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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第69話 迷夢の策士(3)


 逃げ込んだ森の内部……そこは生い茂る木や根元に生えるヤドリギが重なっているおかげで、外からは生き物が見え辛くなっていた。ライヤの身をすっぽり覆い隠せそうな場所こそ少なくないものの、なんとか休憩するにはもってこいだ。

 オレとライヤは森の奥まで行くと、少しでも体力を回復しようとその場に腰を下ろす。


「ふう。やっと休めます……」


「お前、さっきからずっと走ってたのか?」


「はい。戦いもしましたが、メアちゃんを見失っちゃいそうでやりづらくて」


「……ん? ちょっと待て、お前今なんて言った」


 ライヤの言葉に違和感を感じ、オレは思わず聞き返す。当のライヤはきょとんとしながら首を傾げる。


「戦いもしましたが、って言いましたけど」


「違う、その後だよ! なんだよ、『メア』って⁉︎」


 オレがそう言うと、ライヤは「ああ!」と顔を輝かせる。


「私、この『悪夢』に名前を付けてあげたんです。ナイトメアからとって、メアって。可愛いですよね?」


「は? 可愛い……?」


 ……オレはそのメアとやらをじっと見据える。

 他の『悪夢』と変わらない、黒いモヤでゆらゆら揺らめいている生き物ならざるその姿。これのどこに可愛い要素があるんだか。こんな奴に名前を付けるライヤのセンスを疑う。


「あっ! ルーザさん、今馬鹿にしましたね⁉︎」


「いや、するだろ……。何処が可愛いんだよ、こんな奴」


「酷いです〜! 可愛ければいいじゃないですか!」


 口を尖らせるライヤはメアに向かって、「ねー!」と同意を求める。メアもぴょんぴょん飛び跳ね、オレに抗議するような反応を示してきた。

 意気投合してやがる……。なんなんだこいつら。


 それより、今の状況を打破する手立てを探さなければ。

 相変わらず、この世界にはオレとライヤしかいない。明らかに戦力不足ではあるが、暴れまわっている『悪夢』をなんとかしない限り、平穏はいつまで経っても訪れない。それではこの世界に留まり続けることを強制されているライヤが哀れ過ぎる。

 元凶を叩き潰せれば早いのだが……あいにく、そこまで辿り着いていない。今ある手札の中でなんとかしなければならないんだ。


「一匹一匹が弱くても多勢に無勢だな……。このまま突っ込んでもジリ貧だ」


「はい……。夢の世界を制御しているものがあればまだ打破出来るかもしれませんが。それも見つかってないですし」


 確かにライヤが以前、そんなことを言っていた。夢の世界には世界を制御する『何か』があり、それがオレにあの地割れを起こして予知夢を見せてきたんじゃないか……と。だが、それもライヤの言う通り見つかってない。それに頼るのは無理そうだ。


 オレの今、手元にあるものは……鎌と、あの宝石だけ。これだけで状況を好転させるのはできる気がしないのだが。

 オレはふと、懐からその宝石を取り出して日に透かしてみる。宝石は木々から漏れる光を反射して、頼りなくオレの手の中を照らすのみ。やはりなんなのかわからなかった。


『────ッ! ─────‼︎』


「……ん?」


 その時、何故かメアが宝石を見て興奮し始めた。さっきとは比較にならない程、びょんびょんと飛び跳ねて宝石に反応している。突然のことにライヤも慌ててメアを腕に抱えた。


「ど、どうしたんですか、メアちゃん? この宝石に何か見覚えが?」


「って、言っても飛び跳ねるだけじゃわからねえよ」


 メアはライヤは抱えられながらも、煙のような身体をバタつかせて何かを伝えようとしている。それでも、そんな仕草だけではさっぱりわからない。


「お前、『悪夢』だろ? それなら悪夢らしく、伝えたいことを夢に見せてみろよ」


『────!』


 その手があった、と言わんばかりにメアはライヤの腕から飛び出す。そして前回と同様、オレの顔に飛びついて、オレの視界全てを覆った。

 きゅ、急だな……。だが、前回よりはマシか。

 オレはメアに身を任せ、目を閉じる。やがて襲ってきた睡魔に誘われるまま、意識を一瞬手放した……。





 ────オレの目の前で暗闇が形を成していく。

 暗い。真っ暗だ……それでも、何故かそこにあるという認識は出来る不思議な感覚。その暗闇はゴツゴツとした岩へと姿を変えた。

 岩だらけで、殺風景な光景。洞窟のようでもそれ以外に言い表すこともないなんの特徴のない景色で。そんな何もない場所だというのに……その中央に、オレは目を奪われた。


 中央に太陽に見間違える程にまで輝く大きな赤い結晶が鎮座していた。その景色こそドラゴンがいる洞窟のルビーの鉱脈に似ているものの、その輝きは比較にならない。巨大な赤い結晶はこの暗い空間を眩く照らし出し、まさに夢のような光景だった。やがてその景色は結晶が波動のようなものを放ち……それは地を伝い、この世界全てに伝わっていくものへと変わっていく。

 しかもその結晶の質感。大きさこそ違えど、オレが持っていたあの宝石と同じように思えた。


 まさか────そう思った時、オレの意識は再びぶつっと途切れた。





「……あっ。ルーザさん、どうでした⁉︎ メアちゃんの伝えたいこと、伝わりました?」


 その途端。視界が明るくなると同時にライヤの質問ぜめが飛んでくる。……どうやら、メアが見せた景色から目覚めたらしい。

 そして、知りたかったメアの意思もちゃんと伝わった。


「ああ、伝わった。この宝石……夢の世界を制御しているやつだったんだ」


 オレは手放していた宝石を拾い上げ、今までのことをライヤに説明していく。それが終わる頃にはライヤの表情も驚きの色に変わっていた。


「その宝石がまさか夢の世界を制御しているものだったなんて……」


「オレも最初信じられなかったがな。だがメアの反応と、さっきの光景からしても、これがこの世界にとって重要なものだってのはすぐに分かる。大きさが違うのはあるべき場所に無いせいだろ」


 夢の世界に異変が起こり始めたのは制御するものに何かあったからだと考えていた。そして、その考えは的を射ていた────こうしてオレの手元にあるように宝石は自分の居場所を『滅び』に追い出され、世界は朽ち果てようとしている。

 だとすれば今、この宝石があるべき場所に据えられているのは────あのどす黒い結晶に違いない。この、夢の世界のコアとも呼ぶべき存在が失われ、あの結晶の好き勝手にやらせていれば、待っているのは破滅のみ。予想以上に事態は一刻を争うことになっていたんだ。


「でも、そうだとしてもどうすればいいんですか? その前に侵された『悪夢』をどうにかしなければいけないですし、そもそも残っている『悪夢』の数が多すぎます! 私達だけでどうこうできるものじゃないですよ!」


「それについては任せろ。いい作戦がある」


 ……その作戦は、たった今思いついたんだが。

『悪夢』を退散させるだけならこの二人でもなんとかなる。正確にはオレは足止めするだけで、実際はこの宝石の力と、ライヤを頼ることになるが。

 オレの推測が正しければきっと上手くいく。この状況を切り抜けられる手立てが今、オレの手元に確かにあるんだ。


 ……まだ積み上がっているものは多すぎる。夢の世界のこと、ルージュの過去と狂気。オレが今背負っているものはどれも重く、押しつぶされてしまいそうな責任がある。

 それでも。必ず道は拓ける時が来る。時間はかかろうとも、苦労が待っていようとも、一つずつ確実に掴んでみせる。オレは我儘だ、強欲だ。どれも捨てたくはないんだ。



 だからオレは全てを掴み取る。一つだって零れ落ちることなく────必ず。

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