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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第1章 光の旋律
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第1話 日常(1)

 

 ……世界が滅ぶ、なんて言われて信じられるだろうか?

 大抵はそんなことあるわけないと鼻で笑って、馬鹿馬鹿しいと思うだろう。どうせ冗談だろうと思って、殆どが相手にしない話。

 それでも、私はそれに関わることになった。とある出来事、些細なきっかけで日常が狂って、世界が滅びゆく様を目の当たりにした。


 そのきっかけというのが────


 *──────────────────────*


「ふぁ〜あ…」


 窓から差し込む朝日に目を細めながら私はのびをした。起き掛けでまだ残っている眠気を飛ばすべく頭を軽く振りながらベッドから身体を起こすと、頭から垂れているうさぎのような長い耳も一緒にふるりと揺れた。


「そろそろ起きよう、と……」


 一人でそう呟きながら私────ルジェリアはベッドからいそいそと抜け出し、学校へ登校する準備を始めるべく動き始めた。

 私はここ、ミラーアイランドといわれる国の魔法学校に通うごく普通の……とは少々言い難い15歳の、見た目は耳を垂らした兎に近い薄い桃色の妖精。友達からはルジェリアではなく、呼び名であるルージュと呼ばれることが多い。


 まずは身支度を済ませようと、私はクローゼットから裾に黄色のラインが入った桃色のワンピースを取り出してそれに腕を通す。着替え終えてからは、鏡を覗き込んで身なりを整えていった。

 右側の毛をまとめて三つ編みを作り、その付け根に月の髪飾りを添える。顔を水で洗って眠気を飛ばして、水気をタオルで拭き取ると、眠気でぼんやりとしていた視界と頭も一気に鮮明なものとなった。


「ぷはっ」


 水気をすっかり拭い去った後につぶっていた目を開いて、私は目の前にある光景を直視する。

 ……鏡に映る私の目は相変わらず紅い。生まれつきだけど、妖精でこんな色をしているのは私だけだった。コンプレックス、という程までには気にしてはいないけれど、珍しがられるだけならまだしも、ジロジロ見られるのはあまりいい気分がするものではなかった。


 それから朝食を済ませて、家を出て学校へ向かうべく出発する。もちろん、家の扉と外の門に鍵掛けの呪文を忘れずにかけて。

 私が住んでる家……というか、屋敷の前には『迷いの森』が広がっている。名前だけじゃ物騒だけど、実際は魔力で中の広さや道も調節出来る、いわばセキュリティみたいなもの。

 学校に行くには道はこっちしかないし、屋敷側から入ればまっすぐ歩いてつけるために私は迷わず入る。

 季節は秋の月なのだけど、南に位置する島国なおかげでほぼ常夏。まだ暑さも残る中、森の中はひんやりしているようで心地良い。私の身長の5倍はありそうな木々が連なっているこの場所は、うっそうとしつつも心が安らぐところだ。


 そしてしばらく進んでいると、賑やかな声が聞こえてきた。迷いの森には場違いな、そんな明るい会話が木々の隙間を抜けて響く。


「あれ〜? こっちのはずだよね⁉︎」


「何言ってんだ。さっきも通ったぜ、ここ」


「そ、そんなぁ!」


 ……なんて、慌てた女の子の声と、呆れてため息混じりの男の子の声が聞こえてきた。

 私も思わずため息をつく。ここにためらわず入ってくる妖精なんて、2人しか思い当たらない。


「何やってんの、2人とも……」


 私は声の主で、そして私の友達である2人の姿……『エメラ』と『イア』の姿を見て、思わずそう漏らした。


「うわーんっ! ルージュー!」


 私を見てエメラが飛びついてくる。

 エメラは耳が蝶のような形の、エメラルドが守護石の妖精。服装は緑を基調としたエプロンドレスに、大きな耳の間に添えたヘアバンド。そして女の子らしい、大きな丸い緑の瞳を潤ませて私にしがみついて離れない。

 その格好が指し示す通り、エメラは王国の王都郊外にあるカフェの看板娘。お菓子作りが得意で、本人も無類の甘いもの好きだ。


「道に迷ってな。道を変えたんじゃないかって思ってたけどよ」


 そんな半べそ状態のエメラとは対照的に、イアは余裕そうに頭の後ろで手を組んでいる。


 イアはサファイアの灰色の男妖精。尖った小さな耳でサファイアのような蒼い瞳を持つ、という感じの容姿。それに加えて、男子らしく私とエメラより少し背が高い。スポーツが趣味で、身体を動かすことが大好きな男子らしい男子。

 そして、イアは私が今の学校に来てから最初にできた友達でもある。2人とも、抱えている事情のせいで今年になってからようやく学校にもまともに通えるようになった私のかけがえのない存在だ。


 案の定、2人は道に迷って進むことも出来ず、同じ道をずっとウロウロしていたらしい。特にエメラはこのまま出られないんじゃないかと思っていたらしく、それで私に飛びかかって来たとのことだ。


「まったく。ほら、案内するからついて来て」


 私は2人を連れて森を出る。エメラは相当困っていたようで、歩き出しても私の腕に引っ付いたまま。ちょっと歩きにくいけれど、不安だったなら仕方ないかな、とそのままにしておいた。

 やがて森から出て、木漏れ日程度だった日差しが強く私達を照らした。木々の影が視界から消え去り、街の風景がおぼろげに広がっていく。


「あ、良かった、出られた……」


「だからやめとけって言ったのによ」


「だってぇ」


 エメラがホッとする中、イアはまだげんなりとした表情を浮かべている。

 実はこんな状況に陥ったのは今回に限ったことじゃない。エメラは筆記テストでの成績は良好だから頭は良い方なのだけど、たまに勢いだけで突っ走るところがある。これがそのいい例だ。


「わざわざ来なくてもいつもの集合場所で良かったのに。そもそもここ、学校から反対側だし……」


「だってたまにはいいでしょ? 他の場所で待ち合わせばっかりでルージュのところ、遊びに行く以外には行かないんだもん」


「でもここ一応、迷いの森で普通の妖精では危険って言われてる場所なんだけど」


「いいの! わたし達友達、問題なし!」


「迷ってる時点で問題大アリだよ……」


 エメラは何でもないように言うけれど……普通は好き好んで迷いの森に入ってくるのなんて、普通はためらうところだ。2人は私の家だから、と怖がる必要がないとはいえ、あくまでこの森はセキュリティ。気軽に入れるものでもないのだけれど。

 でも、そうやって仲良くしてくれるのは素直に嬉しかった。私は他人付き合いが得意な方じゃないがために、自分から行くのが難しく感じてしまうから。


「まあ、なんでもいいじゃねえか。遅刻しちまうし、さっさと行こうぜ」


 そんな私とエメラを仲裁するようにイアが先頭を切って歩き出す。イアの言う通り、ここで時間を余計に費やすわけにはいかないからと、私とエメラは急いでその後を追った。


 しばらくして私達が通っている学校に着く。古い木造で街外れにある小さな学校。良く言えば歴史を感じる、悪く言えば見すぼらしいこじんまりとした場所だけど、周りは緑に囲まれていて居心地が良かった。

 生徒も一学年、20人前後ほどで普段使用する教室も4つしかない。この学校は全四学年……つまり一学年に一クラスずつしかないという訳だ。

 だけど人数が少ない分、私みたいな他人付き合いが苦手な生徒でも馴染みやすい利点がある。学校があまり慣れていない私でも馴染めたのはその理由が大きかった。


 教室に入り、私はカバンから授業で使う魔法書など必要なものを取り出していく。その最中、先に準備を終えたらしいエメラが他のクラスメート達に挨拶しながら私の席に駆け寄ってきた。


「さっき言い忘れちゃってた。新しいメニュー作ったから、またイアと味見してくれない?」


「うん、もちろん」


 エメラの提案に迷うことなく頷く。

 カフェの看板娘であるエメラは店の手伝いの一環として自分でもメニューを考えていて、こうして味見に付き合うことがたまにあった。

 その会話が聞こえていたんだろう、私の前の席であるイアも後ろを向きながら話に加わる。


「おう、今度は何作ったんだ?」


「スイートポテトプリンだよ! 秋の季節にぴったりなんだから」


「へえ。名前からしても美味しそう」


 スイートポテトというくらいだ。秋らしい、山吹色のプリンなのかな、と想像を膨らませる。

 お菓子を飾り付けるのが大好きなエメラのことだ。きっとプリンの周りを、真っ白なホイップクリームをふんだんに使って綺麗に飾っていることだろう。


「だけどよ、ここほとんど常夏だぜ? 秋は無いようなもんだし」


「いいの! 気分だけでもいいでしょ!」


「まあまあ。いいじゃない、美味しければいいと思うよ」


 些細なことで揉め出した2人をなだめる。

 なんだか最近こうやって2人の小競り合いを止める役割になってきている気がする。距離が縮まっている証拠かな、と私は笑みを浮かべた。


「あとルージュ、味見の後付き合って!」


「いいけど……何に?」


「ルージュに似合いそうな服見つけたの!」


「げっ⁉︎」


 そのセリフを聞いた途端に私は後ろに下がる。

 私は服には興味はないし、大体服を買うとしたらエメラに無理矢理に買わされるパターンがほとんどだった。

 また振り回されるのは御免だ!


「げっ、とはなによ! 折角ルージュのためを思って見つけてあげたのに!」


「そんなこと言って、また自分の趣味を押し付けようってことでしょ。私が何回エメラの買い物に付き合わされたと思ってるの?」


「え。え〜……っと、今回はそんなことないと思うけどなぁ〜」


「目が泳いでるぞ、エメラ」


 エメラはわざとらしい笑みを顔に貼り付け、気まずそうに目線を逸らすという、まったくわかりやすい挙動不振っぷりに堪らずイアが横槍を入れる。そんなエメラに、私もやれやれとため息をついた。


「と、とにかく付き合って! 今日だけ、ほんのちょっとだけでいいから! ひとりぼっちは寂しいんだもん!」


 エメラは手を合わせて大袈裟に頼んでくる。

 そうはいってもこのことを忘れてまた頼んでくるだろうけど。何回も断っているというのに、全く懲りていないんだから。

 でも、このままでもずっとこうされるだろうし……どうしよう。


「……分かった。今日だけだからね」


「ホント⁉︎ やったー!」


「現金なやつだな、おい」


 結局、私が折れる形で話は決着した。嫌々でも構わないらしいエメラはまた大袈裟に喜び、それを見て私もイアも呆れ顔。

 ……とその時、学校の鐘が大きく鳴り響く。授業の始まりを合図する鐘だ。


 あっ、授業の準備しないと。

 2人も自分の席に戻り、支度をし始める。私もこの授業で使われる予定の魔法書を取り出して机の上に置き、用意を済ませた。

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