第66話 涙の意味(2)
「……ふーん。それでさっきから頭抱えてたのか。まあ、『滅び』の侵攻については予想以上に早かったな」
「今のままじゃ、戦力不足なんだよ。お前だけでも来れないのか? 何処か暗闇になっている部分を探して、ゲートを開くとか」
オスクにさっきまでの出来事を洗いざらい話した後に、オレはそう提案してみる。
前にも聞いたことがある、大精霊は自身の役目のために複数の世界を素早く移動するために、ゲートの術が行使出来るということ。それがあれば大精霊であるオスクなら来れるんじゃないか……そう期待したが、オスクは首を横に振った。
「無理。今、夢の世界には最近になって結界が張られたんだよ。外部から一切手出し出来ないようにな。大精霊でさえも干渉するなってことでさ」
「は? じゃあなんで、オレはそんなところに飛ばされたりしたんだよ?」
「さーて、なんでだか。それよりお前、何か気づかないの? そこにいる奴がどうしてそんなとこにいるのか」
オスクは思わせぶりにニヤっと笑いながらそんなことを聞いてくる。
夢の世界……そこにはライヤがいる。ライヤはある精霊が来るのを待ち続けている。だが、今思えばライヤはそうやって待っているばかりで自分からその精霊を探しに行こうとはしていなかった。
一体、何故……? 待ち続けるより、自分から行った方が幾らかは出会える確率が上がるってのに。
「そいつが来てからその結界は張られた。さて何故でしょう?」
「……ッ⁉︎」
────まさか。
ある一本の線が繋がった。元々結界なんて無かったのに、ライヤが来てから結界は貼られた。それは外部からの接触をさせない為。だが、それが内側にも働くのだとしたら? ライヤが自力では探さない……いや、探せなかった理由だとしたら?
「あいつを……ライヤをハナから夢の世界に監禁するつもりだったのかよ⁉︎」
「正解。そいつはあんなだだっ広いところに数十年くらいは閉じ込められてんのさ」
「だったら、余計になんとかするべきだろ! なんで今までしなかったんだよ⁉︎」
「言っただろ? したくても出来ない、外からは絶対に触れられないのさ。僕もそんなことされて気分いいとでも思ってるわけ?」
このままじゃ、ライヤは暴れる『悪夢』にやられてしまう────その焦りでぶつけた言葉も、オスクは想定内だったようであっさり切り落とされる。
だがオスクも、その表情はオレと同じくかなり不機嫌そうだ。『滅び』の結晶を見た時もこんな表情はしていたが、今は『滅び』を止めるという使命感から来るものではなく、何かに行き場のない怒りを向けているようだった。
「だから僕も嫌気が指して、その結界を張った犯人に一矢報いるためにそこに向かおうとした奴の手引きしたんだけど。でもそのせいで睨まれて、地下に逃げ込むハメになってな。いやあ、参った参った」
オスクは手を広げ、やれやれとばかりに肩をすくめる。
……それがあの、オスクが地下神殿にいた理由なのか。大精霊ともあろうものが、どうしてそんなところにいたのかずっと疑問だったが……これでようやく分かった。
「その手引きって……一体、なんなんだ?」
「唯一、『記憶の世界』からの干渉は可能だからな。あそこに出来る歪みは完全にランダムだし、そこまで結界の効力もいかないわけでさ。そこに行くための道を作ってやったの」
「は? 記憶の世界って……」
そこはルージュが行ったというか、呼び出された世界だった筈。そして呼び出したのは死の大精霊であるレシス……だったか、そいつが探し物の為に旅をしていると、ルージュから前に聞いていた。
そしてそのレシスが探しているのは……夢の世界!
そうか……そういうことだったのか!
結界が張られて行くことが困難になった夢の世界に行く為に、レシスは唯一の方法である記憶の世界に向かい、オスクはそれを手引きした。そしてライヤは自分から出ることが出来ないために、レシスが来るのをあそこでずっと待ち続けている……。
オレとルージュ、それぞれ違う世界で出会った2人とオスクにそんな関係があっただなんて。あまりのことに驚愕で口が塞がらない。それにレシスは死の大精霊だから……ライヤは、命の大精霊なのか? そういえばさっきライヤは「だ────」と、何か言いかけていた。
「どうやら理解したようだな。お前とルージュの根っこに関わってたこと」
「半分も理解出来てない気がするけどな……。だが、いいのか? オレの予想が正しければ、お前がずっと黙ってたことだろ」
「ま、いいんじゃない? それを知ったんだ、あいつに説教くらうんならお前も連帯責任だから」
まったく悪びれる態度を見せないオスク。というか、寧ろ言いたいことを言い切ってスッキリしたような表情をしてやがる。最早開き直っているというか……オレにはどんなに衝撃なことかも知らないで。
それに、オスクが時々口にしていた『あいつ』という存在も、レシスだということがわかった。
「ああくそ、こんなでかいこと押し付けやがって。お前らは何のために動いてんだよ? 大体、なんでオレとルージュが関わらなくちゃならないんだよ」
「さてね。それはまだ言えないんだよ。それを知ったら、それこそルージュは『狂気』に取り憑かれるんじゃない?」
「……ッ!」
もう一つの質問だった、ルージュの狂気。さっきの話も大分衝撃が大きすぎて忘れかけてたが、オスクが口にしたことで蘇ってくる。
オスクの言い方……ルージュがどうして、狂気に取り憑かれるのか知っているような感じだ。今、聞くべきなのか、聞かないべきなのか……理由を知るのにも怖い気がした。
「ま、一つ言えるとすれば、その狂気は何かきっかけがない限りは現れない。余程のことがない限りは狂気に取り憑かれることもないってこった」
「だが、お前が今、真実を言えばそうなることもあるのかよ?」
「可能性がないとは言えない。それに、僕もこのことについては分からないことだらけだし、別の奴に聞けよ。こういうのは曖昧にするべきじゃない」
その言葉通り、オスクは知っている情報も尽きてこれ以上説明するつもりもない様子だった。いつもの飄々《ひょうひょう》とした態度が消えて、いつになく真剣そうな表情……とても嘘を言っているようには見えなかった。
気にはなるが、無理して聞き出すのも悪い気がした。
「2人とも、どうしたの? 何かあった?」
そんな時、いつまで経っても広間に入ってこないオレとオスクを気にしてか、ルージュが広間の襖から顔を出して尋ねてきた。
……っと、いつまでも話してるわけにはいかないな。遅れるとイブキのところにいる奴らも待たせることになる。
「オスク、話は後だ。……オスク?」
振り返ってオスクにそう言ったものの……オスクの姿はもうそこには無かった。
「ほらほら、何してんのさ。さっさと来れば?」
なんて、いつの間に移動したのか、オスクはもうルージュの横で涼しい表情をしながら手をひらひらさせていた。
あいつ……逃げたな。
まあ、いいか。早いとこ朝食を済ませてしまおう。
まだ引っかかることは多いし、衝撃は大きすぎて理解しきれていない。それでも今はオレがやれることは限られるし、分からないことにいつまでも頭を悩ましていても解決策は浮かばない。ほんの僅かだけかもしれないが、カグヤの所に来て進展はあったんだ。今はそれを喜ぶべきだから。
そう気持ちを切り替えて、オレも広間へと急いだ。




