第60話 赫映姫の名が背負うもの(1)★
竹林の先の御殿で待っていた満月の大精霊────カグヤはにっこりと微笑み、私達を手招きしてきた。
「どうぞ、中へ。歓迎とお詫びの印に、おもてなしをしたいのです」
「あ、はい……」
そう言われてハッと我に帰る。
いけない、思わず見とれちゃってた……。
この御殿の内装も、カグヤさん自身の見た目も、全てが綺麗と思えてしまえるほどに。今の時代でさえ絶世の美女と謳われる理由も自然とわかる。
中々外に出られないのも納得だ。女の私でさえ、目を奪われてしまったのだから。
「どうぞ、くつろいでください。只今から宴の用意をしましょう」
「……えっ⁉︎ い、いえ、結構ですから!」
「そ、そうそう! わたし達、別にご馳走をしてもらうわけで来たんじゃないから!」
カグヤさんから宴という言葉が出てきて驚く。
まさかそんな大掛かりにやろうとしていたなんて。慌てて全員でなんとかカグヤさんを止めにかかる。
「あら……宴ではお気に召しませんか? ならばシノノメ全席を……」
「あ、あの。余計豪華になっていませんか、それ……」
私達が止めている行動が、カグヤさんにはそんな豪華なもてなしをしなくていいという意思が上手く伝わっていない様子。ここで止めておかないとまたグレードを上げられてとんでもないことになりそうだ。
「妖精は随分必死だな〜。貰えるものは貰っておけば?」
「お前も少しは遠慮して止めろよ……。もてなされるために来たんじゃねえってのに」
そんな中でオスクは私達の苦労を知らずに、のうのうと貰ったお茶を飲んでいる。そんなオスクの相変わらずのマイペースさに、ルーザも大きなため息をつく。
私達がここに来た理由は、エメラの言う通りご馳走されるためじゃない。被害も出てしまっているのが現状……ここは早めに本題に移らないと。
「あの、カグヤさん。私達、『滅び』のことに関して話を聞きたくてここに来たんです」
「……成る程、事情はお察ししました。ならば残念ですが、宴は後にする他ないですね」
カグヤさんにも『滅び』という単語を告げると、さっきまでの微笑みが表情から消えた。
やはりカグヤさんも、他の大精霊の例に漏れず、予感はしていたのだろう。さっきまでの穏やかな雰囲気が一変し、緊迫した空気に包まれる。
「玉兎達、用意も取りやめです。片付けをお願いします」
カグヤさんがそう言うと……入り口の襖が開き、小さいものがぴょこぴょこと入ってきた。
「かぐやさまー、ようなのー?」「やめちゃうのー?」
中に入ってきたのは、兎の耳を持った小さな人間体の少女達。大きな耳をふわふわさせ、赤い大きくてくりくりした目を輝かせながらカグヤさんの近くまで跳ねてくる。
精霊……かと思ったけど、違う。私達、妖精の半分くらいの大きさだ。これもカグヤさんが使役する妖の一種なのだろうか?
「ええ、残念ですが。元の位置に戻しておいてください」
「わかったなのー!」「かたづけるのー!」
その小さな兎達は再びぴょんぴょんと移動して、この部屋の中を縦横無尽に飛び回る。そんなせわしい動き方に反し、カグヤさんが用意した宴道具一式をテキパキと片していく。
……そうして、さっきまであった宴道具があっという間に片付けられてしまった。すごい手際だ。
「ありがとうございます、玉兎達。さあ、話に移りましょうか」
「は、はい。ええっと、さっきの兎は……?」
「ああ、あの子達ですか。玉兎といって、わたくしの身の回りの世話をしてくれている妖達です。とても可愛いでしょう?」
「かわいいの!」「いいこなの!」
なんていって、仕事を終えた玉兎達は私達の足元に近づいてきてすり寄ってくる。
確かに、小さな身体も相まってとても愛らしい。身体と一緒に跳ね回る、白くて長い耳もふわふわしていて触り心地が気持ちいいし。
私達の身長の、半分程もないそんな小さな妖達はお客に目一杯の愛嬌を振りまいていく。さっきの戦闘と緊張で締められていた気持ちもなんだかほぐれるような気がした。
「ふふっ。貴方方を玉兎達も気に入ったようですね」
カグヤさんはそんな光景にクスクス笑う。穏やかな笑みを絶やさないその姿はまるで、我が子を思う母親のよう。
その様子を見て玉兎達も、玉藻前も、カグヤさんのことを本当に慕っているのがよくわかる。プライドの高い玉藻前も、大失敗で傷ついていたところをカグヤさんが慰めて受け入れてくれたんだろう。
「宴は取りやめですが、せめてお茶と少々の菓子を召し上がってください。その方が、話もしやすいでしょう」
「うむ、いただこう」
玉兎達がいつの間にか用意していたらしいお茶とお茶菓子を前にして、ようやく本来の目的である『滅び』のことについての話を切り出された。
緊迫な空気が私にのしかかるような気がした。たまらず、私は目の前のお茶に手を伸ばしてすすり始める。
出されたお茶も私達には見慣れないものだった。私が普段、飲んでいるお茶は茶色で透き通っているものがほとんどだけど、今飲んでいるものは緑色で濁っている。
コーヒーよりかは苦味は少ないけど、独特の風味で落ち着く味だ。おかげで少し緊張も和らいだ。
カグヤさんに今までの『滅び』の動きと、これまでの被害、そしてこれからの対策を相談するために私達全員で説明していく。
『滅び』のことはなんとなくわかっていたのだろう、カグヤさんは説明しても驚くなどの大きなリアクションを示さなかった。『滅び』の動向がいよいよ本格的になってきた……そういった感じの認識なのだと思わせる反応だ。
「……そうですか。わたくし達、大精霊の力を再び合わせる時が来たということですね」
「それがわかってるなら、話が早いじゃん。もちろん、協力はしてくれるんだよな?」
オスクがそう聞くと、カグヤさんはすぐさま頷く。
「わたくしも『滅び』の脅威は感じています。それに、シノノメの妖精が被害にあってしまったとなると、傍観しているわけにはいきません」
カグヤさんも『滅び』に対抗するために協力してくれるような反応だ。シノノメの妖精が攫われてしまった以上、ゆっくりしている暇もない。力を貸してくれる大精霊が一人でも増えるのなら、これ以上心強いことはないだろう。




