第66話 涙の意味(1)
「……ーザ、ルーザ! 起きて!」
……誰かがオレの身体を揺さぶり、声を掛けてくる。徐々にぼんやりとしていた頭と視界が鮮明になっていき、毛布の温かい感触が伝わってくる。
オレに起きてと言う声と、心配そうな声、呼びかけてくる声に……からかうような小馬鹿にした声。聞き覚えのある四つの声がオレの眠気を追い出していく。
「ん……」
まだ眠気の残るまぶたをうっすら開くと、オレの身体を揺すっているルージュの顔が飛び込んできた。それと心配そうな表情を向けているフリードとロウェン、ニヤニヤしながらオレを見下ろしているオスクが見えた。
……他は起きてる。って、完全に寝坊したか⁉︎
オレは慌てて身体を起こす。ガバッと起き上がった勢いで毛布が吹っ飛んだが、妖精三人は安心したようにホッと息をつく。
「あ、良かった……。体調不良では無さそうですね」
「悪い夢でも見たのかい? 大分うなされていたけど」
「あ、ああ。なんともない。ちょっと夢見が悪かっただけだ」
オレを気遣うフリードとロウェンにそう返す。あまり余計な心配はかけたくない……オレは急いで身支度を整えようと、枕元に畳んで置いてあったいつもの法衣に手を伸ばす。
「なーんだ。珍しく寝ぼけてるみたいだから、額に氷でも乗っけて叩き起こそうかと思ったのに」
「……そうかよ」
そんなオスクのからかいにも突っかかる気力が無い。ため息を漏らしながら、気の抜けた返事をオスクにする。
「……なあ、ホントになんかあったわけ?」
「は?」
オスクの言葉に、オレはぽかんとした声が出る。
だが……オスクにはふざけた様子は微塵もない。鋭い、真剣な眼差しにオレはたじろいだ。
「ルーザ、そんなに悪い夢を見たの? 話を聞くことくらいは出来るよ?」
「あ……」
そう言ってきたルージュの顔を見ると……オレは言葉を失った。
夢の世界でのことがまだ引っかかっていた。狂気に取り憑かれたルージュの姿、そして……あの涙の本当の意味。それら全てがまだオレの心の奥底に楔となって突き刺さったままで。
でも目の前の、間違いなくホンモノのルージュは、そんなことは真っ赤な嘘だという程にいつもと変わらない雰囲気を纏っている。オレの顔を心配そうに覗き込み、さっき見た『狂気』の気配は欠けらも感じさせなかった。
「えっと……私の顔に何か付いてる?」
「あ、ああ、いや……なんでもない。夢のことなんざ忘れた」
「そ、そう」
ルージュはまだ不安そうな表情ながらも、それ以上は聞いてこなかった。
あんな態度で、こんな誤魔化し方で騙せているわけがない。それでも聞いてこなかったのはルージュの気遣いだったのだろう。……それがどれだけ有り難かったことか。
本当のことを言えばルージュは傷つけることを恐れてオレらと距離を置いてしまうだろうし、無いとは思うが……他もルージュのことで疑心を持ってしまうかもしれない。『悪夢』が見せた光景はオレに何かを伝えるためだとしても、余計なことを背負わされたような気もする。
あの光景を気にしないでいつも通り振る舞うか、本当の意味を掴むために調べたり模索するか。……難しいことを押し付けられたものだ。
とにかく今は身支度をさっさと済ませる。仲間にこれ以上余計な心配はかけたくない。不安を拭い去るためにも、オレは自分自身を鼓舞する意味でも、法衣のマントを少し力を入れて結んだ。
それが終わると、タイミングを見計らったようにこの部屋の襖が開き、カグヤがひょこっと顔を出した。
「お目覚めですか? 朝食の用意が出来ましたので、知らせに参りました」
「あ。ありがとうございます、カグヤさん」
「支度が整いましたら、昨日の広間にいらしてください。そこで料理をお出しします」
カグヤは用件を伝えると襖を再び閉めた。
帰るためにはイブキの家で泊まっている他の仲間と合流しなければならない。当然、あいつらを待たせるわけにもいかないし、そのためにもさっさと用事は済ませるべきだ。
「オレの夢のことはいいから、早く朝食を取るぞ。グズグズしてたら出発が遅れる」
「あ、はい!」
「そうだね、他のみんなとも合流しなくてはいけないし」
そう言ってようやくフリードとロウェンは気持ちを切り替えた。ルージュも渋々という感じだが、とりあえずは朝食を取ることに目を向けさせられた。
四人はもう既に身支度を整えていたし、すぐにカグヤが待つ広間へと向かった。
「随分必死だな。全くもってお前らしくない」
「……!」
その道中で、オスクが不意にそんなことを言い出した。図星を突かれ、ギクっとしたオレは歩いていた足が一瞬止まった。
「……なんの話だ?」
「とぼけんな。お前、さっきからずっと動揺してんじゃん。演技下手。バレバレ」
「うぐ……」
チッ。大精霊にはお見通しかよ。
だが、その肩書きを抜きにしても、オレの誤魔化しはお世辞でも上手いとはいえないものだ。ルージュは気遣って気にしないふりをしてくれたが、遠慮がないオスクには最初から無駄だったわけだ。
……でもオスクには元々相談するつもりだったし、逆にそっちから来てくれてラッキーだ。
説明しにくいところはあるが……オレは意を決してオスクにさっきまでのことを話す。
夢の世界に『滅び』が侵攻していること、狂気に取り憑かれたルージュの姿。他の三人には聞こえないように、充分に距離を取りながら。




