第7話 眠る火炎(4)
────ドスン。
「うわっ!」
私達が脱出しようとするのを、妨害する影が一つ。
それは、今まで戦っていたドラゴンだった。ドラゴンは私達を空洞に通させまいとするかのように尻尾を私達の進路の前に置いて来た。それに加えて、睨みをきかせて威嚇してくる。
「何すんだよ、通せって!」
「グルゥゥ……」
「なんだろ、通らせたくないの?」
「この奥に何かある?」
ドラゴンは睨みつけてくるけど、何故だか攻撃する素振りは見せない。ドラゴンも手負いだからということもあるけど、それでもまだブレスを吐く程度の体力は残っている筈。それなのに、何もしてこない。まるでこの空洞まで攻撃をしたくないかのように。
……ドラゴンがここを通したくない理由がこの空洞にあるのだろうか? 気になって、ドラゴンを刺激しないよう、尻尾の間から奥を覗き込んでみると……
「あっ⁉︎」
そこは坑道の続きではなく、岩の窪みになっていた。そしてそこには恐らく集めた草で作られたであろう自然のベッドに、リーフナーなど小型の魔物達が数匹群がっている。
魔物達は尻尾を飛び越えてくると、ドラゴンに心配そうに駆け寄ってくる。中には木の実を抱えて食べてもらおうとしている魔物もいた。
魔物達はドラゴンのことを親であるかのように慕っている様子だ。ドラゴンはそんな魔物達に、出るなと言わんばかりに尻尾で中に押し込もうとしている。
……そんな魔物達とドラゴンの様子を見て、私はあることに気づいた。
「もしかして……このドラゴン、ここの魔物達を守ってたのかな……?」
それしか考えられない。この魔物達のドラゴンの慕い様、それだけのことをしなければここまで魔物達が信頼する筈ない。
現にドラゴンも、私達を威嚇しつつも魔物達だけには危害を及ばせないとばかりに、自分の身体を盾にしてまで守っているのだから。
「そう言われてみれば……オレらのことも、なんとなく追い出そうとしていたようにも見えたような」
「ここに住まわせてもらう代わりにこの住処から外敵を追い払ってたってことか?」
ルーザとイアが言うように、ドラゴンは外敵を追い払うことを対価に魔物達と一緒に住まわせてもらっていたのだとしたら……それなら色々納得がいく。
ドラゴンは身体も大きいし、住み着くとしたらこういった場所じゃないと難しそうだ。ここはドラゴンが住めそうなくらい広いし、尚且つ捨てられて久しい廃坑は妖精もほとんど踏み入れないしで魔物にとってはこの上なく良い環境だ。
さっきまでは恐ろしいドラゴンのせいで道中に魔物がいなかったと思っていたけど、それはこの広間でまとまって暮らしていたせいだということも、今やっとわかった。
「でも変だぜ? 翼があるんだからもっと住み心地いい場所も選べるだろうに」
「飛べない理由でもあるのかな」
エメラはそう言ってドラゴンを見上げる。
飛べないとしたら翼に問題がありそうだ。私もドラゴンのあちこちを観察してみる。
……そんな時、私の頭の中に何かが聞こえたような感覚になった。
「え……痛い? 翼の付け根が?」
「は? わかるのかよ」
「ああ、うん。ルージュってなんか生き物の思ってること、たまにわかるような感じがあるんだよね」
そう。エメラの言う通り、私は時々魔物や動物達の言葉がわかる時があった。あくまで時々で、気持ちが焦っていると出来ないことがあるのだけど。
……実を言うと、私は自分でもなんの妖精かわかっていない。目の色からたまにルビーの妖精と間違われるけど、私はルビーに宿っているわけじゃないんだ。通常であれば本能的にわかるものなのに、私だけ何を護るべきなのか未だに知らないままだった。
それを気にしてないと言えば嘘になるけれど、今は目の前のことを優先すべきだ。
「とりあえず見てみるよ。何かあるかもしれない」
苦しんでいるドラゴンを放っては置けない。私達は羽を広げて飛び立ち、ドラゴンの翼をよく見てみる。
ドラゴンが痛いと訴えた翼の付け根を注意深く観察して。そして……
「あっ、これ!」
そしてそこにはあった。翼の付け根に楔のように食い込むようにして、突き刺さる何かの金属片が。
楔のようだけど、何か折れたようなその形状。こんな所にある、鋭い金属片だとするとツルハシのものだろう。これが刺さって炎症を起こしていたんだ。
「それを取っちまえばなんとかなるかもしれないな!」
「捨てられたのが偶然刺さったんだろうな」
ドラゴンが痛がっている理由が判明して、解決の糸口が見つかったことにほっと息をついた。一気に引き抜いたら悪化しちゃうかもしれない。ここは慎重に……。
傷を広げないよう、傷口近くにハンカチを当てつつ金属片に手を添えながらそっと引き抜いた。
「グワゥッ……!」
ドラゴンは苦しそうな呻き声を上げた。見るからに痛そうな反応にビクッとして、驚いた拍子に私は思わず手を離した。
「あっ……! ご、ごめん。でも金属片は取れたよ」
「……」
ドラゴンは私の言葉が伝わったのか、落ち着きを取り戻す。暴れたり、噛み付いたりもしてこなかった。
大人しいドラゴンで良かった。魔物達が信頼しているのも納得だ。
後はこうして……と。
ドラゴンに効くかまではわからないけど、痛み止めの薬を塗って、包帯を翼の付け根に巻きつけて、治療が終わったことを知らせるためにドラゴンの頭をそっと撫でた。
よし、これでとりあえずは手当は完璧な筈。
「包帯と薬まで持ち込んでいたのかよ」
「備えあれば憂いなしってね」
「行き過ぎだっての……」
カバンに治療道具まで入っていたことにルーザは呆れ顔を浮かべるけれど、こうして役立ったのだから結果オーライというやつだ。目的を果たし、私は羽をしまって着地する。
とりあえずだけどドラゴンの傷もなんとかなったし、早急にここを立ち去るべきだろう。知らなかったとはいえ、魔物達からすれば私達は勝手に住処に踏み込んできてた不届き者なのだから。
「私達、この住処を荒らすつもりで来たんじゃないの。すぐに出て行くから、他の出口を教えて貰えないかな?」
「……」
ドラゴンにその言葉が伝わったらしく、返事の代わりに首を持ち上げて壁に向かって小さめにブレスを吐く。
小さめ、といっても元々強力なドラゴンのブレス。ブレスが直撃した壁は威力に耐えきれず、岩がガラガラと崩れると……岩で塞がれていたであろう、今まで隠されていたもう一つの通路が出てきた。
あ……もしかして出口に通じてる?
「ごめん、何も知らずに傷つけちゃって。教えてくれてありがとう」
「ほら行くぜ、エメラ」
「わーん、折角ルビー見つけたのに〜……」
「それどころじゃないだろ」
みんなで魔物達をこれ以上傷つけないよう、走りながらその通路に入る。
その直後、ドラゴンが咆哮した。その気持ちが、私の胸の中にかすかながらに伝わってくる。
ありがとう────か。元々こっちから入って来ちゃったのだから、お礼なんていらないのに。
でも少し嬉しくなって笑みを浮かべながら、ドラゴン達のいる広間を後にした。
「大分進んだね……」
「もうすぐ出られるかもな」
私達は入って来た時と同様、またカンテラ魔法で道を照らしながら進んでいた。空洞からしばらく歩いて、出口に近づいているとは思うのだけど。
さっきの戦闘疲れもあり、帰り道が長く感じた。荒れた息遣いが聞こえ、暗がりでもみんながくたびれているのがわかる。私も同様だった。
湿った岩で滑らないよう、足元を確認しながら進んでいく。踏み外さないように気をつけないとな……そう思って、岩の地面に視線を移した、その時。
「……あれ?」
たまたまカンテラで照らした私の足元に紅い石がある。さっき見かけたものと同じ、紅い鉱物だ。
これって……まだルビーがある? しかも一つだけじゃない。二つ、三つ……岩のそこら中にある!
まさか……!
「お、おい! あれ!」
イアが指さした先。そのには大きな紅い石の塊が鎮座している。そして、その周りにはそれに連なるように飛び出している結晶も。
「鉱脈だ!」
「やったーー‼︎」
それを見たエメラは大喜びだ。私達も、苦労した甲斐があったとほっと息をつく。
「よし、やるぜ!」
鉱脈の近くまで来た私達は、ルビーの結晶を取り囲み、採掘をし始めることに。
……近くで見ると余計にその大きさに圧倒される。鉱脈の中心の塊なんて、私達の身長を超えているし。
これだけの大きさがあれば、素人の私達でも削ることが出来る。力に自信があるイアが、早速私の持って来たツルハシを使って、岩を削ってルビーを発掘していった。
「よっしゃあ、採れたぜ!」
イアは採り出したばかりのルビーの欠けらを掲げて満足そうにいった。
見事なまでの紅い色。灯りはカンテラ魔法の小さな光のみだとしても、それを反射するルビーは太陽のように眩しかった。
「これだけあればわたしの欲しいものも買えるよ! みんなありがとう!」
「はん、苦労した甲斐があったな」
「貴重なものだし、必要以上に採らないようにしよう」
エメラの必要な分と私とルーザとイアは記念のお土産に、と一欠片採掘した。
これで用事も終わり。私達は早く洞窟から出たい気持ちもあって、先を急いだ。そうしてしばらく進んで行くと、視界の先に光が溢れ出していく。
出口だ……!
それを確信し、私達はさらに走るスピードを上げる。駆け足で出口に行き、倒れこむように洞窟から出た。
「すう……はあ……」
私は思い切り外の空気を吸い込む。
暖かみのある、それでいて何処かすっきりする空気が私の喉を通っていく。ホッとする瞬間だ。
「で、出られたあ……!」
「ははっ……とんだ大冒険だったな……!」
「ふん……しばらくは大人しくしたいもんだ……」
みんな、汗と坑道の土でベタベタだ。そんな見るからに満身創痍だというのに、表情は達成感から晴れやかなもので。そんな私達を、木漏れ日が優しく照らし出す。
……いろんな意味で忘れられないや、こんなこと。私は日差しの眩しさに目を細めながら心の中でそう呟いた。
それからしばらくエメラのカフェで休んだ後に、エメラはルビーの原石を売りに行った。
流石にあの量だと充分すぎるくらい、資金も溜まったみたいだ。エメラはお金がたっぷりと入ったずっしりと重量のある財布を抱きしめながら、満足そうに笑っていた。
「……で、結局何に使うの、それ?」
「えっへへ〜……。明日のお楽しみ!」
……なんて、最後までエメラが何に使うかは教えて貰えなかった。
……満月まであと二日。




