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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第6章 和と東雲の前奏曲
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第60話 赫映姫の名が背負うもの(3)


「────『月光招来』」


「……っ⁉︎」


 カグヤさんの持つ杖から光が放たれたかと思うと、その瞬間、突然視界が暗闇に包まれる。

 いや、正確には夜空に閉じ込められたという方が正しいか。周囲にはポツポツと星らしき光が見えているし、暗闇の割には明るすぎる。

 そしてそれを理解する前に……私達3人の身体がふわっと浮き上がる。


「えっ⁉︎」


「なっ……」


 それは重力からの縛りに解放されたことを意味していた。足元にあった床の感触が消え、全ての手足が虚空を仰ぐそんな感覚。自分で飛ぶのとはまるで違う、強制的にそんなところに放り出されたといういきなりのことに呆気にとられた。

 一体、どうなっているの……。みんなは? この空間は?


「────ようこそ。わたくしの世界へ」


 その声に私達はハッと振り向く。その声が飛んできた方向にはいつの間にか月が浮かび上がっていた。

 どこも欠けていることのない、完全なる満月。その光を背後に立つ、女性が一人。


「カグヤさん……」


「どうかご安心を。貴方方のご友人は無事です。ここはわたくしが作り出した月夜を映し出す偽りの空間。貴方方はもはや、自力でここから出ることは叶いません」


 カグヤさんはさっきまでと変わらない、穏やかな笑みを浮かべている。それは今の状況ではとてつもなく恐怖を抱かせるものだった。

 それでも────偽りだとしても満月をバックに佇む満月の大精霊は、こんな状況下でもため息が出る程美しい。


「で、こんなところまで呼びつけて一体何の用だ?」


「……簡単な話っしょ」


 ルーザの質問にカグヤさんが口を開きかけた時、紡がれようとしていた言葉はオスクによって遮られる。

 オスクはこんな状況に陥ってもなお、いつものように余裕をかました笑みを絶やしていなかった。


「こんな見せかけだけのせっまいところに閉じ込めて、かつ何の邪魔も入らせない場でやることなんて一つしかないわけじゃん」


 それを言い切る前にオスクはいつの間にか大剣を構えていた。カシャンという金属音が響き渡り、目の前に浮かぶ満月の光を反射して刀身がキラッと輝く。

 こんな場所で、お互いが武器を構えて相対することなんてただ一つ。────即ち、戦いだ。


「察しが早くてこちらとしても好都合です」


「ま、歳食ってると展開とか読めるようになるし。この人選の理由だけ聞きたいところだけど」


「貴方達、3人が運命を大きく左右する……そんな予感がしてです」


 カグヤさんの表情は至って真剣だ。それはカグヤさんの勘だとしても、嘘とは思えない。この戦いでやろうとしていることが、余程大きな意味を持つ……そのような意味が含まれている気にさせる。


「ふーん。ま、あながち間違ってはいないと思うけど。僕だってかなり引っ掻き回してるわけだし」


「ならば、お受けしていただけますか?」


「はん、当然っしょ。ていうか、嫌といっても出さない癖に」


「ええ。わたくしはやると決めたら貫き通す主義ですので」


 カグヤさんから笑みが消え、身体の周りに光を繕う。満月の光と一体となり、より一層その光を纏うとまで言われた美貌が引き立つ。

 ────それは殺気に限りなく近いような気がした。


「わたくしは試さなければ満足しない性分なのです。貴方方3人の、持ち得る力の全てをわたくしにぶつけてきてください」


「持ち得る力の、全て?」


「ええ。例えば、その獣との契約の証である宝玉」


 カグヤさんに言われるまま、私とルーザは自分の懐に視線を落とす。そこには炎の色を模した宝玉と、澄んだ水を映す宝玉が収められている。

 フレア、オーブラン……種族は違えど、二つの大切な仲間との絆である証のオーブだ。


「わたくしに向ける刃はただ単に目に見えるもの全てではない筈。それらを全て使い、わたくしを乗り越えてみせてください。わたくし如き、退けられなければ『滅び』を止めることなど不可能でしょう」


「……そうですね」


 それは正しかった。間違いなど一切なかった。

 今ここで対峙しているカグヤさんのプレッシャーだって尋常じゃないけれど、『滅び』はそれ以上だ。カグヤさんを超えずして、食い止めるのなんて無理。だからこそカグヤさんは今の状況を選んだんだ。


 私とルーザも武器を構える。それはカグヤさんの意見に乗り、戦いの意思があることを示す。カグヤさんにもそのことが伝わったのだろう、またその顔には満足げな笑みが戻る。


「良い覚悟です。どうして、このようなことをしているのに胸が踊るのでしょうか。わたくしの選択は残酷なことかもしれないというのに」


 カグヤさんは笑っていた。

 絶世の美女と謳われる、そんな綺麗な顔に唇で弧を描きながら。


「貴方方に期待しているからでしょうか。その答えも、ここにあると思いたい」


 カグヤさんは光を纏う。

 偽りといっても見惚れてしまう満月の光を集めながら。


 そして、今ここでカグヤさんは偽りの月の手前で声を張り上げる。


「さあ、貴方方の力を存分に見せてください。『カグヤの難題』────それを乗り越え、わたくしに貴方方を認めさせてください‼︎」


 甲高い声が私達に突き刺さるように、この空間に木霊する。

 ────そうして『カグヤの難題』と称されたその戦いの幕が今静かに、それでも高らかに切って落とされた。

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