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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第6章 和と東雲の前奏曲
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第57話 垣間見る空蝉(4)


「ちょ、ちょっと待ってくれへん……⁉︎」


 そんな考えにまで行き着いた時、モミジさんがシルヴァートさんに飛びつく。さっきまでの笑顔が消えて、その顔はすっかり青ざめている……。


「氷がいつからあったのかウチは知らんの。けど……一週間前に行商妖精を大勢乗せた船が出たんよ!」


「えっ────」


 モミジさんの言葉に、この場の空気が凍りつく。

 ……一週間前。その時はまだシノノメの海はがっつり凍っていた筈だ。

 木造でも金属製でも、そんな氷だらけの海に出たら船底がやられて沈んでしまう。普通はそんな時に船なんか出せないけれど……シノノメの場合は違う。シノノメの妖精が見ていた光景は、氷が一つもない、空も晴天の穏やかな海。でもそれは、『滅び』が見せていた偽物の景色で……。


 ────まさか。その先を考えると、さっきまでの嫌な予感が大きく膨らむ。


「その妖精達は! 商売仲間はどないなってしもうたの⁉︎」


「……私達も『滅び』に関してはまだ不明瞭な点が多い。沈没したか、最悪、『滅び』に────』


「……ッ‼︎」


 その先を聞きたくなかった。シルヴァートさんも敢えて言い切らなかったのだろう。確証がないことだとしても、それは言えないくらい残酷なことには変わらないから……。


「あ、あんた達、大精霊なんやろ! なんとか出来ひんの⁉︎」


「そりゃ無茶振りっしょ。僕は存在する六属性の一つしか支配出来ないし、そこの堅物だって精々幻術を行使するか、魔力の調整ぐらいなもんだし」


「そんな……そんなのってありなん……」


 モミジさんはしがみついていた手を放す。項垂れ、瞳は涙で潤み、その光は弱々しい。黄金色の瞳から溢れてこぼれ落ちた雫が、モミジさんのオレンジの着物を静かに濡らしていく……。


「そんなん、酷いわ……。なんにも悪いことしてへんのに。どうしてそんなめに遭わなきゃいかんの……」


「それが『滅び』ってわけ。今までにお前らが認識していなかっただけなんだよ」


 オスクのその言葉は残酷かもしれない。それでも他に言えることがない。わからないことが多すぎる。無責任に、『絶対に大丈夫』なんて口が裂けても言える筈なかった。

 ……ある意味で平等だ。なんの意思があるかもわからないし、以前にレオンから聞いた精霊がやっていることだとしても、なんの見境もなく、『ただそこにいた』という理由で毒牙にかけるのは。はたから見れば、それは理不尽極まりなくて。


 イブキはそんなモミジさんの背中をさすって励ますくらいしか出来ない。私達も、変なことは言えずに押し黙ったまま。

 空気が、雰囲気が、この場を包むものが重すぎる。なんとかしてこの状況を打破したいところだけど……。


「……状況は変わらないけど、『滅び』にさらわれたってなら可能性はあるけど?」


「……え?」


 不意にオスクがそんなことを言いだし、私達はぽかんとした。

 どうしてそんな、さっきシルヴァートさんが言えなかったことをあっさり言えてしまうのか。いきなりのことにモミジさんはあまりのショックで固まってしまってるし……。

 そもそも『滅び』に攫われている時点で無事ではない筈。それがどうして可能性になるんだろう?


「お前、無神経も大概に……」


「何さ、鬼畜妖精。この僕が軽々しくこんなこと口にするとでも思うわけ? 少なくとも攫われたんなら死んではいないっての。まあそれでも精神侵されてる確率は大だけど」


 ルーザの言葉を否定した割に、その内容は変わらず暗いもの。

 励ましているのか、傷口をえぐっているのか、相変わらずよくわからない。それを聞こうとしたその時、オスクは「なら、」と言葉を続けた。


「別に難しくないっしょ。『滅び』をぶっ飛ばして、そいつらを闇から引きずり出す。なんか変なこと言ったか?」


「随分簡単に言ってくれる。それがどの程度のことなのかわかっているのか? 安否も分からぬというのに」


「だからこの場でウジウジしてるのか? 僕はまっぴらだね。『滅び』に好き勝手やらせて、部下からも後ろ指差されて。そんなことのために乗り出したわけじゃないんだけど」


 流石のシルヴァートさんも、オスクのそんなもっともな言い分にむぅ、と言葉を詰まらせる。

 オスクの表情には一切ふざけた様子は見えなかった。いつもの小馬鹿にしたような、余裕をかましている態度もそこにはない。


「安心しなって。僕は理想主義なんかクソ食らえだ。現実にして価値がある。綺麗事並べる暇があるんならとっとと行動起こすのみさ」


「オスクはん……」


 きっぱりと言い切るオスクの態度にモミジさんの涙が止まる。

 理想か、現実か。難しいところだな……。理想を掲げるのはいいことかもしれない。それが目標になって、行動出来る意義がある。それでも、やっぱり現実にならなければただの虚無にすぎない。それでもオスクはそんな目標という『理想』のために行動して、『現実』に出来る……やっぱり凄い大精霊だ。

 そんな凄い相手が、今はいつも近くにいる。それがとても心強かった。


「そうだね。オスクさんのいう通りだ」


「うん! モミジさんの仲間を助けるために、わたし達も頑張る!」


「ああ。心構え()()は大したものだけどな」


「なんだよ、()()って! いちいち強調するな!」


 ロウェンさんとエメラがオスクに賛成する中で、ルーザだけはオスクをからかっていた。いつもなにかしら締まらないところがあるから仕方ないかもしれないけれど。

 まあ、今はちゃんと言い切って雰囲気を変えてくれたオスクに感謝だろう。


「と、とにかくだ! さっさと満月の大精霊のもとに行くぞ!」


「ああ。それには同意しよう」


「みんな頼むわ。仲間を助けたいし……おかしくなってたら、ウチが目ぇ覚ましたるわ。ウチは着物を貸すことしか出来ひんけど、頑張ってな」


 モミジさんは泣き笑いのような表情でそう言ってくれた。まだショックは大きいだろうけど、その目には涙は消えている。それでもモミジさんの頰には涙の跡はあるものの、黄金色の瞳にはさっきまでの笑みが戻っていた。


「そう言う割にアンタが見返りに何かくれるって選択肢はないんだな」


「当たり前やん。稼いでこその商売やもん。そう甘くはないんよ?」


「ったく。同情して損したな」


 ルーザはため息をつきつつも、安心したように笑っていた。ルーザも、モミジさんを心配していたんだろう。それほどモミジさんのショックは大きかっただろうから……。

 まだ思うところもあるかもしれない。でもモミジさんはさっきの調子を取り戻してきているようだ。


「ほら、決めたなら行くぞ。あいつのところは夜になると真っ暗になって行けないんだよ」


「うむ。これ以上被害を出さぬためにも」


 私達はオスクとシルヴァートさんの言葉に大きく頷く。

 これ以上被害を出してたまるか────そう、今までに以上に強く思いながら。

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