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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第7章 そして旅は「原点」に
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第67話 巡らせ、巡って、振り返り(3)


「では、やりますよ……!」


 緊張に震えるフリードの言葉にオレもオスクもしずかにうなずいた。フリードは薬が入れられた小瓶を傾け、ゆっくりとその液体を空白のページに雫を落とす。

 雫は紙に染み込んでいき、あっという間に雫が落ちた跡は消え去ってしまった。そしてその直後、炙り出されるようにジワジワと消えていた文字が浮かび上がる。


「うおっ……」


 思わず声が漏れた。浮かび上がった文字はかけられた術の強さからか断片的なものだが、ちゃんと文章として形を成した。オスクは早速本を手に取り、浮かび上がったばかりの文字を読み上げる。


「ええっと、なになに……『夢の……に壁がな■れ、……ること、ほぼ……と■■れる。』、ねえ。虫食いが多くて読みづらいんだけど」


「やっぱり、完全に解除しなきゃ難しいでしょうか?」


「落ち込むことはねえよ。時間をかければ可能性はある。続けてくれ」


「は、はい!」


 フリードは残りの資料にも薬をかけ、文字を炙り出していく。

 やはり他も虫食い状態。しかし最初に薬をかけたものは徐々に欠けていた文字が浮かび上がってきているのが確認できるし、どうやら本によっては時間差で効果がいくこともあるようだ。これならまだ希望はある。


「次は……この新聞記事ですね」


 フリードが自分で調べていた新聞記事に手を伸ばす。

 新聞記事にまで妨害の術をかけているとはな。どんだけ警戒しているんだか。


「その記事、いつぐらいのやつなんだ?」


「ええと……ほぼ一年前ですね。昨年の今ぐらいの時期のようです」


 一年前……比較的最近だ。こんなところにも知られて欲しく無い情報があるのか?


「なにそれ。つい先日のものじゃん。アテになるわけ?」


「お前にとっちゃそうでも、これだって大事な資料だろ。試してみるだけでもいいじゃねえか」


 長命な大精霊にとって1年が大したことのない期間なのはわかるが、いつのものであろうが貴重な資料には変わらない。フリードも迷いなく新聞に薬を垂らした。

 やがて薬は新聞記事全体に染み渡っていき……隠されていた全貌を現した。他とは違い、かなり鮮明に。ほぼ新聞記事全てが修復された。刻まれた文字も、添えられた写真も、それら全てが記事に浮かび上がった。


「あれ、これだけやけにはっきり戻りますね。術が弱かったんでしょうか?」


「とにかく読んでみるか」


 あまりにもはっきりと戻ったことに不可解さもあるが、それを気にしてる暇はない。とりあえずオレは新聞を手にとって読み進めていく。


「『名門学校 半壊事件』……?」


 新聞記事にはそんな見出しが踊っていた。

 その見出しの通り、掲載された写真にはレンガ造りの立派な建物が写っているのだが……写真に写った部分の半分は形を留めていなかった。

 建物を成すレンガは崩れ、金属の骨組みは剥き出し、飾られた旗は焼けただれてみる影もない。立派であっただろうその建物も、こうなってしまってはもう豪華さの欠片もない状態だった。


「『ミラーアイランド王国一の名門校、「プラエステンティア学園」が半壊する事件が発生。幸いにも死傷者はいないが、犯人は不明のままで……』……か。随分派手にやったみたいだけど」


「こんな事件があっただなんて……」


 フリードは写真を見て怯えるように震えている。

 こんな事件があったことはオレも正直驚きだ。見るからに平和ボケしているようなこの国に、こんな物騒な事件があったなんて。


「うーん? 犯人を写したっていう絵もあるみたいだけど」


 オスクが新聞にある一枚の写真を指差す。

 確かに、犯人を写したと思われる写真が掲載されていた。だがその写真も写り方は悪く、犯人の妖精は逆光で真っ黒だし、焦って撮ったからかブレブレで写真としてはお粗末なもの。これじゃあ証拠にはならない。


「うーん、誰だかはわかりませんね」


「これじゃ流石にな。どこかに手がかりでも無いか?」


 これが夢の世界についての情報とは思えないが、気になることは確かだ。こんなに大きな事件で、無視しようにもできない……そんな引っかかりも感じたことを理由に、オレは犯人の写真に見入った。


 ……真っ黒だ。犯人の影は写っているものの、はっきり言ってそれだけ。顔も辛うじて入り込んではいるものの、ブレた画像では誰かまでは特定できない。

 だけど……どうしてだ。何故かオレはこの写真から目を逸らせない。鼓動が異様に高鳴り、胸に手を当てずとも振動が伝わってくる。この真っ黒な写真に何があるってんだ……そう思っても、写真から目を離さずにはいられなかった。


「あれ。なんだ、これ……?」


 やがて見つけた、写真に写り込んだ奇妙なもの。写真を切り裂くような紅い、一筋の光。それが写真に写り込んでいた。

 その光が出ているのは……その光を指で追っていく。そこに辿り着いた時、オレは凍りついた。


「なっ、これは……」


 それは、犯人の目と思われる部分だ。紅い光はそこから発されていた。だが、そうなると……犯人の瞳は紅い色をしているということになる。しかも、それは妖精。


 考えが、思考が、頭を埋め尽くして止まらない。勢いに押され、吐き気を感じる。鼓動が早まり、身体が小刻みに震えて気絶してしまいそうだ。

 気絶してくれるなら良かった。それで、この写真から目を逸らせるのなら。だが、オレはどうしても気を失えなかった。身体の震えが強まる度に、オレの目は写真に釘付けになる。


「ルーザさん?」


「おい、どうしたのさ?」


 2人の声が頭に入ってこない。

 押し留めようのない感情の渦が、抑え込む術もなくドロドロと押し寄せる。そしてブレている筈の写真に写り込む顔は、オレの記憶と気持ち悪いくらいに重なった。

 淀んだ感情を宿す瞳。弧を描く唇。そして……狂気に支配された表情。それは、まるで────


「……ッ‼︎」


 オレは新聞を持ったまま、資料室を飛び出した。

 確かめたくて。嘘と思いたくて。これを全て、否定したくて……。


「ルーザさんっ⁉︎」


「おい、どこ行くんだよ!」


 2人の声に、振り返る余裕はなかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。オレが理性を保てているのが信じられないくらいに。


「どういう……どういうことなんだよ、ルージュッ……‼︎」


 走りながらオレは呟いた。

 写真と重なった、妖精の名を……。

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