第70話 夢幻の息吹(1)
たった今、思いついた作戦を伝える前に確認することがある。
確証はあるのだが、なんの根拠があるのかと問われればないものだ。自分の憶測でしかなく、ライヤに直接確かめたことはないことだった。それが否定されればこの作品もパァになるのだが……オスクから聞き出した話ではほぼ確実だ。
「ライヤ、単刀直入に聞くが……」
「は、はい」
真剣に聞くオレの声にライヤの表情も強張る。オレも、まだ確認が取れていないことを聞くだけに少々緊張が走る。
「……お前、命の大精霊だろ?」
「えっ⁉︎」
オレの言葉にライヤは驚きの声を上げる。それはオレがいきなり訳のわからないことを問うからではなく、図星を突かれたことから来るものだ。
ライヤも急に聞かれるとは思わなかったのだろう、気まずそうに顔を逸らす。
「な、なんのことですか……?」
「隠したって無駄だ。前から思っていたことだからな」
オスクに話を聞く前から、ライヤがそれらしき存在ということを思わせる点はいくつかあった。それに気づいたのもさっきだが。
例えば、『滅び』の存在を知っているかどうか。確かに大精霊を通じて他の精霊達も情報を共有しているにしろ、まだ少ない筈だ。だが、ライヤは少なくとも最近は現実に行っていないのに、その存在を認知している。それに、普通の精霊ではできない、『悪夢』の中に入り込んだ『滅び』の気配も感じ取っていた。
それにライヤは今いるこの森を素早く見つけ、なんの疑問も持たずに飛び込んだ。まるで最初からその森があったのを知っていたようだし、普通はここだけ自然が残っているのに首を傾げるだろう。
「この森も、前にいた花畑も、お前が出したんじゃないか?」
「うう……」
言い出しにくいからか、今まで隠していたことへの後ろめたさか、ライヤは申し訳なさそうに縮こまる。オレはそんなライヤに大きなため息を一つ漏らし、ライヤに向き直る。
「別にお前を責めようって訳じゃない。作戦に必要だから聞いたんだ」
「は、はい。分かってます……分かってますけど!」
ライヤは一瞬だけ、声を荒げた。表情に僅かながらも苦しみの色を含ませながら。
その理由を掘り返すのがいい話ではないということはすぐにわかった。ライヤは苦しそうに、それでも確かに言葉を紡ぎ始めた。
「私も、隠したかった訳じゃないんです。もっと早く打ち明けていれば、ルーザさんの助けにもなるかもしれないとは思ってました」
「……でも、できなかったのはなんでなんだ?」
「『あの精霊』に口止めされていたのと、私自身も何処か言うことに抵抗あったんです」
それから、ライヤはようやくゆっくりと顔を上げた。
「命の大精霊の力は主に、傷を癒したり、こうして自然の成長を助けることです。でもそんな力なばかりに、利用しようとした方もいたので……」
確かに、聞く限りでは誰もが羨みそうな力だ。傷は治り、緑を溢れ返させる程の能力。……反面、それにすがろうとする輩も多そうだ。
その予想は的中。ライヤが言うには、酷い怪我を負った精霊達が次々押しかけたり、死んでしまった身内を生き返らせて欲しいと一方的に頼まれたり、荒れた土地を再生させろとせがまれたり……そんな奴らが少なからずいたらしい。
「私はその方達にとって都合のいい薬箱だったんです。私の返事なんかどうでもいい、治しさえすれば表面ばかりのお礼を告げて、後は知らん顔です。あの精霊はそれを嫌って、私と共に身を隠しました」
「……辛かったんだな。だが隠れたりなんかしたら、また罵倒されただろ?」
「……はい。薄情者や、裏切り者って。名前も知らない方達ばかりだったのに。いくら命の大精霊でも死者は蘇らせないと説明したのに、全然聞いてもらえませんでした」
────全く関係ない奴らなのに。
────万能というわけではないのに。
────辛いから……逃げ出したのに。
そいつらは自分の都合を押し付け、結果さえ良ければライヤやレシスのことは無視、できなかったり逃げたりすれば文句を言う……つくづく、自分勝手な奴らだ。そんな腐った連中はどの時代、どこにでもいるものだな……。
自分の悲惨な過去を綴り、同情を誘わせておいて、不要になればすぐに捨てる。悲惨なものを背負わさせているのは逆だというのに。
ライヤもルージュもそこは似た者同士、辛い経験が足かせとなって打ち明けることを拒ませている。ルージュもきっかけがあれば、こうして心を開いてくれるのだろうか?
「だからちょっと怖かったんです。もちろん、ルーザさんはそんなことしないとわかってますけど! でも、どうしても身体がすくんじゃって……」
「気にするな。こっちこそ無理矢理掘り返して悪かった。だが、この作戦には必要だったんだ」
夢の世界に蔓延っている『悪夢』を退けるには、今オレの手元にある夢の世界の制御を行う宝石が必要不可欠だ。
だが、それだけでは足りない。あの『悪夢』には『滅び』に侵されてしまっている。元々この世界にはない力を消し去るということはこの宝石でも不可能な筈だ。
「そこで、お前の出番というわけだ」
大精霊の力は『滅び』を退けられる。ライヤと宝石の力を組み合わせれば、侵された『悪夢』を消滅させることができる……という寸法だ。
「お前の命の大精霊としての力で『悪夢』をひるませてから、オレがこの宝石を突きつける。……できるか?」
「は、はい……! 自信はあまりないですけど」
「心配するな。こんな規模が小さくてもそこそこでかい森を出せるんだ、力は本物だろ?」
「え? あ、えと、この森……私がくしゃみした勢いで出しちゃったんですけど」
オレが励ましのつもりで言った言葉から返された、衝撃のカミングアウト。途端に、オレのライヤを見る目が変わる。
「じゃあなんだ、今オレはお前のくしゃみの跡地に腰を下ろしてんのかよ……」
「ひ、酷いです〜! さっき力は本物だって言ってくれたばかりじゃないですか!」
「お前がそう思わせたんだろうが……」
でもまあ、くしゃみでもなんでも本気を出せば森なんて一瞬で出せる程の力があることは証明された。『滅び』の力を消滅させるのにはライヤの力がそれに勝らなくてはならないとなれば尚更。
後はこの宝石が鍵となる。この宝石が『悪夢』はこの世界の脅威になり得ることを、ちゃんと判断してくれればいいのだが。
この世界の『悪夢』はバランスを維持するために必要な存在だとしても、『滅び』に呑まれてしまえばただの化け物だ。『滅び』の結晶が片付くまで『悪夢』を生み出さないようにしてくれれば万々歳。だが、そう都合のいいように宝石が働いてくれるかはオレの意思ではどうにもできない。
今はせめて願うばかりだ。そんな思いが自然と拳に力を入れさせ、オレは宝石をぎゅっと握りしめた。
「あ、メアちゃんはどうしましょう。目を離したら心配ですけど……」
「この森に隠しておけ。ここならお前の力のおかげか他の『悪夢』は入ってこないようだしな」
ライヤが生み出した森だからか、隠れる場所は少ないというのに『悪夢』は入ってこなかった。やはりライヤの力に『滅び』が入ることを拒んでいるようだ。
それだとこの世界で今、一番安全な場所はこの森となる。ライヤもそれに気づいたらしく、腕に抱えていたメアをそっと地面に下ろした。
「いいですか、メアちゃん。私がいいって言うまで出てきちゃ駄目ですよ?」
『────!』
メアはライヤの言葉にぴょんぴょん跳ねる。黒いモヤをバタつかせるその行動。目も、口も、手足も無いその身体ではやはり何を言っているのかさっぱりわからない。
わからない……筈なのに、さっき覆い被さられたせいか、何故か伝わってくるような気もした。
「そいつもお前の過去に少しは同情したんじゃないのか? さっきまでお前の腕の中で随分大人しかったしな」
「え、ええ? そうなんですか、メアちゃん?」
そのライヤの問いに返される言葉はない。相変わらず、黒いモヤは跳ね回るのみ。そこに込められた意思も伝わらないが、見送ってくれているかのようだった。……まるで、命が宿ったかのように。
ライヤもそんなメアの様子にクスッと笑みが溢れる。
「メアちゃん……私、絶対に成し遂げてみせますから! メアちゃんの世界を元に戻すために!」
「行くぞ。時間がない」
オレがそういうとライヤは素直に返事をして、メアのことを後にする。
この森に残っている力もいつまでもつかわからない。ならば、早いとこケリを着けたいところだ。いつまでも『悪夢』の脅威に晒されてビクビクしているのは心臓に悪い。
オレとライヤは森から一歩、外に踏み出す。それは戦いの始まりを意味する行動。……瞬間、オレとライヤの周囲にはドス黒い気配で覆い尽くされた。




