第54話 舞い散る桜花と共に(1)
とりあえず私達はテーブルを囲んで椅子に座り、ロバーツさんの用件を聞くことに。エルトさんが持ってきてくれたお茶を飲みながら、ロバーツさんは早速話を切り出した。
「なあに、そう難しい話でもねェさ。俺はある目的があってこの女王さんと交渉に来たってとこだ」
「交渉?」
「ああ。お嬢ちゃん達を俺らの船に乗せる代わりに、この国の港を好きに使わしてもらうってことをな」
「え? どうして私達を……」
私とロウェンさん、フリードはロバーツさんの言葉にぽかんとする。いきなりそう告げられても理解が追いつかない。
そんな私達にロバーツは得意げに笑った。
「大精霊サマに頼まれたのさ。お嬢ちゃん達の今後を考えると海を素早く移動できる手段があった方がいいし、それを俺達に頼みたいってさ。まったくお人好しなこった。ま、大精霊サマ直々に頼まれちゃあ断れねェし、いいんだがよ」
そうか。ニニアンさんが……。
カーミラさんの屋敷を出る時、次は満月の大精霊に会いに行くとは言っていた。ニニアンさんが帰ったあと、ロバーツさんに船を出して欲しいことをお願いしてくれたんだろう。
「だが、俺らはどう足掻いても海賊だ。お尋ね者なのは避けられないし、入る港も制限されるわけでな。こちとらも船を出す代わり、この女王さんに港と食料を提供して貰えるんなら願ったり叶ったりなんよ」
「そうですね……。海賊って肩書きはどうしようもないですし」
「まあな。だから女王さんに相談したのさ。そしたら……」
「ええ。もちろん大丈夫ですよ」
「えっ、ちょっ……そんな簡単に!」
……姉さんはそんな風に、すぐに許可してしまった。
あまりにも姉さんの軽い返事にロウェンさんもフリードも呆気にとられている。その中でロバーツさんは愉快そうに笑うばかりだ。
「あのさ、姉さん。一国の女王なんだからもっと慎重にやらないと……」
「あら、私がちゃんと判断したまでですよ? あなたが信頼している方なら、任せても大丈夫でしょう。それに私は相手が海賊だからと先入観から決め付けたくないですから」
「はん。大した女王さんだな」
「最もらしいこと言ってはいますけど、これからが不安なんですよ……」
相手がロバーツさんがいいけど、他の相手でも信用出来そうな相手、というだけで姉さんは同じようにするだろう。見張っておかないと、いつかとんでもないことをしでかしそうで怖くなる。
でもまあ、何はともあれ姉さんが許可を出してくれたならロバーツさんの船でシノノメ公国に行けるんだ。ロバーツさん以外にも他のクルー達ともまた会えるし、それは素直に嬉しい。
「良かったです! みんなも喜びますよね」
「うん。調べ物の進展はなかったけど、いい知らせを持って帰れるよ」
フリードもロウェンさんも嬉しそうだ。みんなもきっと喜んでくれる筈。
あとは行く日程だ。これはみんなに知らせてからロバーツさんと相談したいところだけれど。
「んなモン明日行くぞ! 早い方がいいだろ」
「え! あ、明日ですか⁉︎」
「ぼ、僕たち学校があるんですけど……」
「サボれ!」
「そんなあ!」
ロバーツさんは豪快にガハガハと笑うけれど、私達3人は苦笑いしか返せない。
ロバーツさんは海賊だ。多分……いや、かなり高い確率で学校に通った経験なんてない筈だ。今まで学校に縛られずに生きてきたロバーツさんには、私達にとっての『学校』という大切さはわからないのだろうけれど。
だけど……やっぱり学校にはいかなくちゃならない。早く行きたいのも本心だけど、最低限のことはこなさないと。
……私達は顔を見合わせて頷く。行くのはやることをやってからだ。
ロバーツさんは海賊だし、私達の感覚が違うことも充分承知している。ロバーツさんの早く行くべきというのは間違ってはいないのだけど、やはりすぐにというのは無理だ。
「……というわけなので、2日後まで待ってもらえませんか?」
「ハッハッハ! 真面目だねェ。ま、いいさ、お嬢ちゃん達がそこまで言うなら俺もどうこう言わねェよ。こっちこそ勝手に押し付けて悪かったな」
3人で一生懸命説明したらロバーツさんもわかってくれた。上手くいったことを実感すると、緊張が解けて力が抜けてくる。学校にも行かず、それでも沢山のクルーを率いることが出来るロバーツさんのカリスマ性は本物だ。そんな凄い相手の説得は簡単じゃない。
それでも。そんな風に最終的には私達のことを優先してくれる、ロバーツさんには頭が上がらない。ロバーツさんやニニアンさん、私達はそんな沢山の仲間に恵まれているのが改めてわかる瞬間だ。
「みなさん、エメラさんのカフェにいますよね? すぐに知らせに行きましょう」
「うん。あ、姉さん。使ってた本借りていくね!」
「ええ。構いませんよ」
私は姉さんにお礼を言いながら、城を後にする。せっかく決まったことだ、早くみんなに知らせたい。
私とロウェンさん、フリードはその場を慌ただしく去っていく。ドラバタとした荒っぽい音だけがその場に残された……。
そんな3人の後ろ姿を見送ると、クリスタはロバーツに深々と頭を下げる。
「ロバーツさん、私からもありがとうございます。港も都合がいい時に使ってください」
「なあに、こちとらも暇なもんでね。女王さんがそう言ってくれるなら有り難いもんよ。あんたこそいい妹を持っているじゃねェか」
「……ええ。自慢の妹です。私にはあの子がいなかったら前に進めませんでしたから」
「そうかい。この状況がいつまで続くか分からんし、今を大切にしなくちゃいけねェ。幸せってのはどうも長くはもたないからなぁ」
「ええ、本当に。そう……長くはないでしょうから。あの子が『真実』を知ったら、その時は……」
クリスタはロバーツから顔を背けると、窓の外へとその視線を向けた。ルージュの後ろ姿はもうそこにはない。
そしてクリスタは……誰にも知られることなく、酷く寂しそうな表情を浮かべた。




