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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第6章 和と東雲の前奏曲
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第65話 悪夢は逢魔が時に・後(1)


「────ッ‼︎」 


 頰に冷たいものを感じると同時に頭が冴えて、オレは飛び起きる。オレが目覚めた場所は……暗闇に包まれた、何も見当たらない、まさに『無』の世界だった。

 暗闇でもオレの手足や、地面ははっきりと見える。ただの密室というわけでも無い、異様な場所だ。


 何処だ、ここ……?

 夢の世界でも、ましてや現実でもない怪しい空間。さっきまで隣にいた筈のライヤもいない……そのことがますます不安を掻き立てる。

 とにかく、どうにかして出口……逃げられそうな場所は無いか? そう思って立ち上がったその時、


「……ッ、誰だ⁉︎」


 目の前に何かの気配がして、咄嗟に振り向く。そこにいたのは暗闇でも嫌という程わかる。オレが視線を向けた先には……オレと同じ形をした妖精が。


「なっ……」


 思わず言葉を失う。もう一人のオレが、目の前に立っている……?


 ────いや、違った。似てはいるが、垂れ下がった耳は丸みを帯びている。オレの耳は若干ではあるが尖っているから、オレの姿を写した訳では無さそうだ。だがその特徴と、そして他にオレと似ている奴はもう一人いる。

 まさか……、あいつは。


「ルージュ、なのか……?」


『……』


 ……返事はない。目の前の影は口を開かず、俯いたままで。

 だが……そいつの身体には黒いモヤのようなものが纏わり付いて、姿形こそルージュのものだが雰囲気は本人とは掛け離れていた。それでもその揺らめくモヤの間から覗くのは、ルージュと同じ紅い瞳……。


「……ッ」


 危険を感じて、オレは後ずさる。ルージュといくら同じ形でも、こいつは間違いなくニセモノだ。目の前にいるソイツの目は……酷く淀んだ感情が滲み出ている。こんな目を、ルージュは今まで一切見せたことが無いのだから。


『────』


(何か呟いているのか……?)


 目の前にいるソイツの口が僅かに開いている。だが、聞き取ることは叶わなかった。

 オレは鎌も手放したままだ。鎌も無いんじゃ攻撃することは当然出来ず、このまま逃げるしかオレに道はない。

 オレはソイツを視界から外さないようにそっと後ずさる。だが……次の瞬間、ソイツの気配が目の前から消え去った。


 なっ……何処行きやがった⁉︎

 オレは突然のことに取り乱す。そして、ソイツはオレの目の前に姿を現した。


「か、は……⁉︎」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 突如としてオレの目の前に現れたソイツはオレの首を掴み、その華奢な腕から想像もつかない程の握力でオレの首を絞めてきた。

 片腕だというのに軽々と。荷物を持つようにあっさりとそのままオレの身体を持ち上げる。爪を食い込ませ、オレの首をソイツは躊躇なくギリギリと締め上げる。


「ぐっ、このっ……!」


 なんとか振りほどこうと暴れるが、ソイツの拘束から逃れられない。もがく度にソイツは腕の力を込めて、さらにオレの息を断ち切ろうとしてくる。


『ク、アハハ、ハハハ……』


「ッ⁉︎」


 ソイツの口から息が漏れた。

 ……笑っていた。黒いモヤの隙間から見え隠れする唇は弧を描き、淀んだ瞳にも異常と思える感情を湛えて、苦しむオレを見て楽しそうに嘲笑う。

 狂ってやがる……苦しむのを見て、喜ぶなんて。


 狂う……狂気。まさか……⁉︎

 狂気という言葉。それは昼間にも聞いていた。カグヤがオレらに忠告した言葉の中に。

 あの時、何故かカグヤはオレらの中でもルージュだけに視線を向けてその忠告をしていた。ルージュもよくわからなそうにしていたが……今ならその言葉の意味が少しわかる。

 それが、このことなのか? だとしたら尚更マズい……!


「が、あ、ああっ……」


 駄目だ……息が、意識が、もう途切れそうだ。首をずっと締められて、もはや窒息寸前。頭に空気が回らずにいるせいで、視界と意識がブレ始める。このままじゃ、また気絶する……いや、気絶で済まされない程の最悪なことが待っているかもしれない。

 こんなところで放り出されたらどうなるかなんて想像するまでもない。誰もいない、誰も来ないこんな場所では助けも求められるままに、一生閉じ込められてしまう……。




「……え?」


 ……が、そう思った直後、オレの首を締め上げていた腕の力が急に弱まった。オレの身体を持ち上げていた拘束から解放され、その場に尻餅をつく。

 だが、痛みなんてどうでも良かった。目の前に広がる光景を目にした瞬間、オレは痛みのことは忘れてしまったんだ。


『ア、ハハ……ハハ……』


 目の前のソイツは相変わらず狂った笑い声を漏らし、瞳も口もソイツの狂気に支配されていた……筈なのに、ソイツの瞳から光が揺れて、ソイツの足元に静かに落ちる。


 ……泣いていた。狂気に満ちた表情とは相反して、紅い瞳からぽろぽろと涙をこぼして。瞳から溢れた雫はゆっくりと、静かに……それでも確実にソイツの足元に流れ落ちていく。


「な、んで……」


 ────なんで、泣いているのか。

 ────なんで、オレを解放したのか。

 ────なんで……そんなに苦しそうにしているのか。


 その疑問はオレの口から出すことが出来ず、またソイツも涙を止められず。互いに駆け寄ることもないまま、オレとソイツは距離を置いて相手のことを見ていることしか出来なかった。

 ソイツは押し留めることが出来ない、黒いモヤに隠した本心を抑えきれないように涙を流す。さっきと変わらず、口からは狂った笑い声を漏らしているというのに、涙が溢れる度にソイツの表情は苦しみに侵食されていく。

 ……何か言い知れない恐怖に怯えるように。


「……ッ、ルージュ!」


 この際、ニセモノかホンモノかなんて気にしていられなかった。確かにソイツはオレの首を締めてきたが、そんなことは何がどうあれ過ぎたことだ。狂気に隠した、苦しそうにしているルージュの姿をこれ以上見ていられず、オレはソイツに手を伸ばす。


 伸ばしているのに────ソイツには触れられないままに、ルージュの姿が遠ざかっていく。


「なんで……なんで近づけないんだよっ‼︎」


 こんなに、腕を伸ばしているのに。近づこうと、駆け寄ろうと、必死に走っているのに。ソイツが何者であろうとも、助けたいと思っているのに……オレの視界に広がる光景は、そんな願いを一つだって叶えてくれやしない。

 手が、顔が、全てが遠ざかる。オレは()()、あいつの手を掴めずに終わるのか────


 暗闇がオレの視界を支配する。やがて、ここに来る前の虚無の時間がまたやって来る。

 だが、オレは意識が途切れる寸前にあいつの声を、最後にオレに伝えた願いを、オレの耳は聞き逃していなかった。


 今にも掠れそうな声で、しかしはっきりとあいつが呟いた────『タスケテ』という言葉を。

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