのとはまるで違う……!
経験のないことに私は戸惑う。このままだと内側に吸い込まれるような……そんな恐怖がにじり寄る。私を閉じ込めようとするような、そんな恐怖が。
……不意に、意識もしてないのに口角が上がった。
「……ううん、なんでもない」
(えっ……⁉︎)
自分で、自分の口から出た言葉に驚いた。
私……何を言ってるの? そうじゃない、相談しなきゃいけないのに……!
「ん、そうか? 何か言いたげだったが……」
「ちょ、ちょっと焦っちゃってたの。紙袋から野菜落としちゃって追いかけてたからさ」
……何を言っているんだろう。意思とは関係なく、勝手に口から言葉が紡がれていく。
『私』は一切そんなこと言いたくないのに。『表に出ている私』はデタラメばかり口走る。『表に出ている私』が『私』を内側に押し込み、さらに陥れようとしているかのようだ。
「ったく、気をつけろよ。それ貸せ、落としたやつ洗ってくるから」
「うん、お願い。着替えてくるね」
(だ、駄目、待って……!)
『私』は手を伸ばそうとしているのに身体が動かない。『表に出ている私』は紙袋を持っていくルーザを引き止めもせずにその後ろ姿を見送っていくばかり。
「……」
そんなルーザを見送って、再び口角が歪んでいく。
……嗤っていた。気づかないルーザを馬鹿にするように、『表に出ている私』は口角を持ち上げて嘲笑う。頰を歪め、私にはとても出来ない表情だった。
いや……それはルーザに対してじゃない。閉じ込めている『私』に対してだ。
ああ……嘘つきは……
────他ならぬ、『私』だったんだ。




