第7話 眠る火炎(3)
やがて巨大な影を見かけた方へと辿り着くと、そこは空洞のように開けた場所だった。周りは相変わらず岩だらけではあるけれど、城のエントランスホールにも負けないくらいの広さだった。
それに比例してか知らないけど、棲みついたやつも相当な大きさで。
「えええーー⁉︎ ドラゴンッ! なんでッ⁉︎」
「おい、こんなのがいるなんて聞いてないぞ⁉︎」
そう……ここを住処にしていたのは真っ赤な硬い鱗に覆われた身体と長い首、そして身体の何倍もの大きさがあるコウモリのような翼を持つ火炎竜。その体長だけでも私達の4倍はありそうな程に大きい。
今更だけど、国が捨ててから調査してなかったのも、『出来なかった』のかもしれない。どおりで入り口付近に何もいなかったはずだ……!
「グオオオァァッ‼︎」
ドラゴンは威嚇するかのように咆哮する。咆哮が空間にこだまして空気が音波でビリビリと震え、壁がガタガタと悲鳴をあげる。私達はそのあまりの迫力にたじろいだ。
「おい、流石にこんなの相手にしたら黒焦げだぜ……」
「ぜ、全力で逃げよう! 約束通り!」
「う、うん!」
エメラの言う通り、今はそれが最善策か。何せ相手はドラゴン、まともに戦って勝てる魔物じゃない。背中を襲われないようドラゴンを見据えながら全員で後ろに下がり、来た道を引き返そうとする。
だけどその直後────ドラゴンはいきなり火のブレスを吐いた。いきなりの侵入者にドラゴンも動揺していたのか、運悪く炎は天井を直撃。補強もされていない古い坑道の岩は呆気なく崩れ、来た道を塞いでしまった。
「げぇっ⁉︎ 道が!」
「ど、どうしよう……」
「……もう、こうなったら!」
もう逃げられない、引き返せない。なら、やることはただ一つ……私は覚悟を決めて剣を抜く。
「やるしかない! 少しでも逃げる隙をつくる!」
「そ、そんなぁ!」
「それしかないな。相手がこいつなら本気でやってやる!」
「ほ、本気かよ、ルージュ、ルーザ? 下手したらどうなるか……!」
「やってみなきゃわからないでしょ! このまま何もしないでいたら、どのみちやられちゃう!」
「オレはルージュに賛成だが?」
イアとエメラはどうしても気が進まない様子だったけど、こうしてても埒があかないことを理解したのか2人とも武器を構えた。
「ちぇっ。どれだけ耐えられるかもわかんねーけど、ドラゴンにどこまで通用するかやってみっか!」
「ぜーったい無事に帰るためだもん! ここで無事に帰って稼がなきゃならないんだからーー‼︎」
「そっちかよ⁉︎」
エメラの言葉にすかさず炸裂したルーザの鋭い突っ込み。確かにやる気になった理由が逃げるためではなく、ルビーのためだったとは。少し……いや、かなり不安だ。
やる気になったわけが不純なものだとしても、やる気も高まって一応は一致団結したのは確か。とりあえずは攻撃してみて、逃げられるか試してみる。
「おらあっ!」
イアが斧を振るって攻撃するものの、ガツンッと大きい金属音のような音が響いて弾かれる。
その音からして、ドラゴンの鱗の強度はかなりのもののようだ。
「ちぇっ、物理的には無理か」
「なら魔法で! 『リーフィジア』!」
エメラが葉と花の魔法を放つ。
でも相手が炎系だから相性が悪い。ブレスでいとも簡単に相殺されてしまい、エメラの魔法は呆気なく散ってしまった。
「あーん、どうすればいいの⁉︎」
「だったらこいつでどうだ! 『ダークネスライン』!」
ルーザが魔力を込めた鎌を地面に突き刺すと、ドラゴンの足元から大きなトゲが現れた。ザシュッと鋭い音が空間に響く。
「グガァッ!」
少しだけどドラゴンが怯んだ。ドラゴンも驚いたのか、一瞬その体勢を崩した。
やった、効いてるみたいだ!
でもこの程度じゃ逃げられるくらいじゃない。私達が逃げるには、ドラゴンが倒れる程の隙を作らなくてはならない。一瞬だけでは背を向けた時にまた攻撃されてしまう。
「オレのやつなら少し時間を稼げる程度か」
「身体が大きい分、足元がドラゴンの視界が届かない死角になってるね。水系の魔法なら大きい隙を作れるかもしれないけど」
「でも、わたし水系の魔法なんて強いの覚えてないし……」
「オレは火専門だし……。おい、来るぜ!」
「……ッ!」
休む暇は与えないとばかりに、体勢を立て直したドラゴンがまたブレスを吐いてきた。地面に着弾した炎はそこをつたって大きく広がり、逃げ道も塞がれる。直撃は免れたけど、完全には避けきれずに何発かくらってしまった。
戦闘が長引くと危険そうだ。なんとか深手を負わせる方法を考えないと。何か、手元にあるもので有効打は……!
「あっ、そういえば……!」
この廃坑に来る前、カバンの中にいざという時のために魔導書も入れておいたんだ。魔導書の力を借りれば、私が得意とする光系の魔法以外も使えるようになる。魔導書に水系の呪文さえあれば……!
善は急げとばかりに、私はそう思い立った直後にカバンを急いで弄り、目当ての魔導書を取り出して急いでページをめくる。
水系呪文……、水系呪文……どこにあるんだろう?
暑さも伴って、焦りでページをめくる手に汗がにじむのを感じる。けれど気にしている場合じゃない。私は必死になって、ページに書かれた呪文を確認してはめくっていく。
「あ、あった……!」
そして、見つけた。私は思わず嬉しさで顔がほころぶ。
……っと、喜んでいる場合じゃない。私は早速、見つけた呪文のページを開きながら詠唱を始める。これがドラゴンに効くと信じて。
「終焉の冷気よ、我が敵を滅ぼせ……『フィンブルヴェト』‼︎」
詠唱の後、魔法を放つために手を突き出す。
そこから魔法陣が描かれ、狙いをしっかりつけて冷気をドラゴンの足元に放つと、瞬時に氷柱ができて砕け散る!
「グォアッ⁉︎」
流石のドラゴンも弱点を突かれて体勢を崩す。巨体がバランスを崩すと、その音も大きい。周りの岩石の壁も巻き込み、より一層派手な音と土煙を上げた。
「やった……!」
「隙ができたぜ! チャンスじゃねえか?」
「逃げるにはもう一手ってとこだな。ルージュ、畳み掛けた後にもう一発撃ち込め!」
「わかった!」
ルーザの言葉に、私は迷うことなくうなずく。今ので体力も多少削れただろうから、みんなが攻め込んだところへ追撃をかければ、もしかしたら。
それからすぐに、ルーザが中心に3人がドラゴンに続けて魔法で攻撃していった。そして私がドラゴンの視線に外れた時、すかさず同じように魔導書を構える。
「『フィンブルヴェト』!」
ドラゴンの注意が疎かになっている足元を狙って冷気を放つ。他の3人にばかり気を取られていたドラゴンは私の魔法をモロに受けることとなった。
「グァァオァッ……!」
魔法が効いたのか、ドラゴンは横に倒れこむ。流石に倒すまでにはいかなかったけど、私達が逃げるには充分だ。
大分暴れたからか、空洞の岩は崩れかけてメリメリと音を立てている。空洞が塞がることはないだろうけど、ドラゴンが再び立ち上がってしまう可能性がある以上、早く脱出しないとマズそうだ。
「やっぱり、さっきので元来た道は岩が崩れちゃってて通れそうにないね……」
「この奥にまた空洞っぽいのがあるのが見えるけどよ、通れんのか、あそこ?」
「どうせ他に道も見当たらないんだ。通り抜けられるか、賭けてみるしかねぇよ」
「そうだね……」
どこに続いてるかはわからないけど、迷ってる暇もない。みんなで大急ぎでその道を行こうとした……のだけれど。




