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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第6章 和と東雲の前奏曲
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第61話 千年越しの新難題(3)


 流石、大精霊同士の戦い……やはり大きな力を持つ二人がぶつかり合うのは激しいものだ。縦横無尽に夜空を飛び回り、星の間を駆け抜け、隙あらば攻撃を加えていく……そんな戦い方。私とルーザはそれに圧倒されて、大精霊との力の差が見せつけられる。


 私達も少しでも役に立とうと努力はしているけれど、長い歳月で積み重ねられたものは格が違いすぎる。

 今、オスクを援護しようにもかえって邪魔になってしまいそうな気がしてしまうようで……私とルーザはその光景を見ているしかなかった。


「チッ、入り込む隙がないな……」


「う、うん。あ、ルーザ、オーブランとの連携をまたやれないかな?」


「……ちょっと無理があってな、あの戦法。試してみたはいいが、今になって頭がクラクラしやがってな……」


 あ、そういえばルーザが酔いやすいってこと、忘れかけてた……。

 オーブランとの連携攻撃はかなり大きく飛び回っていたし、ルーザにも辛かった筈だ。その証拠に、少しその顔が青ざめている。


 三半規管も鍛えるか……というルーザの呟きに苦笑いを返しながらオスクの方を見ると、丁度カグヤさんに大剣の攻撃を当てられているところだった。カグヤさんも巨大な刃には耐えきれず、体勢を崩して身体がふらつく。

 やった、これでかなりの体力を削れたんじゃないかな⁉︎

 オスクが言っていたことが正しいなら、カグヤさんの力は満月の前にいることで増してしまうんだ。その前に、ここで決着を着けてしまわないとかなり厳しい筈。カグヤさんが月の前に戻ってしまう前にトドメを刺してしまわないと。


 ようやく入り込む隙が出来て、私とルーザも二人の間に割り込む。そうして三人でそのまま、膝をついているカグヤさんに向かって各々の武器を振り下ろす!


「────お見事です。ならばわたくしも……本気を出させていただきましょう」


「……ッ⁉︎」


 カグヤさんから発された言葉によって衝撃が走り、今にも振り下ろそうとしていた剣を持つ手が一瞬硬直する。

 今までのは本気じゃなかった……? それでも迷っている暇はない、言葉の意味は理解できなくともせめて攻撃を繰り出そうと手に力を込める。


 けれど……次の行動に移す切り替えの早さは、カグヤさんが上回った。


「……『火鼠の煙幕』!」


 次の瞬間、カグヤさんの声と共に現れたのは、目の前の景色を全て遮断する黒い煙だった。『それ』はカグヤさんから爆発的に噴出し、五感全てを遮り、正面を覆い尽くす。


「うわっ⁉︎」


「くそっ、なんだよこれは‼︎」


 いきなりのことに理解が追いつかない。武器を振るったとしても黒煙は切り裂かれることも、歪むこともなくもくもくと私達を形のない檻で閉じ込めている。

 暗闇が、言い知れぬ恐怖を掻き立てる。普通の暗闇とも言い難い、そんな黒煙に包まれるのは気分としては最悪だ。動こうにも、その場で地団駄を踏むしかないのだから。


 早く、この煙よ消えて────そんな言葉が口から出かかったその刹那、突如としてそれは取り払われた。その代わり、カグヤさんが満月の前に戻ってしまった光景と共に。


「なっ⁉︎」


「さあ、目くらましはこれでいいでしょう。宣言通り、本気でかからせていただきます」


 その途端……さっきまでとは比較にならない大きさの魔法陣が、カグヤさんの背後に形成される。

 魔法陣は円を描き、様々な呪文が刻み込まれ、やがて満月に匹敵する程の大きさにまで膨れ上がる。その前に佇むカグヤさんは、満月と一体となろうとしていた。

 そしてその強大な力は、次の言葉によって放たれる。


「『神閃月下』‼︎」


 その甲高く響き渡る詠唱と共に、月の周囲にある星々がギラリと鋭い光を私達に向ける。

 その光の一つ一つが筋となってカタチを持って現れる。そして……私達に、凶器となって襲いかかる!


「ぐっ⁉︎」


 それらは無数のレーザーだった。星から無数に放たれるそれはまるで流星群だ。ただし、手前にある星の間を縫い、正確に私達を貫こうと迫ってくるという時点で、この世で一番恐ろしい流星群だろう。

 今度は私達がレーザーの弾幕によって退路を塞がれてしまった。逃げ道なんて数センチ程度……一つをかわしても、また次が来る。そんな感じで、レーザーは容赦無く私達に傷にはならずとも、確実にダメージとして入ってきた。


「くそっ……これじゃ完全にハメじゃねえか! どうしろってんだよ!」


「ちぇっ、仕方ない。二人共、僕の背後に回れ!」


「わ、わかった!」


 NOという選択肢はない。オスクに言われた通り、すぐさまオスクの背後に隠れる。


「『カオス・アポカリプス』!」


 私とルーザがオスクの背に入ると同時に、オスクは闇で障壁を作る。オスクは出来るだけ闇の壁を広げ、私達に降りかかるレーザーを防いでくれた。


 僅かだけど、攻撃を喰らい続ける時から解放された。戦いは終わっていないけれど、被弾する恐怖から逃れられたことに安心感が広がる。

 カグヤさんは、この圧倒的な攻撃を突破してみせろというのだろう。せっかくオスクが作ってくれた時間だ、必ず突破口を見つけなければ。


「どうすんだ? カグヤがあの満月の前にいる以上、引き剥がしでもしないとずっとこの状況だぞ」


「まあね。偽りっていっても、あいつにとっては本物と変わりない。だからその分、あの月が変わらないんじゃこっちにも勝機はないってこった」


 流石のオスクもカグヤさんの力の前に焦りの表情が浮かんでいる。この攻撃と、いつ障壁が壊れるかということもあってだろう。いつもの余裕をかました笑みはすっかり消えていた。

 オスクでもそう言わしめるほどの敵だ。カグヤさんを、あの月を、私達でなんとか出来るのかな……?


 そんな時、障壁がレーザーを受け続けていたことで、ピシッと嫌な音が聞こえてきた。


「……くっ、これだともって数十発くらいだな」


「くっそ、お前のカバンに何かないのか? これだけ入ってるなら、何か一つでも……!」


「あ、ちょっと! 勝手に弄らないでよ!」


 焦りからか、許可も無しにいきなりルーザは私のカバンに手を突っ込んでゴソゴソし始める。

 もう、折角整理していたのに! と、文句を言おうと口を開きかけると、


「……あん? なんだ、これ?」


 ルーザが不意に、カバンの中に入っていたあるものを取り出した。

 私の手のひら程ある、ガラス製の小瓶。それには赤く、黒混じりの液体が小瓶の中で滑らかに踊っていた。


「なにそれ? まるで血じゃん」


 ……オスクの言う通りだった。

 だってそれは、アンブラ公国で吸血鬼・レオンから託された自身の血液だから。


 そうだ……これがあった!

 何故に今まで忘れていたのか。渡された時の衝撃は大きかったと言うのに。

 それでも今はそんなことは関係ない。レオンから託されたこれは、今ここで役に立つかもしれないのだから。


 吸血鬼の血────吸血鬼はそれを相手に与えることで眷属にすることが出来るけれど、これは吸血鬼の体質を得るだけで精神の支配は受け付けないという、特別なものだ。

 吸血鬼は夜を支配する。それはカグヤさんが作ったこの空間も例外じゃない筈。上手くいけば、月さえも操れる可能性すらある。


 レオンはあの時言った。

 ────『危機が迫った時にでも使えばいいだろう?』、と。

 今がその時だよね、レオン……!


「ルーザ、それ貸して! 今、使うから!」


「お、おう」


 私の勢いにたじろぎ、戸惑いつつもルーザは小瓶を素直に手渡してくれた。

 私は小瓶の栓を開く。赤く、ドロッとした液体が小瓶の中で滑っていく。血を飲むのは流石に抵抗があるものの、障壁が今にも壊れそうな状況下でそんなことは言ってられない。私は覚悟を決めて、小瓶を口に当てる。

 そして……傾けたことによって血がゆっくりと、それでも確かに私の口に入ってきた。私は小瓶の中身を、一気に飲み干した。


「……げほっ!」


 うぇ……錆臭い……。カーミラさんが血が嫌いな理由もわかる気がする程の、今までに味わったことの無い酷い味だ。おかげで思いっきりむせてしまった。


「おい、結局なんなんだよ、それ?」


「えっと、どう説明しようかな────」


 その言葉は最後まで続かなかった。

 苦しい。胸が、身体が、張り裂けてしまうような圧迫感が私に襲いかかる。


「ぐ、あっ、ああ……!」


 苦しさに胸を抑えても止まらない。

 身体はひんやりしているのに、頭が、胸が、熱い。身体の内側で暴れる熱が、私を焼け付くしてしまいそうだ。

 この感覚……以前も体験したことがあった。レオンに噛まれた時と同じ……これを耐えきらないと、レオンが言っていた力は得られないんだ。あの時は噛まれた後、すぐに気絶してしまったから……。

 つ、辛い……苦しい……けど、耐えなきゃいけないんだ……!


「お、おい。どうした!」


「毒でも飲んだのかよ⁉︎」


「だ、大丈夫。だから……だから、今は離れていて……!」


 触れたらどうなるかわからない。二人が心配してくれるのは嬉しいけど、今は距離を置いてもらわないと。


 熱が私を包み込む。熱いのに、汗は滲まない。異様な感覚に怖さもあるけれど、これは当然の対価。それも覚悟の上だ。


「─────ァ」


 声にならない、私の絶叫が耳と空間をつんざく。

 途端に熱が身体に馴染み、取り巻いていた『それ』が身体の中に入ってくる……そんな感覚に囚われると同時に景色が変わっていった……。

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