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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第69話 迷夢の策士(1)

 

 新聞を握りしめたまま、オレは一人でトボトボと歩いていた。

 カフェで3人と別れてしばらくする。時間はそれなりに経っているというのに、未だに心の整理が追いついていない。重い足かせがずっとくっついてきているようにオレの足取りは重いものだった。


 今まで知らなかった、ルージュの過去。それはオレが思っていた以上に辛く、哀しいものだった。話を聞いただけで、ルージュの傷を全て知った訳ではないのにこれほどまでにも重圧をかけるものだ。

 ……それに、ルージュが心を開いていないのは行動にも現れていた。


 あいつは仲間と仲良くするものの、自分から他人の内面に踏み込もうとすることは一切なく、こっちが告げるまでずっと待ってるばかりだった。戦闘でも自分一人で状況を好転させようとすることが多く、誰かに協力を求めようとする姿勢はあまりない。ドラゴンとやりあった時や、カグヤに立ち向かった時も作戦を共有せず、自分だけで打破しようとしていた。

 他人を気にかけるのも、自分の心の傷を誤魔化すためだったのかもしれない……。


「大分落ち込んでるじゃん。そんなにショックだったわけ?」


「……オスク」


 その内、いつの間にかふらふらと城まで戻ってきていたオレにオスクが話しかけてきた。いつものように呑気に浮遊して、オレを見下ろす体勢。そう言ってきた言葉の割には励ます要素は一切なく、寧ろ小馬鹿にしてきているような態度だ。

 ……まあ、励まし方なんて知らなさそうなオスクにそんなことを期待するのは始めから無意味なのだろうが。


「お前に言ったってわかんねえよ。オレだって全て理解できてないってのに」


「あっそ。ま、聞くつもりはないけど。さっきのやつもちんぷんかんぷんだったし」


「……ん? さっきのやつ?」


 オスクの言葉に違和感を覚える。まるでさっきの会話を聞いていた、みたいな言葉だ。


「お前に言われたやつが読み終わったから、上で浮いてたんだけど。気づかなかったわけ?」


「それを理由に堂々と盗み聞きしてたのかよ……。悪趣味だな」


「ハハッ、悪趣味で結構! 説明する手間が省けるっしょ?」


 悪びれもせず、得意げに笑うオスク。ここまで開き直っていると最早怒る気力もしぼんでくる。……そんな振る舞いをしているオスクを見たからか、さっきの重くのしかかった肩の力が少し抜けたような気もした。

 オスク……まさかそれを狙ってか? いや、考えすぎか……?


「まあ、いい。それで、お前に頼んだやつはどうなったんだよ?」


「別に。って、いってもほとんどお前が知ってるようなものばかりだぞ。正直、無駄骨だった」


 オスクはそういってパチンと指を鳴らす。すると、オスクに頼んでいた資料がオレの目の前に出現し、内容を開いて見せてくる。

 夢の世界の成り立ち、『悪夢』の存在、夢の世界の状況と……他の異世界のことについて少々。成る程、実際に行ったオレが知っているような情報ばかりだ。

 元々駄目元で調べていたのだが、空振りなのはやはり落ち込む要素になる。オレは落胆から深いため息をついた。


「ま、落ち込むことないんじゃないの。進展がないってことはこれ以上の要素は夢にないってことじゃん」


「それはそうだがな……。結界が張られた後のことがさっぱりじゃねえか」


「それも無理ないだろ。大精霊でさえ干渉できないのに、下等な妖精がどう調べろってのさ」


 ……それもそうだ。そもそも結界のせいで行くこと自体が困難になってしまったことで、目ぼしい情報を得ることはほぼ不可能だったんだ。

 そんな中でもオレは何故か夢の世界に行けているのだが……『滅び』の侵攻で夢の世界の元々の姿さえ知らないんだ。手元にある資料でどうこうするのは無理がある。

 それなら直接行って確かめる他ないのだが、夢の世界に行けるのは完全不定期、自分の意思で自由には行けないのが困りものだ。


「ま、せいぜい行けるよう願ってみたら? 念じてみるのも一つの手段だし」


「願うって……神頼みしろってのかよ。性に合わねえな」


「そういうなって。本当にどうしようもないなら、無様にみっともなくすがりつけばなんとかなるんじゃないの?」


 オスクはそんなことをしているオレの姿を想像したのか、愉快そうにケラケラと笑い飛ばしている。

 いるかもわからない奴に、不可視であくまで神聖として扱われる奴に醜態晒せなんて無茶苦茶な指示だ。それで本当に『なんとかなる』なんて……不安が勝るに決まっている。


「願いなんて大したものにはならねえよ。お前だって理想主義はクソ喰らえだ、って言ってたじゃねえか」


「まあね。僕は現実にしてこそ価値があるって信念は変わらないけど。じゃ、口に出して言えば?」


「は?」


 突然、そんな提案をされてオレは当然ながらぽかんとする。

 願望を口に出そうが出さまいが、そんなの変わらないだろう……そう言いかけた時、オスクはニヤッと笑った。


「意外と言霊って効力あるんだけど。呪いみたくこびりついて、な?」


「じゃあ、なんだ。呪おうとするつもりでブツブツ吐けってのかよ?」


「モノは試しっしょ。それに、口に出すってのは単純に心理的な効果がある。良くも悪くも思い込みってのは強いからな。それに、そもそもお前が強く望まなきゃ話にならないじゃん。これはその足掛かり、騙されたと思ってやってみれば?」


 なんだか見えない圧力をかけられたようで、オレの口から抗議の言葉が出てこない。仕方なくオレは言われた通りにやってみる。


「『オレは夢の世界に行きたい』……」


「なーにボソボソ言ってんのさ! 本気で願うんなら腹から声出せ! ってか、叫べ!」


「『オレは、夢の世界に行きたい』────‼︎」


 言われた通り、ただただ自分の願いを大声で叫ぶ。

 いくら本心とはいえ、広くて目立つ場所で声を張り上げてしまったことで顔が真っ赤だ。恥ずかしさで穴に埋めて欲しいくらいに。


「よく言ったじゃん。じゃあ早速行ってみるか?」


 なんて言って、オスクは腕を大きく振りかぶる。その手には物騒な大剣が一つ。


「おい。……その手にあるのはなんだよ?」


「見りゃわかるっしょ? これで眠れば結果がたちどころに見れるんだし、善は急げっていうじゃん」


「待て待て待て。別の意味で眠らせようとするな‼︎ 夢を見るどころか死線を彷徨うだろうが⁉︎」


 オスクのあまりにも強引な方法にドン引きした。こんな方法で試そうならば一生寝かされるハメになる。


「ちぇっ。せっかくこの機会にお前に憂さ晴らしできると思ったのになー」


「……お前、後で覚えておけよ」


 最後にオスクの本音を聞いて、オレは事が収まった後にオスクに今回の仕返しをすると決めた。……だがそれとは逆に、さっきまであったオレの足かせはすっかり取り払われて、肩の重荷も無くなっていた。


 ────そこでようやく理解した。その行動の本意が。

 そうか……これはオスクなりの、オレへの励ましだったのかもしれない。オレをわざと挑発して、ルージュの過去を目の当たりにしたことで、ずっと引きずっていたオレの目を覚まさせるために。

 回りくどく、わかりにくくて面倒臭い方法だ。でもそれがオスクらしいものといえるし、それが一番良い方法だとも思わせる。


「変なこと、しやがって……」


 結局、あいつには何も敵わない。

 普段はふざけているようにしか見えないのに、実力も、仕事に対する責任も、本質を見出す能力も、オレには全て勝るものはない。積み上げた経験と歳の差がそれを強調して、手の届かないものにしている。

 その中でもオレが勝てるものがあるとしたら。どんな大精霊、大きな存在でもオレにしかできないことがあるとしたら。────ルージュの手を掴んでやることだ。


 オレは……オレは前を向かなくちゃならないんだ。ルージュの忌まわしい過去を振り切らせて、自分の殻に閉じこもっているあいつを引っ張り出すためにも。


「一応、感謝しておく。……ありがと」


「なに? お礼言われるようなことしたっけ?」


 オスクは知らん顔しつつも、照れ臭そうにぷいっとオレから顔を背ける。その頰をほんのり赤くさせながら。

 照れ隠しが下手なやつだ。バレないと思っていたのだろう。でもそんなオスクの行動のおかげで、わからないことだらけでもなんとか前に踏み出せそうだ。


 とりあえず、ルージュの様子を見にいくか。倒れ込んだ時の状態が状態だし、どうなったかが心配だ。

 倒れてしまった原因の一つにオレの行動もあることから、余計に責任を感じる。オレとオスクは足早に城の中へと戻っていった。

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