第67話 巡らせ、巡って、振り返り(1)
今回から7章となります!
7章で第1部が完結となります。ほのぼのそっちのけのような展開になりますが、少しでも読んでいただけるなら嬉しいです(^^)
シノノメ公国から戻って早五日。旅の疲れが取れた頃に、オレはまだ次の行き先が決まっていない今の時間を利用して、調べ物に集中していた。
ルージュに頼んで、ミラーアイランドの王城の資料を使わせてもらうことになり、今は関係がありそうな資料を手当たり次第に引っ張り出している真っ最中。ちなみにオレ一人というわけではなく、元々読書が趣味であるフリードと、いたら助かるという理由でオスクも手伝いを頼んである。
そして、ルージュといえば……
「ごめん、ルーザ。私も付き合えなくて。書類仕事しなきゃいけないからさ」
城での書類仕事がルージュにも回って来てしまい、ルージュはそれを片付けなくてはならなくなった。ルージュはオレらを手伝えないことですまなさそうに謝ってくる。
「いいって。資料使わせてもらえるだけで充分だ」
「夢の世界、のことだよね」
「……ああ」
シノノメで聞いたオスクの話によって、オレは夢の世界のことについてもっと知りたいという気持ちが強くなった。
光と影、両世界の関係が断たれていたとしても、どこかに別世界のことについて研究していた学者がいてもおかしくない。その研究資料を見つけ出されば最近のものについても何か掴めるかもしれないからだ。
一ページ、一行、一字でもいい。ほんの僅かでも夢の世界の結界について書かれているなら……オレはそれにすがりたい。何か一つでも情報が欲しいんだ。
それがライヤを助けることにも繋がるのだから。
「そういや、書類仕事ってお前は手伝い程度のものだろ。なんで今やらなきゃいけないんだ?」
「それが……私がいない間に姉さんが溜め込んじゃってさ。私もこなさないと間に合わなくて」
「……あれでも女王だよな、クリスタって」
外交の話をつけるのは早いものの、お気楽で、平和ボケで、金銭感覚ゼロ。しかも執務をこなさないとなると……女王の威厳も何も無い。それでよく成り立ってるな、この国……。
それでもルージュとクリスタがお互いの短所を補っているからなんとかなっているんだろうが。ルージュも王女というより、秘書みたいな扱いだ。とはいえルージュも呆れているようで、さっきから笑みは浮かべているのに目が一切笑っていない。
「た、大変ですね、ルージュさんも」
「まあ、もう慣れたよ。今日は姉さんを椅子に鎖で縛り付けて終わるまで寝かせないけどね」
……笑顔で末恐ろしいこと言うよ。まるっきり拷問じゃねえか。
そんなことを思っている間に、ルージュは隣にいたクリスタの腕をずるずると引っ張って資料室の出口へと向かっていく。
「じゃあ、何か不便があったら知らせて。姉さんは今日は外出禁止!」
「そ、そんなあ! 助けてください、ルーザ〜!」
「知らん。精々働け、女王サマ」
妹に引きずられる、もはや女王のカリスマなんてドブに投げ捨てたようなクリスタをオレは鼻で笑う。フリードは迷いながら苦笑し、オスクは興味ないと言わんばかりに横目で見て、クリスタの必死の願いは誰にも届かぬまま終わる。
ったく、相変わらず騒がしいな。目的忘れるところだろ。
そんな一騒動終えて愚痴を心の中でこぼしながらようやくオレらは調べ物に入った。目的である夢の世界について、それに関連する世界でもいい、とにかくオレらは見つけられるだけの資料を再び本棚からあさり始めた。
それから3人で手分けして本棚から異世界についての本を全て出し終わり、ありったけのものをミニテーブルに広げることに。
ありったけ……と、言葉だけでは大量の本を想像させるような語彙だが、それはまやかしに過ぎない。光と影の両世界の関係が断たれていたことからか、異世界について書かれた本は予想以上に少ないものだった。
「あるのは……これだけでしたね」
「ま、無いよりはいいもんだ」
ミニテーブルに広げられた本は全部で七冊。その内、夢の世界の見出しがあったのは僅か二冊。他は別の異世界のことや、光の世界……ミラーアイランドの記録が綴られたものなど、間接的に関係がありそうというだけのものばかり。
正直言って、心許ない量だが見つかっただけマシだ。あるだけのものを片っ端から探すってことなら、この量であればあまり時間も割かなくても済むことにもなる。
「思っていたより少ないけど。お前はどうすんの?」
「オレが夢の世界について調べる。オスクは別の異世界を、フリードは記録の中で気になる項目を見つけてくれ」
「は、はい!」
「あっそ。じゃあぼちぼちやるか」
フリードは素直に、オスクはその指示に納得したように2人共、それぞれ指示された本に手を伸ばす。
夢の世界に直接行ったオレが夢の世界について調べた方がいいに決まっている。それならオスクは夢の世界に関わる別世界を、読書でそれなりの知識を蓄えているフリードに記録を調べてもらった方が効率的だ。
オスクならオレの指示の理由がわかったのだろう。だから何の質問もせず、文句も言わずに行動に取り掛かっているのがわかる。オレも少しでも結界が張られた時期やその効力など出来るだけの情報を掴むため、夢の世界についての本を手に取ってその中に綴られた文字を目で追っていった。
……やがて、それは見つかった。正確にはこの資料にあった不可解な点を、だ。
行となって作られた文字の羅列にある、所々の空白の箇所。文字が抜けた、という程に軽いものではない。数行が焼き付けられた紙からごっそり抜け落ちているんだ。その大きさも一ページの半分だったり、三分の一程度、酷い時には一ページ全てが真っ白なんてことも。
元々書かれていなかったというよりは、後から消したような感じだ。まるでそこにあった文章が、何者かの都合が悪いから隠したとでもいうように。
「……どうだ、そっちは?」
オレは一旦、本から目を離して2人に問いかける。2人もさっきまで本や資料を読みふけっていたが、オレの声に反応して顔を上げる。
「この本、不良品じゃん。所々読めないし。なんでこんなもの王城に残してんのやら」
「ええと……僕もそんな感じです。記事が不自然に空白の部分があります」
「やっぱりか」
どれも同じだ。今、出されている資料には『何か』が抜け落ちている。オレらに知って欲しくない情報が意図的に消し去られているんだ。
その相手は恐らく……結界を張った張本人。
「なあ、オスク。お前が一矢報いろうとした奴ってどんな奴だ?」
「どんなって何さ。何を知りたいわけ?」
「自分の都合の悪い情報を探られようとしている時、そいつはどんな反応をする?」
オスクはオレの質問の意味がわかったらしく、しばらく考えこんで自分の記憶を手繰り寄せる。
オレの予想が正しければ……そいつはきっと。
「……自分に都合の悪いものは徹底的に排除するやつさ。『滅び』だろうが、そうでなかろうが関係ない。知られたくないのは根っこから消し去るような奴だけど」
「ふん、そうか」
……自分が今、一番望んでいた答えに少し歓喜を覚える。予想通りの答えだった。
オスクが一矢報いろうとするのもわかる気がした。オスクは一見するとふざけている態度に見えるが、それはまやかしだ。根は真面目だし、何かと自分の責任を重んじる現実主義者。そんなオスクが嫌悪を向けるとするなら、単に以前でのオレのような馬が合わない奴や、その努力を無下にするような奴と、そして……自分勝手な奴だろう。
オスクが一矢報いろうとした奴がそれに当てはまるのなら、この空白は自分に都合の悪い情報だということになる。オスクもオレの考えを理解し、「なるほどね」と呟いた。
「あいつ、こんなところまで手を回しているとはな。この空白が知られちゃマズいから、この本にまで変な術を施したってわけ」
オスクもオレと同じ考えを口にした。
だが、同時に自信にもなる。そいつにとってマズい情報なら、この空白部分が情報が結界などの重要なことが隠されている証拠にもなり得る。
問題は、この本に施された魔法の解除方法だ。そいつにとってこの本の情報が危険だとすれば、かけた魔法もかなり高度なものの筈。妖精がどうこう出来そうな代物ではないことなんて確かめるまでもない。
「なんとかお前で解除出来ないか?」
「無理。解読なんて今までやったことないし、見たことがないものを解除しろなんて、流石に僕も厳しいというか」
「……そうか」
オスクも解除したい気持ちはあるのだろう。その表情は険しいし、何より一泡吹かせたいような奴の魔法だ。何も出来ないのが悔しい気持ちがよくわかる。
しかし、どうしたものか。オスクでお手上げならオレとフリードにはもう手に負えないものだ。せっかく見つけた手がかりを手放すのは非情に惜しいものなのだが……。
「あ、あの」
オレとオスクが頭を抱えていたその時、フリードはおずおずと手を挙げた。
「魔法薬なら……どうでしょうか?」
「魔法薬? 解除出来る程の効力の薬があるのか?」
「根本的な解除は難しいです。けど、解読に特化した魔法薬なら一部は読めるようになるかもしれません」
「……! そうか!」
魔法薬は万能の効力を持たないものの、薬ごとの作用はかなり強いものもある。フリードのいうように解読の効力が強いものを用意すれば、一部でも読めるようになるかもしれない。
「それ、調合出来るか?」
「材料さえあれば難しくないです」
「よし」
それなら話は早い。一刻も早く行動に移すべきだ。
この城なら万が一に備えて薬草くらいは置いてある筈。オレら三人は資料室を出てルージュがいる部屋へと駆け出した。




