第6話 目線の転換(3)
やがて海の前まで辿り着ついてから羽を畳んで着陸すると、砂浜の感触が靴から伝わってきた。
海は波を立てて、コバルトブルーの水が見渡す限り広がっている。さざ波の音も、砂浜の感触も、全てがオレには新鮮だった。
オレのいる国は山で囲まれていて、その間の平地にある国だから海は離れている。家族なんざいないオレには旅行へ行く機会もなくて……海を見たのも久しぶりだった。オレは近くで見てみようと、出来るだけ近づいてしゃがみこむ。
水もそうだが、真っ白の砂浜を彩るように散らばる色とりどりの貝殻もなかなか綺麗だ。観光地ということも自然と納得がいく。水平線を眺めているのも悪くないし……しばらくここでゆっくりしていくとするか。
「ふう……」
それから数分、オレはぼー……っと黄昏ていた。流石に寝転がって砂まみれになるのは御免だったから、ただ座り込んでいるだけだったのだが、それでもいい時間を過ごせた。
波の音に耳をすませ、足元の貝殻をいじり。水平線をただ真っ直ぐ見据えているだけでなんだかスッキリした気がした。この数日ドタバタしていたこともあって、こうしてのんびりするのもすっかり忘れていたからな……。
そうこうしている間に程よく時間も経ったのか、陽も傾きかけていた。懐から取り出した時計を確認してみれば、間もなく夕方になる時刻だった。ルージュも帰ってくるだろうし、オレも戻るとするか。
なんだかんだで色々あったが、たまにはこういうのも悪くない。久々にのんびりした時間を過ごせて満足しつつ、オレは迷いの森へと向かった。
屋敷に入り、オレは椅子に腰掛けて休憩をとっている時。戻ってからしばらくすると、ルージュも学校が終わったようで屋敷の扉が開かれた。
「ただいま、ルーザ。……あれ、この苺は?」
「ぶらぶらしていた時に見つけたやつだ。礼代わりの土産だ」
「え、お礼されるようなことしたっけ?」
「成り行きとはいえ、一応居候させてもらってるからな。これくらい安いもんだ」
「別にいいのに、そんなの。でも、ありがとうルーザ。夕食の後に2人で食べようよ」
「ああ」
ルージュの言葉にオレは頷く。
ルージュの礼なのに、結局分けて食べることになってしまった。ルージュに当てた土産のつもりだったんだが……一応の礼として買ったものだし、好きにしてもらってもいいか。
「これだと何処か出かけてたみたいだけど、何かあった?」
「言うほどのものじゃない。まあ色々とな」
そんな会話をしながらルージュの夕食作りの手伝いをし始める。少しくらいは手伝わないと、流石に申し訳ないからな。
……しばらくすると、異変に気づく。
遠くからやけに騒がしい声が聞こえてきた。魔物というより、話し声という感じだ。
「なんだろ、誰か来たのかな」
「こんなとこまで来るのはあの2人ぐらいじゃなかったか?」
「うん。平気で入るのは普段エメラとイアくらいだよ」
だがこの声の感じだと複数人……少なくとも、2人以上だ。そんな数の妖精がこんなとこまで用があるなんて明らかにおかしい。
「気になるな。見に行って来るよ」
「オレも行く」
気になることは確か。オレもついて行くことにする。はぐれないよう、ルージュの後ろをぴったりついて行き……森の外に出てみて驚いた。
そこには王都でウルグの相手をした時に周りにいた数人の妖精達だった。ルージュも訳が分からないようでしばらくぽかんとしていたが、やがてハッとしたように見覚えのある妖精を捕まえて問いただす。
「ちょっと、イア! これどういうこと?」
その集団には何故かイアまで混ざっていた。イアも、ルージュに色々質問されているが、詳しい経緯についてはよく分かっていないようで気まずそうに頭をかいている。
「あー、オレは案内しただけで集まってる理由は知らねえんだ。なんかルーザに用があるらしくて、果物屋のじいちゃんに案内お願いされてよ」
あ、あの爺さんか……。
イアに聞いたところ、あの後数人の妖精がオレと話していた爺さんに詰め寄ったらしい。そしてルージュ達とも面識があった爺さんはたまたま学校帰りで王都を歩いていたイアに案内を頼んだそうで。
そしてイアが言われたままに迷いの森を案内し……この状況になったということだと。
「いや〜、あの時は助かったよ。これ、つまらないものだけど」
「まだ若かったから見くびっちゃってごめんなさい……。本当にカッコよかったわ! ほんの気持ちだけど受け取って!」
そしてイアの後ろに控えていた妖精達が次々と品を差し出してくる。フルーツのカゴに、リボンでご丁寧にラッピングされたプレゼント。様々な贈り物がオレとルージュに渡される。
な、なんだこれ⁉︎ いくらなんでも大袈裟だろ!
流石のことに、ルージュまで呆気にとられている。
「ル、ルーザ何かしたの?」
「……」
あまりのことに恥ずかしくなり、頭を抱える。
ウルグ数匹追っ払っただけでこれとか、勘弁してくれよ……。
その後なんとかルージュとイアがそいつらの相手をしてくれて、その場が落ち着く。だが事態が終息しても、大したことをしていないのにこの大騒ぎになったことで、オレにはその光景がトラウマとなってしまった。
しばらくはここの王都に一人で出かけるのはやめておくか……。おそらく、今日のことはいろんな意味で忘れられない思い出になってしまった。
……満月まであと五日。




