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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第1章 光の旋律
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第6話 目線の転換(2)


「キャー⁉︎」


「ん?」


 そう考えた直後、悲鳴が聞こえてきた。

 女らしき甲高い声。それに混じって複数のざわざわとした戸惑いの声も。その声を頼りに、聞こえたところを辿って辺りを見ると、一つ奥の通りがやけにざわついている。


「魔物でも出たようだね。王都だから兵士さんもすぐ着くだろうけど、早いとこお嬢ちゃんも逃げた方がいい」


 爺さんは魔物の騒ぎとあって、一旦逃げるつもりのようだ。

 ……こんな通りだったら数は少ないだろう。だったらオレ一人で充分だ。一応と、鎌を持ってきておいて正解だった。


「はっ、逃げるなんてじれったいね。ちょっと待ってろ、じいさん!」


「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん⁉︎」


 苺のカゴを預けて魔物がいるらしい通りに向かう。

 そこには狼のような魔物……ウルグが3匹と、逃げ惑う妖精達でごった返していた。


 ウルグは恐らく近くの店の売り物であろう野菜や果物などの食べ物を食い散らかしている。そして他のものや周りの妖精には目もくれず、食べ物だけを夢中で漁っている。

 もしかして、こいつら……。ただ好き勝手に暴れてる訳じゃないみたいだな。


「オレが相手する。下がってろ!」


 妖精を全員どけて、鎌を構えてウルグと対峙する。その途端、背後から視線がオレに集まってくるのを感じた。


「な、何やってるんだ、君!」


「危険よ、離れて!」


 周りはオレが出た途端に戸惑う声をあげる。オレがまだ子供だからと、見くびっているのだろう。

 ……ったく。子供だからって舐めるなよな。護身術くらい、学校でも習ってるだろうが。


「お嬢ちゃん!」


 どうやら追いかけて来たらしい、爺さんの声まで後ろに聞こえる。

 待ってろ、って言ったんだがな。まあいい。


「お前らこそ離れてろ。吹っ飛ばされても責任負わないぜ‼︎」


 オレは鎌を振るい、それに魔力を込めて地面に突き立てる。


「『ダークネスライン』!」


 地面に向けた魔力が地表からでかいトゲを成してウルグを吹っ飛ばした。


「ギャウッ⁉︎」


 ウルグは悲鳴を上げ、地面に叩きつけられる。

 そこまで高くないから動けないほど深手は負ってないはずだ。


 オレは様子を見ながら、慎重にウルグに近づく。

 歯をギリギリさせて威嚇してくるが、立ち向かうほどの力は無いようだ。これはオレの攻撃のせいと言うより、もとからのやつが響いてるな。

 ウルグに近づき、しばらく様子を見る。


「お前ら、腹減ってこんなことしたんだろ。ほら、これやるから機嫌直せ」


 さっき貰った虹りんごを鎌で三等分にし、ウルグの前に置く。

 最初は警戒してたが、やはり食べ物を貪っていただけあって空腹に耐えられなかったらしく、結局むしゃむしゃと食べだした。シャリシャリというりんごをかじる音が通りに響く。


 虹りんごは傷の治癒を早める効果もあったはずだ。すぐにとはいかないが、少しは元気を取り戻したらしい。

 首の辺りの毛を撫でてやると警戒を解いたようで尻尾を振り出した。もとからこう言ったことに慣れてる仕草だ。おそらく、以前は誰かに飼われていて、何らかの都合で今の状況になったんだろう。


「空腹はわかるがオレら妖精だって生きてんだ。お前らの私利私欲でこんなことすんのは関心しないな」


「クゥーン……」


 ウルグはしょんぼりしたように鳴く。

 そんな様子のウルグに、オレはふっ、と笑う。オレも最初、この世界に迷い込んだ時には食べ物ですら困ったものだ。その時のオレの状況と、ウルグの今の状況を自然と重ねていた。


「北に行けば森が広がっている。腹減ってんならそこに行けばいいぞ。木苺とかなってたしな」


「ガウ!」


 ウルグは嬉しそうに尻尾をブンブン振ってオレの手を舐めてくる。そうして満足するまでオレに甘えた後、3匹は北の方角に向かって走りだした。

 そのことを確認し、鎌を収めて来た道を引き返す。周りは余程驚いたらしく、呆気にとられている。驚きで見開かれている視線が、オレをチクチクと刺してきた。

 ……別に大したことはしてないんだが。


「お、お嬢ちゃん、大丈夫なのかい?」


 戻ってすぐ、爺さんが声をかけてきた。やはりまだ心配そうで、目元が八の字を描いている。


「別に。魔法で打ち上げて、りんごをやっただけだ。折角貰ったんだが無駄にしたな」


「いいよ、お嬢ちゃんにあげた物だ、好きに使っとくれ。それにしてもお嬢ちゃん、強いねぇ」


「周りよりちょっと実技が出来るってだけだ。特別でもなんでもない」

 

 実技での成績がいい、というだけのレベルだ。別に自慢出来る程度のものでないし、今回のようなことでも起きなければ生かすこともない。それでも、身につけておいて損はない、という感じで鍛錬して得たスキルだ。

 もう充分か。そう思って、オレは預けていた苺のカゴを掴む。


「そろそろ行く。じゃあな、じいさん」


「ウルグのことありがとね」


 爺さんの礼を適当に聞き流し、オレは歩きだす。

 さっきのことがあってか、やけに周りからの視線を感じた。オマケに何やらひそひそと話している声まで聞こえてくるし、ずっと注目を集めるのはいい気分がしない。


 流石に居心地が悪い。他を行くか……。

 視線を振り返るように、先日紹介してもらった噴水がある十字路まで駆け抜ける。そこには東西南北の通りの先に何があるのか示されている看板が建てられていて、オレはその西の通りにある『海』という文字に見入った。


「海、か……」


 確か、昨日エメラに勧められて断ったんだったな。エメラが泳ぎに行く気満々だったから、遠慮したんだが……見るだけなら。

 オレはそう思って、まだいくつか向けられていた視線から逃げるように西の通りへと入っていった。

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