第63話 狂気の予感(2)
「……さて、話の続きですね。玉藻、そこまでになさい」
私の吸血鬼化が解けるのを見計らったかのように、傷を治癒し終えたらしいカグヤさんがこの広間に入って来た時と同じく、正座……というらしい座り方で私達に向き直る。
これからエレメントのことも話してくれるのだろう。私達も各々の座りやすい姿勢をとって、カグヤさんと話す準備をする。
「う。は、はい、わかりました……」
「よろしい。では始めましょう」
さっきまで私に突っかかってきた玉藻前も、流石に主人の命令には逆らえないようで渋々引き下がる。そんな玉藻前にカグヤさんは満足そうに頷き、早速話を切り出した。
「さっきの約束通り、エレメントを譲ってくれるんですよね?」
「ええ、もちろん。わたくしが敗北を認めた以上、大精霊の誇りにかけても約束はお守り致します」
カグヤさんは戦っていた時のやる気満々な状態とは打って変わって、戦う前までの穏やかな笑みを取り戻していた。
そしてカグヤさんは両腕を私達に向かって突き出す。手の中にたちまち淡い光が集まっていき……満月のようにぼんやりとした、それでも黄金の光を帯びた宝石のようなものが現れた。
「これがわたくしのエレメントです。エレメントと共に預けるわたくしの力の一部を、どうぞこの先の『滅び』との抗争の中でお役立てください」
「はい……!」
カグヤさんの言葉に深く頷きながら、私はゴッドセプターを取り出す。
ルーザと協力して杖を支えながら、衝撃を受け止められるような体勢を維持する。カグヤさんのエレメントを、ゴッドセプターに繋げる為の準備を整えた。
「よろしいですか? それでは参ります……」
カグヤさんの手元からエレメントが離れていく。くるくると回りながら、光を辺りに散らしていくように円を描いて……そして、ゴッドセプターにガンッ! と音を立ててはめ込まれた。
私とルーザは衝撃が収まった後、恐る恐る自分の頭上を見上げる。すると、ゴッドセプターの穴の一つにカグヤさんのエレメントが確かにはまっていることと、エレメントの力がゴッドセプターを包んで光り輝いている光景が視界一杯に入ってきた。
カグヤさんのエレメントは既に繋がれていた三つのエレメントの光と重なり合い、この広間をまばゆく照らし出している……。いつ見ても、綺麗で眩しい景色だ。
「エレメントが必要な大精霊は九人……。次でやっと半分を切れるな」
「うん……」
ルーザと顔を見合わせながら頷く。
これで、エレメントは四つ目。次でようやく折り返しになるんだ。少しずつでも進んでいることを実感する。
「水・闇・新月・満月と……数は揃ってきましたが、王笏の封印はまだ解けていません」
「そうなんですか?」
「王笏は『滅び』に対抗する剣が故に、力が強すぎるものです。封印を施した者も、それが『滅び』に利用されることを恐れたのでしょう」
確かに……言われれば納得だ。
ゴッドセプターが『滅び』に対抗するものなら、『滅び』が付け狙ってもおかしくない。封印が僅かでも解けていたなら、まだ充分戦える実力を付けていない私達では守りきれる自信はない。
それでも、使い方を誤れば『滅び』とそう変わらなくなってしまう。諸刃の剣……ゴッドセプターはまさにその言葉を体現しているかのような存在だ。
「だからこそわたくしは試したのです。その剣を、正しく使えるかどうかを。託すのに相応しいかどうかを」
「で、でも……実際に使うのは命と死の大精霊なんじゃ」
カグヤさんと戦う前、カグヤさんはこうも言っていた────『その二人は、神の王笏の力を限界にまで引き出す才能がありました』と。その言葉をそのまま解釈するなら、命と死の大精霊がやがてゴッドセプターを使うということになるのだろうに。
それが何故、私とルーザとオスクになるのだろう。
「ええ、表向きは……ですが、その話はいずれ。時が来ればオスク様が話してくださるでしょう」
「結局、僕なのかよ。責任転嫁もいいとこじゃん」
「望むことを話していないのはお互い様でしょう?」
「それについては反論出来ないぞ」
「くっそ……」
カグヤさんの言葉と、ルーザの指摘にオスクは不機嫌そうに顔をしかめる。
カグヤさんの言葉は本当のことだ。私もオスクを庇えそうにはない。
「とにかく。急に難題を吹っ掛けるからどうなることかと思ったが……協力感謝する、カグヤ」
「ええ、わたくしも満足致しました。必要があれば呼んでください」
シルヴァートさんにカグヤさんはそう返してくれた。
カグヤさんも私達にこれからも協力してくれるようだ。力を貸してくれる大精霊が増えるのはこれから先『滅び』が侵攻してくることを思うと凄く心強い。
「これで月が再び一つになれるのだな」
「光と影に分かれていた月が合わさることが出来るのは貴方方の努力の賜物です。胸を張ってもいいことでしょう」
「はい……!」
私達も大きく頷く。
このことも長い時間の経過や争いの中で歪みが広がってしまった光の世界、影の世界が歩み寄ってきている証拠になる。二つの世界が、また深い繋がりを取り戻せる時も近いのかもしれない。
「水を刺すようで申し訳ないですが……一つ忠告を」
カグヤさんが再び口を開く。さっきまでの穏やかな笑みはすっかり消えて、また険しい表情……。
「月は見る者を狂わせます。月は狂気の象徴でもある……どうかこの先、どんなことがあろうとも狂気に全てを蝕まれることのないように」
「え……?」
カグヤさんは私達を見据える。そんな今までとは何か違う、威圧感を感じて思わず後ずさりたくなってしまう。
……いや、違う。カグヤさんが見ているのは私だけ……?
狂気……それが私となんらかの関係があるのだろうか? それでもなんだか、その先を知ってしまうのが怖くもある。これ以上聞いてもいいのか……拒む自分がいる。
何故かはわからない。何か背筋にゾクリとしたものが走ったような……そんな寒気が私を襲った。
「わたくしからの話はここまでです。では、次は宴の準備を……」
「えっ⁉︎」
カグヤさんの口からまた宴という言葉が出てきて私達はビックリ。
カグヤさん……まだ宴を諦めていなかったの⁉︎ もしかして、もしかしなくても、宴なんてしなくていいという意思が伝わっていない⁉︎
「あの、カグヤさん。宴をしてもらわなくても本当にいいですから……」
「そうはいきません。シノノメはもてなしの国。まだ一切の食事すら用意出来ていないなんて、わたくしの気が済みません」
そういえば、ここに来る前にモミジさんもシノノメはもてなしの国だとか言っていたっけ……。
有難いことは確かなのだけど、内容が心配だ。一体、宴って何をするのだろう? 少し怖いけれど……恐る恐る宴の内容をカグヤさんに聞いてみる。
「玉兎達が腕によりをかけた御膳を並べ、妖達の舞を鑑賞、そして選りすぐりの酒を味わう。それを一晩かけて行います」
「ひ、一晩⁉︎」
……つまり、その内容を一晩中ぶっ通しで行うということなのか。
絶対に無理だ‼︎ そこまでしなくてもいいというのに、全くもって私達の気持ちがカグヤさんに伝わっていなかった。ここで止めておかないと私達の体力ももたない!
「それでは駄目です。わたくしの誇りにかけても宴を行わなければ。玉兎達、用意をお願いします」
「わかったなのー!」「じゅんびするのー!」
「い、いえ、本当にいいですから!」
私達でカグヤさんを説得し、今にも準備を始めそうな玉兎を止めようとするせいで広間はたちまち大騒ぎに。その中でシルヴァートさんはやれやれと頭を抱え、オスクはニヤニヤと愉快そうに笑っているばかりだ。
……おかげでさっきカグヤさんが口にした、これから来るであろう私に対しての『狂気』ということはすっかり抜け落ちて。
「みんなで、大事になる前に逃げ出そうか……」
「う、うん」
「はい……」
結局、力ずくでは止めきれなかった私達は、宴の最中に隙を見て逃げ出すという意見で賛成することにした……。




