第60話 赫映姫の名が背負うもの(2)
あと……そうだ。協力してくれるのなら、『滅び』というのが一体なんなのかも聞けるかもしれない。私達、妖精より遥かに長い時を生きてきたカグヤさんなら、何か知っている可能性もある。
そう思いついた私は、早速『滅び』のことについて疑問をを投げかけると、カグヤさんは顎に手を当て、考え込む仕草をした。
「『滅び』がなんなのか……ですか。難しいところではありますが、少々知識を持ち合わせてはいます」
「えっ、本当に?」
「ええ。伊達に悠久の時を生きながらえていません」
予想していなかった答えに声が上ずる。カグヤさんも何処か得意げな表情だ。
ここに来てようやく、『滅び』のことについて少しでも知ることが出来るかもしれない。オスクもシルヴァートさんも、これからされるであろう話に少し身を乗り出しているような気がした。
「『滅び』は────この世界での、諍いの象徴ともいえるものです。妖精、精霊達が助け合うという繋がりを忘れ、争いが頻発した後に天誅を下すが如く、その牙を剥きます。それも、一度では済まずに」
「えっ……じゃあ、『滅び』は過去に何回もあったんですか?」
フリードがぽつりと漏らした言葉にカグヤさんは頷く。その反応が、私達にどれだけの衝撃を与えたかなんて、説明するまでもない。
「『滅び』は周期的に出現しています。何百年、何千年……と、空白の時間も規模もそれぞれでまちまちですが」
「『滅び』は……止めることが出来ないんですか?」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
止めることが自分の意思では叶わなかった。その言葉が肯定されてしまえば、今までやってきたことも、今ここでカグヤさんに会いにきたということも全てが否定されてしまう。それはある意味死ぬことより怖かった。
────私達はなんのために、今までやってきたのかと。
「『滅び』は食い止めることが出来ても、今まで根絶させることは不可能でした。妖精、精霊達の繋がりは一時的です。共通の敵がいる間は対立関係でも手を取り合うことができます。しかしそれが取り払われてしまえば、再び争ってしまうのです」
「……っ」
黙っていることしかできなかった。
生きている以上、それぞれの考えは違う。それでなんらかのすれ違いが生じて争いが起こるし、それが小さいものだとしても……私達でさえ言い争いなどの小さなケンカをするのだから。
それが国という規模になれば最悪、戦争にだって発展する。それがつい最近までの関係が閉じられていた光の世界、影の世界の状態でもあった。否定することなんて許される筈もなく。ただ沈黙と緊張の圧力が再び私達にのしかかる。
「しかし、それはあくまで過去のこと。妖精や精霊達も過去を教訓にすることができるでしょう。それに、新たな可能性も出てきています」
そんな私達を見かねてか、カグヤさんは再び言葉を紡いでいく。カグヤさんのいう新たな可能性……それが『滅び』を止めることが出来ることなのか、と。
「貴方方も、大精霊のことについて探りを入れているのならご存知でしょう。『命』と『死』の大精霊の存在を」
「……!」
死の大精霊という言葉でビクッとする。
いうまでもなく、レシスのことだ。それが新たな可能性?
確かに、オスクも前に言っていたけれど命と死の大精霊は最近出現したと聞いていたことがあった。大精霊が2人も増えた────それは、今までの状況とは大きく異なるだろうけれど。
「そのお二方は、神の王笏の力を限界にまで引き出す才能がありました。二人の力を借りることが、『滅び』を完全に途絶えさせる必須条件でしょう……」
カグヤさんの言葉に、私は浴衣でも手放さなかったいつものカバンに視線を落とす。
神の王笏……つまりはゴッドセプターがこの中に入っている。これの力を引き出せるのが、命と死の大精霊だったなんて。
シノノメに来る前に大精霊に会うために調べていた時にフリードが提案した、命と死の大精霊に会うことが近道になり得るのではないか、ということ。それが、実は現状では限りなく正解に近かったんだ。
レシスは記憶の世界で会えるからいつか協力を頼めるかもしれないからいいとして、問題は命の大精霊だ。命の大精霊が何処にいるのかは今まで調べていてもさっぱりだった。
「ええっと、その2人は今どこにいるんですか?」
「わたくしも存じ上げませんね。そのお二方は行方不明と聞いています。ですが……」
ドラクの質問にそう返すと、カグヤさんが私とルーザをちらっと見てくる。
「……? あの、どうかしました?」
「……いえ、なんでもありません。今、ここで問うことは野暮でしょうから」
……またこれだ。
もう何度目だろうか、大精霊に会う度に私とルーザに何か思うところがあるような視線を向けられ、私達が探りを入れる前に話を途絶えさせられてしまうのは。
オスクに今は聞かず、流れに身を任せてみるのも手だとは言われたものの、それはそれ、これはこれだ。何度もそんな反応をされると気になって仕方がない。
もしかして……玉藻前が私をカグヤさんのところへ連れて行こうとしたのも、それに何か関係することなの?
私がそう聞くと、カグヤさんは僅かながらもその首を縦に振る。
「少々確かめたいことがあって、玉藻に命じました。手荒なことをしておいて申し訳ないですが、理由をここで語るわけにはいきません。わたくしが口を開かずとも、それを知る日は程遠くありませんから」
「は、はい……」
「……わかった」
それ以上ものを言わせない言い方だった。あまりのカグヤさんの真剣な言葉の迫力に、私もルーザも縮こまる。
やはり、私とルーザの関係に触れる話なのだろう。なら、これ以上は今まで通り今は聞く必要はない。
「なら別の話だ。エレメントを譲って欲しいんだが……」
「ええ、もちろん忘れていません。少し準備をさせてください」
カグヤさんは不意に顔を上げて、入り口の襖へと目を向ける。
すると、再び襖が開き、九本の狐の尻尾を携える女性……玉藻前がこの部屋に入ってきた。
「はい、カグヤ様。頼まれていたもの」
「ありがとうございます、玉藻」
そう言って玉藻前がカグヤさんに渡したのは、月が描かれた一本の杖。
これが準備ということなのか。カグヤさんがこれから何をするつもりなのかよくわからず、私達は揃って首を傾げる。
「なんだ、誰かと思えばさっき尻尾を巻いて逃げた化け狐か」
「誰が尻尾を巻いたですって⁉︎ 妾はただカグヤ様に命じられただけよ!」
オスクの言葉にすぐさま反論する玉藻前。だけどオスクはにやにやするばかりで、完全にからかいの対象としか見られてない。
「たまもさま、まけたのー?」「たまもさま、こてんぱんなのー?」「たまもさま、ずたぼろなのー?」
「うるさーい‼︎ チビの玉兎のくせに、いつも生意気なのよ、あんた達!」
さらに玉兎の挑発も買ってしまった玉藻前が怒りを抑えられずに追いかけっこが勃発。たちまちこの部屋はドタバタと荒っぽい音に包まれた。
玉兎は「きゃーこわーい!」とはしゃぎながら部屋中を飛び回る。これじゃ、玉藻前は完全に玉兎達のおもちゃになっちゃってるな。
「玉藻、御来客の前ではしたないですよ。落ち着きなさい」
「うっ……。わ、わかりました」
「玉兎も。からかうのは程々に」
「わかったなのー」「いいこにするのー」
カグヤさんの言葉で一瞬にして状況が変わる。
これじゃあまるで、カグヤさんは妖達の保護者みたいだ。きっとそれは玉藻前や玉兎だけではない筈。そんなカグヤさんの苦労を察して、私達は思わず苦笑い。
「で、話を戻すけど。その杖は一体何の意味があるわけ?」
「……少し、頼みたいことがあります。そこのお二方とオスク様、それ以外の方は部屋の隅に寄っていただけますか?」
カグヤさんはそう言って、私とルーザ、オスクに向かって微笑む。
……何故だろう。穏やかな、平和な笑みなのに何処か恐ろしく感じてしまうのは。これからカグヤさんがしようとしていることへの予感なのか……私にはわからない。
ルーザも、オスクも同様だった。大人しく言われた通りに他のみんなには離れてもらったものの、何処か緊張感が拭えない雰囲気に包まれる。
「……何をしようってのか、聞いていいか?」
「言わずとも、すぐにわかります」
いうが早いか、カグヤさんは杖を掲げる。その長く癖っ毛もない、真っ直ぐな黒髪が風もないのに揺らめいた。
────そして、それは突如としてカタチとなる。




