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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第69話 迷夢の策士(2)

 

 ……ルージュの容態は回復の兆しにあった。

 身体こそまだ少し痙攣けいれんさせていたものの、ルージュの意識は戻っていて、儚げながら……それでも確かな笑みを返してくれた。

 クリスタも心配してたが、妹がそんな状態で自分も過剰に取り乱すのはかえって良くないと理解していたらしい。ルージュの臣下のエルトによれば、罪滅ぼしなのか溜めていた書類を全て消化していたとのことだ。


 オレにもまだ罪の意識はあった。原因がどうあれ、今のルージュの状態を引き起こしたのはオレの責任だ。クリスタも「あなたは悪くない」と言ってくれたが……オレにはルージュの言葉が胸の奥に突き刺さっていた。

 が怖いと。唯一はっきり聞こえた、ルージュの訴えが。


『目』────それが今、ルージュの記憶に突き刺さる意味はわからない。それでも、あんな状態でさえ言葉にする程のことだ、きっとルージュにとってトラウマの中でもタチが悪いものだ。


「それは本人に聞くしか分からないとして、今の状況だよな」


 オレは周囲をぐるっと見回す。オレが今、立っているのは城の石タイルの上でもなく、ベッドの上でもなく、……雑草がまばらに生えているだけの特徴のない土の地面。

 ────オレはまた、夢の世界へと来ていたんだ。


「まさか、本当に来れるとはな……」


 昼間の無意味にも思えた腹の底からの叫びが聞き届けられるのは複雑なところがあるが、早いとこ夢の世界に行きたかったオレには願ったり叶ったりだ。この世界に来れたことが、今回になって初めて嬉しく思えた。


 言霊は呪いに似た効力がある、か……。覚えておこう。

 昼間にオスクに言われたことは、半信半疑でもこうして効力は発揮されているところがある。覚えていても損はないだろう、いつか役に立つかもしれない。

 言葉にすることは悪くないが、それでもあんなこっぱずかしい姿をさらすのは二度と御免だ。やった後、なんだなんだとばかりに通りすがりの妖精に奇異なものを見る眼差しを向けられたしな……。

 それでも、本当にどうしようもない時、決定打が見出せない時、それにすがるのはいいのかもしれない。情けないことでも、それが起点となるならば。


 とにかく……まずはライヤと合流だ。『悪夢』のこともあるし、ライヤの身が心配だ。

 服の土を払い落とし、オレは立ち上がる。


「ん?」


 その時、何かが身体に当たった。外側じゃない、服の内側から感じる少々の違和感。

 感覚を頼りにその原因を探る。そして……法衣の内側から、その『何か』を取り出した。


「こいつは……確か」


 以前、この世界に起こった地割れに巻き込まれた時に拾った赤い宝石だった。だが、言ってしまえばそれだけ。小さく、光を反射して輝くそれは使い道もわからず、今の今まで忘れていた。気になるから拾ったものの、やはり役に立ちそうにはない。この宝石より、今はライヤのことが先だ。

 宝石を再びしまい込み、今度こそ立ち上がる。辺りの安全を確認し、ライヤがいそうな場所へと駆け出した。


 ……世界は、以前より荒れていた。

 オレがいない間に『悪夢』が暴れまわったせいなのか────草は千切れ、木は倒れて、地面はヒビ割れて。前回はなんとなく感じていたものが、今ははっきりとわかる。夢の名を冠するこの世界は、今やその名を捨て去ったかのように荒廃しきっていた。

 増えも減りもせず、ただただ喪失感ばかりがその場に残る。これが、『滅び』なのか……。


「る、ルーザさーんっ‼︎」


「……!」


 辺りを見回していると、聞き覚えのある声が響いてくる。その声を辿ると白い法衣をバタつかせながら、必死になって『悪夢』から逃げ惑うライヤの姿が。

 ……だが、ライヤよりも目につくのがその後ろで追いかけてくる『悪夢』の数。

 多い。多すぎる。黒いモヤは群れを成し、辺りを覆い尽くす程の敵の数。生き物ならざる姿が姿なだけに、纏まると一個の馬鹿でかい影と化して余計に恐ろしい。


「おまっ……! 一体、何をどうやればそんな惨状になるんだよ⁉︎」


「こ、こっちが聞きたいですー!」


 ライヤはそんな情けない悲鳴をあげながらオレの所まで辿り着いて、オレの背に隠れた。その腕には『悪夢』が一匹、大事そうに抱えられている。

 まだ『滅び』に侵されていない『悪夢』だ。オレが現実に戻る手段のためにと、ライヤは言いつけ通り捕まえておいてくれたらしい。

『悪夢』はライヤの腕に包まれ、まるでぬいぐるみのような扱いだったが……呑気にそんなことを考えている暇はなかった。目の前から黒い波が押し寄せている。


 くっそ、こんなところでくたばっていられるか!

 そう思ってからの行動は早かった。オレは懐から取り出した鎌を素早く構え、その場で勢いに任せて振りかぶる。


「『カタストロフィ』‼︎」


 魔力を込めた鎌を大きく振り下ろし、刃がヒュッと風を切る。

 そこから放たれた衝撃波が『悪夢』の群れを直撃。黒い波はより一層強く波立って、波を形成していた黒いモヤは散り散りになっていく。

 全てを倒しきった訳ではないが、牽制には充分だ。襲撃を食い止めた今の内にライヤの体力を回復する場所を探さねえと……!


「ルーザさん、あそこに森があります! あそこに隠れましょう!」


「も、森……?」


 確かにライヤが指差す先に森はあった。ここでは珍しく木が生い茂る、自然の生きる様が。

 森にしては規模が小さめだし、そこだけに木が残っているのも不自然だが今は手段を選んでいられない。オレとライヤと……おまけ一匹は脇目も振らずに森へと逃げ込んだ。

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