第68話 閉じられた記憶(2)
「『プラエステンティア学園』について教えてくれって?」
「ああ、なんでもいい。校風とか、どんな生徒がいるとかな」
あの後、なんとかルージュを城にあるベッドに寝かせ、クリスタに事情を説明。オスクに空白から文字を戻した資料を任せて、オレとフリードはエメラのカフェに来ているところだ。
クリスタにも聞き出そうとしたが、『プラエステンティア学園』のことを口にしたら悲しそうに表情を歪めてしまい、それ以上は無理だった。仕方なく駄目元でイアとエメラに聞くことにして、今に至るというわけだ。
丁度、イアもカフェに来ていてタイミングが良かった。この2人でも何かしらの情報は聞ける筈だ。
「でも、なんだって急に?」
「城で資料を漁ってたらその名前が出てきてな。夢の世界の手がかりとは思えないが、一応聞いておこうってことだ」
これは本当だ。ルージュの狂気については触れないままだから、その動機についてもぼかすことになってしまうが。
でもそんなことは気にならなかったらしい2人は、すぐにプラエステンティア学園について話してくれることに。
「ミラーアイランド以外でもすごく有名な学校なんだ。通えるのは貴族だったり、凄く高い学力がないとダメって聞いてる」
「魔法も、薬も、護身術もかなり専門的なところまでやってな。まさに名門なんだ」
なるほどな……。それだけ聞けば入ることは至難だが、一度通えることになればそれ以上ないってくらいの待遇の良さらしい。他国でも名が知れているのも頷ける。
「凄い学校なんですね。外装だけでも、一度見たい気もしますけど」
「うーん……。それはやめておいた方がいいと思う」
「は?」
エメラから告げられたのはそんな言葉だった。2人共、さっきまでの楽しげな表情はすっかり消えて不安げにしている。
やめておいた方がいいって……どういうことだ? オレも、フリードもわけがわからず首を傾げる。2人も早速その理由を話してくれた。
「名門なんだけどね……格差が激しいらしいの。多額の寄付金をした貴族がやっぱり高待遇を受けて、せっかく頑張って試験に受かった妖精も全員が全員、いい学園生活を送らせてもらえるわけじゃないんだって」
「相手は貴族だし、教師も文句言えないらしいぜ」
「そうなんですか……」
プラエステンティア学園の、名門の裏に隠された影。オレが掴みたかった情報だ。オレは密かに拳を握りしめる。
きっとその中にある。……ルージュが怯えた理由、狂気の原因が。
「その話、もっとあるか?」
「えっと……貴族以外の生徒は酷いいじめを受けるって先生に聞いたことあるな。貴族の子供は親を後ろ盾にしてやりたい放題。それで何人も退学しちまうんだけど……あんまり公にならないってさ」
「……揉み消しているんだろうな。貴族のやりそうなことだ」
自分の権力と立場、そして金にモノを言わせて好き放題する……嫌な貴族が得意としてそうな手口だ。以前のクリスタのパーティーで、テオドールのこともあってオレらはそれを思い知っている。
そしてその子供も、王様のように甘やかされて善悪の判断が曖昧な筈だ。それで親の影響を受けやすく、そういった行為に走ることも想像するのは容易い。そして王族も手が出せず、負の連鎖の繰り返し……プラエステンティア学園はそんな環境なんだろう。
だとしたら……ある可能性がオレの中で浮かんだ。
「なあ、ルージュって前にその学園に通ってたんじゃないのか?」
「ん? そうだぞ、今年になって今の学校に転校してきたんだ」
「やっぱりか……」
それならルージュが学園について怯える理由もなんとなく説明がつく。おそらくルージュもそいつらにいじめられたのだろう……それもかなり酷く。
それが狂気に結びつくというのも納得がいくところがある。ルージュは『裏切られる』ことに以前から酷く恐れているところがある。いじめも、ルージュにとっては裏切りになるだろう。それまでは城から出たことがなく、本の中だけの綺麗な言葉で彩られたものしか知らなかったルージュなら、尚更。いじめが引き金になるということも充分有り得る。
「で、でも、ルージュさんは王女ですよ? 貴族にいじめられる理由が……」
「あるんだよ。ルージュが前のパーティーでしていたこと、思い出してみろ」
あのパーティーまでルージュは王女ということを公表していなかった。テオドールも貧乏貴族と呼んでいたし、他の貴族もルージュには一切の話を持ちかけなかったことから下級貴族として通らせていたのがわかる。
プラエステンティア学園は貴族の子供だらけだ。貴族でも全員が高待遇を受けられるとは思いにくいし、一般妖精がいなくなればいじめの標的は下級貴族にむけてもおかしくない。ルージュがその被害にあってたとしたら……全ての説明がつくんだ。
「……そう言えばそうでしたね。あの時、初めて公の場で公表したんでした」
「ルージュ、転校前のことは全然話してくれないんだよね。それってもしかしたら、いじめられていたからかな……」
「だろうな。誰だってその時のことなんか思い出したくねえよ」
「クリスタ様にも話せていなかった感じでしたね。あれも……話したくても話せなかったんでしょうか?」
「多分な。それでルージュは記憶にも蓋をして塞ぎ込んでるんだ。……自分の意思とは矛盾してな」
……ここにきてようやくわかった、ルージュの重すぎる過去。
打ち明けようにも怖くて、ずっと一人で抱えて、心の中にしまい込んでいたのだろう。裏切られることに恐怖して、自分の全てをさらけ出すこともできず、誰にも相談できずに怯えていたんだ。仲良くなっても裏切られる可能性が否定できず、エメラとイアにまで話せぬままに。
過去にルージュが狂気に囚われて、学園を半壊させたのもいじめられたことによるものだとしても。本人が話してくれなければ、オレが原因を突き止めることも難しい。
ただこれだけは確信できた。
まだルージュは、オレら仲間に対して完全に心を開いてくれているわけでは無かったんだ……。




