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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第5章 交錯への序曲
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sub.Masquerade of twilight(1)

5章の後日談です!

5章での数日後、カーミラとレオンとの出来事です。カーミラ視点となっています。

 

 影の世界、アンブラ公国にある静寂に包まれる黒い屋敷。紅い月の光が窓から差し込み、ろうそくの炎が揺らめきながら照らし出す中はムード満天。


 ────の、はずなのに。そこに響くのは少年の怒声だ。


「この程度も飲めないのか! たかが一滴や二滴で!」


「む、無理なものは無理なの! あたしはこの黒混じりの赤い液体を少しでも口にするのが嫌なのよ!」


 ルージュ、ルーザ達が屋敷を去ってから早三日。あたし、カーミラは絶賛レオンに吸血鬼の修行……もとい、しごきを受けている真っ最中。今はグラスに入れられた、何処かで調達してきたであろう血を飲まされようとしている。

 レオンがここにいるのは窓の弁償代わりだと言うのに、なんであたしがしごかれてんのよーーーッ⁉︎


「つべこべ言うな! 僕が飲ませてやる!」


「もがっ⁉︎」


 レオンに傾けたグラスを無理矢理口に押し込められる。そこに入った赤い液体が、あたしの口をめがけてジリジリと垂れてくる……!

 い、いやあっ……!

 思わず拒否するように手を前に突き出すものの、無駄な抵抗。流れてくる血は私の意思に反して口に侵入してきた。


 ドロリとした嫌な舌触り。水気もない、かといって乾燥している訳でもない、他の飲み物とは違う感触。極め付けは鉄を食べているような金属の味で……口が錆び付くような感覚に囚われる。

 や、やっぱり、あたし、もう……。

 血を含んだ口を抑え、そして────


「ゲホッ、ゲホッ! や、やっぱり無理ぃ……」


 盛大に、むせた。





「……ふん。僕を負かしたのはやはりまぐれだったな。少しでも認めた僕が馬鹿だった」


「う、うるさいわね……。どうにかしようとも出来ないんだから、こうなっているんじゃない!」


 血の味が残る口をナプキンでぬぐい、精一杯の文句をレオンにぶつける。

 レオンはあたしの苦労を知るはずもなく、呆れを写す赤い目でこちらを見ていた。椅子に座るあたしに対して横に立つこの状態、見下されるのは逃れられない。


「この反応では吸血鬼を名乗れるのかも疑問だ。あいつらの助けがなかったら、僕の前に確実に膝をついていたな」


「そ、それは……。でもあの時はちゃんと勝ったじゃない!」


「あれはルーザが指示したから。お前の実力は妖精以下ということだろうな」


「む、ムカつく……」


 嫌味たっぷりなレオンの言葉に、思わず手に力が入る。握りしめていたナプキンがあたしの手によってくしゃっ、とシワが寄せられた。


 ……って、あたしだけレオンにしごかれてるのは不公平よね。

 レオンが何のためにここにいるのか。それを思い出してあたしは箒を持ってきて、そのままレオンに押し付ける。


「はい。あなたもちゃんと弁償のためにやってちょうだい。逃げたらコテンパンにするわ! ……お父様が」


「……お前にはプライドも無いのか?」


「い、いいから早くやりなさい!」


「全く……」


 レオンは押し付けた箒を渋々ながら受け取ると、屋敷の掃除へと向かう。レオンがいなくなると、再び屋敷は静けさに包まれた。

 あたしにとっては吸血鬼修行の束の間の休息だ。ホッと息をついて、口直しに紅茶を入れることに。


 ふう……。

 淹れたてのまだ湯気がほかほかと立ち上る紅茶を口に含んで過ごすブレイクタイム。ようやくレオンのしごきから解放されて、今のうちに血で汚されてしまった口の中を洗い流してしまおうと、あたしは紅茶をすすっていく。

 使った茶葉はオレンジティーだ。オレンジの爽やかな香りが湯気と共にあたしに寄り添い、紅茶の酸味がまた美味しいポイント。血の味が最悪だった分、紅茶の味がより一層引き立っている。

 レオンったら、吸血鬼とはいえ紅茶を味わうのも大切なのよ! ……と、本人がその場にいる時に堂々と宣言出来れば良かったのだけれど。


「すっかり静かになっちゃったわね……」


 あたしは部屋……多すぎて名称もわからない部屋の、今いるその一つを見渡して呟く。

 六日前にルーザと初めて出会ってから、レオンの騒動に見舞われて、それからあの一行の目的────火山で起こっていたらしい、異変を止めに行っていた時はこの屋敷も賑やかだったというのに。人数が多かっただけに、その落差も激しい。


 静かになると、寂しくもなるものね……。

 あたしは密かにため息をつく。今はレオンがいるおかげでなんとか寂しさを拭えているけれど、弁償の分の仕事が終わればレオンもやがて去ってしまう。お父様も棺の中で身体を休めるのが余儀なくされるし……孤独を埋め合わせられるのも今の内だ。


 吸血鬼にとって孤独は避けられない宿命。それは血が嫌いなあたしでもわかっていること。普通の吸血鬼なら、血が飲めなくてもその喉の渇きと孤独に耐えて、長い時を過ごしていく……と、いうのがセオリーだ。

 普通なら……、ね。あたしは血が嫌いな時点で普通じゃないけど……。

 だから、その長い時の孤独に耐えるために。いつかレオンがしたように。元々持ち得る牙を突き立てて、相手を眷属にして従えることもある。


 ……あたしはできないのだけどね。あたしの血を飲ませる、という手段もあるけど、自分を傷つけるのは御免だわ。吸血鬼は首を吊っても死ねないけれど、そもそも傷つけてしまうのは吸血鬼といえど、恐怖もあるからで。

 ────帰る前に、一人でも手元に残ってもらえば良かったかしら?


「……なんて、無理な話よね」


 ルーザやルージュ達は『滅び』を食い止めるために頑張っている。それを邪魔するわけにはいかないし、何より仲間が欠ければ寂しいもの。まだ吸血鬼からみれば生まれたての歳なのに……すごい妖精もいたものだ、なんてひとりごちる。

 やっぱりただの妖精じゃないわよね、あの子達は。

 なんだかその時のことまでを思い返したくなってきた。レオンの仕事が終わるのもしばらくかかりそうだし、暇つぶしに思い出してみようかしら。


 あたしはまたティーカップを口に添え、中のお茶を口に含む。そして、あたしはそのことを振り返ってみる────




 ……六日前。あの一行が来た日。

 なにやら屋敷が騒がしく思って、その日も一人で過ごしていたあたしは気になって見に行くことにしたんだ。

 お客様が来たことを知らせるベルも鳴らなかったし、もしも屋敷を荒らしに来た侵入者だったとすればマズいことだから。


 でも、その心配は無用だった。ワインを貯蔵してある部屋に、耳を垂らしたウサギのような灰色妖精が倒れているのを見つけたことから始まった。

 その妖精はまだ幼さが残る顔立ちで……目が閉じられているとそれはさらに顕著になっていた。これが最初のきっかけ────あたしを助けてくれた恩人でもある、ルーザとの出会いだ。


 今思えば、どうしてあんなところで倒れていたのかしら。あの部屋はワインを貯蔵してあるだけで、特にトラップとか無かった筈なのに。

 他に倒れてしまうような理由でもあったのかしら……?


「考えてもわかるわけないわよね……」


 あの時のルーザははぐれてしまったらしいお友達を探すのに必死だったし。結局、詳しい理由は聞けず終い。どうしてなのかは謎のまま。


 ま、まあいいわ。次いきましょう。

 それから間も無くだった。レオンがこの屋敷を襲いに来たのは。レオンはお客様……あの一行の妖精達を自分の眷属にして、あたし達にけしかけた。それだけでもかなり厄介だったけれど、レオン自身の実力も相当だったし。悔しいけれど、あの力は認めざるを得ないわね……。


 特に苦戦したのは、ルージュを支配下にされてしまったこと。ルーザも信頼していた相手だったようで、かなりショックを受けていたし。実際、解放するのも一番時間がかかった。

 目が紅いのも伴って、あたしより吸血鬼らしくなっていたんじゃないかしら……なんて。


「でも結局、あれはレオンの意思じゃなかったのよね……」


 あの騒動の原因の根本は全て、『滅び』だった。あたしもよくは知らないけれど、火山のことでとてつもなく大きい敵だということは思い知らされた。

『滅び』って結局、なんなのかしら……。

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