sub.Masquerade of twilight(2)
「何をしている」
「きゃあっ⁉︎」
背後から急にかけられた声にあたしは飛び上がる。
そんなあたしをよそに、その声の主、レオンはあたしの目の前の椅子に腰掛ける。
「他人に仕事をさせておいて、自分は呑気に茶をすするとは、随分な身分だな」
「い、いいでしょ、あなたにしごかれていたんだから! お茶くらい淹れるわよ」
このままだとまた文句を言われる。そう思ってあたしはレオンの分のカップを用意して、カップにお茶を注ぐ。
静かなこの場、お互いに言葉を交わさないこの部屋にお茶を注ぐ音だけが響く……。
お茶が注ぎ終わるとレオンはカップを持ち上げて紅茶を同じくすすった。
お礼もなし。感じ悪いわね……。
「お前、さっきまで何を考えていた?」
「え? それは……ルーザとルージュ達のことを思い出していたのよ。変なことじゃないわ」
レオンはふーん、と言わんばかりにつまらなそうな表情を返す。
もう、 少しくらい楽しそうな顔をしなさいよ!
……なんて愚痴を声に出さずにしまい込む。愚痴を聞いてくれる相手くらい、いてほしいわね……。
「あ、そういえば……」
「なんだ」
「なんでここを襲った時、眷属にあの子を選んだのよ?」
「……? あのエメラルドの妖精か?」
「違うわよ。ルージュのこと」
エメラを最初に狙ったのは女の子だし、単に抵抗する力も弱いからだろう。それはあたしでも予想出来る。
でもルージュは別。眷属にされてしまった子達を解放した後、ルージュだけがその後に攫われてしまったんだ。
「……そんなこと聞いてどうする」
「気になるからよ、なんでルージュを狙ったのか。過ぎたことだから言うけど、戦力としては大精霊様の方がいいでしょ?」
あたし達を本当に打ち負かしたいのなら、大精霊様……オスクさんを支配下に置いた方が確実だ。
ルージュはオスクさんに比べれば、単純な力では劣るかもしれないのに……どうして?
「……女の方が牙も突き立てやすい。それにあいつはけしかけた眷属も振り払ったし、それなりの実力もあるのが証明されていた」
「それならルーザでもいいじゃない。なーんか他の理由がありそうね……」
「他人の事情をいちいち掘り下げようとするな! とにかく言わないからな……!」
レオンはぷいっ、と顔を背けてしまった。
ルージュを選んだ理由、ね……。結局、なんなのかしら。
レオンがどう言おうと、あたしは気にしない。こうなったら、その理由を突き止めてレオンの弱味をがっちり握ってやるんだから!
何か一つでも弱味を知っていないと、あたしは失格吸血鬼だと馬鹿にされるだけなんだからいいわよね⁉︎ と、自分を納得させながら色々予想してみる。
考えて、考えて……もう一つ気になることがあった。
レオンがこの屋敷を襲って、その後ろめたさから自暴自棄になってしまった時、一緒に火山に来てほしいということをルージュが説得したんだった。
そのおかげでそれまでぶすっとしていたレオンの表情が、ルージュの説得で少し和らいだんだ。その時、レオンの顔がほんのり赤くなっていて────
あ! もしかして、レオンは……
「ねえ。まさか、ルージュに好意も持っていたなんてことは……」
「……っ⁉︎ ば、馬鹿を言うな! 吸血鬼が妖精に好意を抱くなんて恥晒しでしかない!」
「ははーん。その反応だと図星ね」
「違うって言ってるだろ!」
「じゃあ、なんでそんなに慌ててるの?」
「う、ぐ……」
レオンは顔をくしゃっとしかめ、黙り込む。
今の今まであたしが何か言う度に嫌味を返していた癖に! これは相当ね……!
あたしはレオンの弱味が握れた、と心の中でひそかにガッツポーズをした。
「恥ずかしがることないじゃない。吸血鬼の男は惚れっぽいものよ? だから花嫁をいっぱい作るのなんて、当たり前なんだから」
「決めつけるな! 紅い目をした妖精は珍しいと思っただけで……」
「それにしてはあなたがあの子達の中で一番話したの、ルージュでしょ? あたし、帰る前日にあなたとルージュが話していたの、知ってるんだから!」
「……っ⁉︎ な、何故それを……!」
「ふふん。寝ていると思わせておいて、こっそり見てたのよ!」
……なんて、それは冗談。
あたしはあの日、喉が乾いたからベッドを抜け出したところ、窓からその光景が見えたんだ。だからレオンとルージュが話しているところを見たのは、本当にたまたま。
でもレオンがそれを知るはずもない。レオンの顔は、目と同じくらいに真っ赤になっている。
「キサマッ……ここでその息の根、止めてやる‼︎」
「短絡的ね〜。それこそ恥晒しじゃない?」
「む、ぐ……」
「あたしは他人の事情に口は出さないけれど……あなたの恋路は叶いそうにないわね」
「勝手に決めつけるなと……。大体、どういう意味だ?」
気になるってことは、認めたも同然じゃないかしら。
とにかく。どうしてそれが叶わないのか、それはあの時のイアの反応を見ればあたしでも一瞬で分かる。
「イアのことよ。あの子が元々、ルージュに好意を寄せていたみたいだし。あの慌てようじゃ、相当焦っていたわね」
「……」
「何かきっかけでもない限り、あの子達と出会うことはなさそうだし……あなたが近づくのは難しいわね」
ルーザがいった言葉のイアの食いつきっぷりはかなりのものだった。好きな相手が取られる……焦って当然のことでしょう。
あの子達の付き合いがどれほどかはわからないけれど、少なくともあたしとレオンの倍以上だ。それが出会ったばかりの、しかもその時はまだ警戒していた相手に取られるなんて、かなりショックのはずだもの。
「だから、潔く引き下がるしかなさそうよ?」
「う、うるさい。お前にだけは口を出されたくない!」
「素直になればいいのに。意地っ張りのお子様ね〜」
あたしは今こそ仕返しとばかりにレオンをケラケラと笑い飛ばす。それによって、レオンの表情はみるみるうちに怒りに染まっていった。
「……ふん! これを見ても笑っていられるか、見ものだな!」
レオンはドンッ! と乱暴にあたしの顔程ある大きな瓶をテーブルに叩きつける。……その中には、赤い液体がたっぷりと。
黒混じりで、ドロッとした……まさか。
「そ、それ、全部血……⁉︎」
あたしがそういうとレオンはニヤッと笑う。
そのレオンの表情ときたら。口の端を歪めて、思いっきりの悪者顔で。
「僕が絞りに絞った、ある奴の血液だ。精々感謝してもらわないとな……!」
「ま、まさか全部飲ませる気⁉︎ 冗談じゃないわ!」
「ふん! お前の血液嫌いはこんなもので済まされるものか! これを飲み干せるまで、僕がつきっきりでしごいてやる。有り難く思え!」
「いやあっ!」
あたしは耐えきれず、椅子をひっくり返してその場から逃げ出した。
それをレオンが許してくれるはずもなく……飛んできたレオンによってあっさり捕まり、瓶の中のものを口に無理矢理押し込められて……。
この先は思い出すだけで卒倒しそうだから、言えたものじゃない。
「は、早く戻ってきてーーーーーッ‼︎」
ルーザとルージュ達にあたし精一杯の叫びを屋敷に響かせる。
それは当然、届くはずもなく……紅い月が照らす虚空に虚しく消えていった……。




